第11話:黒髪ロング先輩VS茶髪ショート後輩
「せんぱい……せんぱい……センパイ……先輩……」
ヨタヨタと今にも倒れそうな足取りで、椎名志乃が迫ってくる。
その瞳には一切の光がなかった。
「こ、怖いわ……」
黒羽先輩は俺の背後へと回り、服の裾を握ってくる。
王道ヒロインみたいな立ち回りだ。
先輩……俺はアンタのほうが怖いよ、普段と大違いで。
「先輩はわたしよりもそっちの女がお好みなんですか? そうなんですか? どうせわたしなんて……都合のいい女ですよね、出しゃばって弁当とか作ってるし、毎日朝から家までお迎えに行ってるし……あははは、これじゃあ、ただの笑い者じゃないですか……はは」
不気味な笑みを浮かべ、椎名志乃は自嘲した。
それから、睨みつけるように、俺の背後にいる美人の先輩を見ながら。
「教えてください。誰ですか……? その後ろの女性は……」
黒羽先輩は一歩前へと出た。
それから絹のような美しい髪を掻き上げながら。
「私は黒羽皐月。海斗君の彼女よ」
「えっ……?」
志乃ちゃんが驚きを隠せずにいる。
学校内で有名な先輩の名前だ。彼女も聞いたことがあったのだろう。
でもその前に。
「黒羽先輩……元カノの間違いでしょ?」
「照れなくてもいいのに。私と海斗君は運命の赤い糸で結ばれているんだから」
「黒羽皐月……くろはさつき……クロハサツキ……」
先輩の名前を呟く志乃ちゃんに対して、俺は教えてあげることにした。
「黒羽先輩は文芸部の先輩で、俺の頼れる小説の師匠だ」
「そう、お互いに頼って頼られる関係。言わば、依存関係」
「依存関係って……」
「ホントだよ? 海斗君がいないと、私病んじゃうもん」
先輩の重たい発言はスルーしてと思っていたところ。
志乃ちゃんの口からトンデモナイ言葉が出てきていた。
「メンヘラじゃないですか……? それってただの」
「えっ……? っと、志乃ちゃん……何を言ってるのかなぁ〜?」
空気が一転した。
ピリッと急激に張り詰めてしまったのだ。
たった一言で。
「メンヘラ? あなたに言われる筋合いはないと思うけどね、椎名志乃ッ!」
先輩、いつの間に……名前知ってるのッ!
あ、でも志乃ちゃんって可愛い新入生と話題だったし……知ってて当然なのか。
「私のこと知ってたんですか? あ、でもそれは気になりますよね。未練がましく今でも大好きな元彼の家に張り付いているんですから、それも朝も夕方も」
「ちょ、ちょっと……そ、それは」
焦って、顔を真っ赤にしている黒羽先輩。
バレちゃった、てへッみたいな可愛らしい表情してるけども。
やってる行為は、ただのストーキングですよ。
「可愛い新入生が大好きな彼の家で待ってたら、アイツは誰なんだって気になりますよね。焦ってカーブミラーに隠れてたけど、モロ分かりですから。それにわざわざ偶然を装って、放課後は学校前で待ってるし……正直言って、めちゃくちゃ気持ち悪いと思うんですけど」
うわぁ〜。
めちゃくちゃ、次から次へとバラされてるじゃん。
付き合ってた当初から束縛が激しい、愛が異常に重たいと思ってたけども。
「今カノとか言ってますけど……重たくないですか? ていうか、自称今カノとかキツくないですか? ただ振られたけど立ち直れなくて、未練がましく追いかけてるだけですよね? 優しい海斗先輩に頼ってるだけじゃないですか? 危険なオーラを漂わせて、かまってほしいだけなんじゃないんですか?」
もうやめてッ! 志乃ちゃん、黒羽先輩のHPはもう限界よッ!
「愛が異常に重たい女って、ただ面倒なだけなんでマジでやめたほうがいいですよ」
これ以上の攻撃は先輩の精神破壊までも及ぼす可能性があるから……。
「そもそもな話、元カノってことは、今じゃあただの赤の他人ってことですよね?」
黒羽皐月無事死亡ッ!!
壁に寄りかかって、今にも昇天しそうになってやがる。
それでも、口元を拭いながらも、先輩は意識を取り戻した。
「私よりも椎名志乃。あなたのほうが余程気持ち悪いと思うけど……?」
ピキピキと眉間にシワを寄せながらも、黒羽先輩の口撃が始まる。
「私たちの愛の巣である文芸部を覗き見してるし。海斗君のシューズのにおいを嗅いでるし……こっちが楽しもうと思ったときには余計な異臭がして腹が立ったわ」
へぇ〜、志乃ちゃん。俺のシューズを嗅いでたんだねぇ〜。
でも余計な異臭って……? 先輩どうして知ってるんですかねぇ〜?
「アシスタントとか言ってるけど、ただ海斗君がカッコいいから近寄っただけでしょ? エロいことしてあげるとか言って、男を欲情させてるだけじゃないの? 弁当とか作ってるけどそうじゃない? 何それ? 尽くしてる自分に酔ってるだけじゃないの? 可愛い自分アピールしてるだけじゃないの?」
先輩……どこからその情報を手に入れたんですか?
もしかして、俺たちの話を覗き見、もしくは聞き耳立ててたんですか?
「好きな先輩に憧れて高校受験したとか美談っぽく語ってるけど……実態はストーカー女が憧れの先輩を追いかけて脅迫してるだけのワガママエピソードじゃないの? うわぁ〜、マジで引くわぁ〜。勝手に運命の人とか勘違いしてる自意識過剰な女じゃん」
今までのストレスを一気に解放できたようで、先輩は笑っていた。
でも志乃ちゃんのほうが言い分は強かったように感じてしまう。
友好関係の少なさが物を言った感じだな、情報量が圧倒的に不足している。
もう少し攻めた内容があればよかったんだが……。
「ていうかさ、ただのストーカー女じゃん。きもちわるっ……警察案件でしょ、これは」
「それってブーメラン突き刺さってると思うんですけど、元カノさん」
「ぽっとでのくせに……生意気なのよ。負けたくせに」
「負けた……?」
意味が理解できず、首を傾げる志乃ちゃん。
それに対して、黒羽先輩は満面の笑みを浮かべて。
「海斗君はあなたとの約束を破ってまで、私の元へ来た」
つまり、と呟いてから。
「これってあなたよりも私のほうが海斗君の優先順位が上ってことでしょ?」
黒羽先輩の口撃は止まらなかった。的確に相手の急所を狙う一撃だ。
「あなたよりも私のほうが大切ってこと。わかるかなぁ〜? 海斗君はね、私のことが好きなの。あなたみたいなぽっとでの存在じゃなくて、一年という期間を共に過ごした私のことが大切で大切で堪らないの」
ほっぺたを真っ赤に染めて、両手で頬を押さえる黒羽先輩。
一部界隈では、ヤンデレポーズとして有名だけど。
今の俺には童話に出てくる悪い魔女にしか見えなかった。
「残念だったね……私に負けて」
「そ、そんなの分からないじゃないですか……」
椎名志乃は奥歯を噛み締めるように言い。
「どうせ、死にたいとか言って、呼び出しただけですよね? そんなの不公平です」
志乃ちゃん……大当たりだ。
何もなければ、俺は志乃ちゃんを優先して向かったはずだぜ。
椎名志乃は自信満々に続けて。
「正々堂々と、今、この場で選んでもらいましょうよ、先輩に相応しいのはどちらなのかを」
「はぁ? 何言ってるの? 負け犬の遠吠えなんてやめたら? 負けましたって素直に言いなさいよ。言って楽になればいいじゃない」
「…………もしかして怖いんですか? 海斗先輩がわたしを選ぶかもって」
「そんなはずないでしょッ! 海斗君は、絶対に私を選ぶはずよッ!」
「「それならァ」」
二人の息はピッタリだった。
先程までお互いの犯罪履歴を暴露し合ってたのに。
「海斗君」「海斗先輩」
俺の前に立った美少女二人は自分が勝つと確信した様子で言い放つ。
「どっちを選ぶの?」「どっちを選ぶんですか?」
黒髪ロングの妖艶な先輩か。茶髪ショートの可憐な後輩か。
上目遣いで自分を選べと、どちらもが主張してくる。
「答えなさい、海斗君」
「答えてください、海斗先輩」
「これは時と場合によっては、全面戦争が始まるわ。女同士の醜い争いがね……」
できれば、どちらもお断りしたい気分。
だってさ、どっちも愛が異常に重たいじゃん……。
「お、俺は——」
どっちも大好きだッ!
尊敬する先輩として、黒羽先輩が大好きだしッ!
慕ってくれる後輩として、志乃ちゃんも大好きだよッ!
とか言えば、許してくれるだろうと思い、口に出した瞬間——。
ピコン♪
LIMEが届いた。柚葉からだった。
『柚葉:お兄様、帰りはまだですか……?』
『柚葉:柚葉はもう……お腹がペコペコで死にそうだぉ〜(涙)』
豪勢な料理が並べられた写真付きだった。
柚葉が作ってくれたのだろう。
でも、まだ帰らない俺の帰りを待ってくれているのだ。
「あ、悪い……急いで帰るわ」
軽く一言伝え、俺が走り出そうとしたところ。
「ちょっとまだ……戦いは終わってないんだけど」
「そうですよ、先輩ッ! まだどちらかを……」
面倒で重たい二人は、まだ食い止めてきた。
どっちが上か下か決めてもらわないと気が済まないようだ。
「残念だけど……メンヘラ女も、ストーカー女もねぇーわ」
黒羽先輩と志乃ちゃんは俯いてしまうのだが。
俺は彼女たちに、家で帰りを待つ妹の写真を見せてあげることにした。
「「————————ッ!?」」
豪勢な料理と共に写っているのは、俺の帰りを待ってくれている可愛い妹。
お腹が空いて、少しだけ不機嫌です感漂う表情を浮かべているのだ。
「俺はさ、大和撫子な女の子が好きなんだよ。昔ながらの王道ヒロインがさ」
全然話を聞かずに固まっているお二人さん。
目の近くで、手を振ってみるけど、全然効果はなかった。
「それじゃあ、もう俺帰るから……んじゃあ、また」
◇◆◇◆◇◆
佐倉海斗が走り去ったあと、残った美少女二人は肩を落としたままに。
「ま、負けました……妹さんには負けるんですかー」
「やっぱり血の繋がりには負けてしまうのね……」
負けヒロイン同士、これで仲良くなるのか。
と期待される中、黒髪ロングの少女は言う。
「先に忠告しておくわね、
ここで一度言葉を区切って。
邪魔者を牽制するような口調で。
「ただの迷惑だから、これ以上海斗君に手を出さないでくれる?」
「そんなことできません、わたしは海斗先輩の専属アシ——」
椎名志乃が佐倉海斗への想いを告げようとした瞬間。
「私の愛はホンモノだけど、あなたのはニセモノでしょ? 全部見抜いてるのよ」
「どうして……? そ、そんなこと……」
「女の勘よ。あなたの愛は歪すぎる。私の純粋な愛とは一味違うもの」
「な、何を根拠にそ、そんなこと……わ、わたしは先輩が大好きで。だから、先輩が小説を書けないことに悩んでいるから、それを解決してあげようと……」
椎名志乃は言うけれど。
佐倉海斗と付き合っていた元カノ——黒羽皐月は全てを見透かしているかのように。
「あなたの狙いは何? もう一度小説を書かせることじゃないでしょ?」
「何言ってるんですか……わ、わたしは先輩にもう一度」
「いいえ……あなたの狙いは他にある」
黒羽皐月はそう言い切った。
言いたいことは言った。
そんな表情を浮かべ、黒羽皐月は踵を返して。
「それじゃあ、私も帰るわ。これ以上邪魔しないでね、私たちの愛に」
帰ると言いつつも、まだ彼女の口は止まらなかった。
もしも、と呟くと。
「もしも海斗君に変な真似をしたら、私は容赦しないわ」
「容赦しない……? 具体的には何をするんですかー?」
「本気で殺すわよ、あなたを」
長い黒髪を靡かせて歩く黒羽皐月を眺めながら、椎名志乃はポツリと呟いた。
「やっぱり……バレちゃうものなんですね」
それでも、と口元を歪めて。
新たに決意を固めるように拳を握りしめてから。
「わたしの計画は邪魔させませんけどね」
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