SP短編①『2023年のクリスマス with 黒羽皐月』
「黒羽先輩? 何のつもりですか……?」
「今日はクリスマスだというのはご存知かしら?」
十二月二十四日。
クリスマスイブと呼ばれるこの日。
俺——佐倉海斗は、文芸部の部長——黒羽皐月に呼び出されたのである。
で、呼び出されたのも束の間、俺たちはなぜか薄暗い道を通り……。
そして、気付けば、淫靡な雰囲気が漂う部屋の中にいるのであった。
「もちろん知ってますけど、問題はそこじゃないですよ!!」
言い切ったあとに、俺は両腕を縛る鉄の輪を見せつけて。
「これは何ですか? これは!!」
「見て分からないの? 手錠よ、手錠」
「そ〜いう問題じゃありませんからね! 俺が言っているのはどうしてこんな物騒なものが俺の腕に付いているのかってお話ですよ」
「どうしてって……私が付けたからに決まってるでしょ? 逆に他の女が私の海斗くんにこんな真似をしてたら……速攻で殺しに行くんだけどね」
「変な対抗心を燃やさなくていいですから!! それより、なぜ手錠を?」
「恋人同士はやっぱり一緒にいたほうがいいじゃない?」
やっぱりと言われてましてね。
「と言われても、俺たちは別に付き合っているわけじゃありませんし」
「今までの私との関係は嘘だったのね。本当に最低ね、海斗くんは」
「俺と先輩が付き合ってたのは、もう遥か一年前のお話ですよね?」
「厳密にはお互いにお別れの言葉も言ってないけどね」
「自然消滅というものですよ」
「なるほど……その言葉で今まで数々の女の子を泣かせてきたわけね。クズ男くん」
クズ男と言われても事実のことだから言い返せないな。
まぁ、別に女の子たちを泣かせてきたわけではないと思うんだが。
「それで今日は文芸部の呼び出しだと聞いたんですが?」
「文芸部員は、私と海斗くんだけでしょ?」
「大切な仲間が一人消えてますよ!!」
「あの子を……私は部員と認めた記憶はないから」
「姑みたいなことを言わないでくださいよ」
「姑じゃないわよ。私は元カノとしての立場で言わせてもらうけど」
あ、この人……意外と元カノを自覚しているのか。
「クリスマスに女の子と二人きりなのに、他の女の子を考えるのはよくないわよ」
「人様を騙して、ラブホテルに連れ込むアンタも余程の悪い女と思いますけど!」
「騙したとは失礼ね。ちょっと休憩していきましょうと言っただけじゃない?」
「その言葉=ラブホテルに行くと思えるのは、大人の世界を知っている人だけだよ!」
「私を大人の女にしたのは、海斗くんなのにね」
「さっきから、何気に自分は被害者みたいな感じを出すのやめてもらってもいいですか?」
黒羽先輩は面倒な女性である。自分は悪くない。自分は何も悪くない。
悪いのは全部俺のせいってことになる。まぁ、俺から求めた部分もあるけど。
昔は恋人同士だったのだから……共犯という形でいいと思うんだけどなぁ。
「今は私のことだけを見ておきなさい」
「と言われても……」
「イイから、今だけは私のことだけをしっかりと見て」
「分かりましたよ」
本日の黒羽先輩は、サンタのコスプレ衣装。
ラブホテルに入るなり、彼女は意気揚々と着替え始めたのである。
ちなみに、俺は真っ赤なお鼻が特徴的なトナカイの衣装。
「今年が海斗くんと過ごす最後のクリスマスになるのね」
「来年も再来年も一緒に過ごせばいいじゃないですか」
「会いにきてくれるの?」
「先輩が頼めば、俺はどこでも行きますよ」
「でも、残念。私の心は……もう来年の今頃は他の男に向けられているかもしれないわ」
「ねぇ!! ちょっと、変なNTRフラグやめてくれますか!!」
自分が大好きな先輩が上京。
健気に思い続ける後輩を他所に、彼女は大学生活を堪能。
新入生を歓迎する飲み会で、チャラそうな男にお持ち帰りされて……。
「考えただけで……もう死にたくなりますね」
「どうしたの? もしかして私が他の男に寝取られるのが怖い?」
「そうですね。ハッキリ言ってそうですよ」
「でも、止めなかったのはあなたでしょ……?」
黒羽先輩は、都内の有名な国立大学に進学が決定した。
推薦入学という形なので、少しだけ早かったのである。
国内屈指の外国語大学で、多くの著名人を排出している。
「先輩の人生を、俺が止めるわけにはいきませんからね」
「別に止めてくれてもよかったのに」
「最終的に選んだのは先輩でしょ?」
「まぁ、それもそうね」
黒羽先輩ともっと一緒にいたい。
彼女に卒業なんてしてほしくない。
そんな思いがあったものの、俺たちは学年が違うのだ。
もしも同じ学年ならば、どれだけ楽しかったことだろうか。
でも、そんな願いが今更叶うはずもない。
「でも、どうして都内を選んだんですか?」
「海斗くんを忘れるためかな?」
「そんな理由で?」
「とでも言ったら、少しは嬉しかった?」
「逆に、俺のことが好きで好きで堪らなくて……今後も激重な愛情を向けてくれるヤンデレキャラじゃないと俺は全然嬉しくもないですよ」
「クソデカ感情をお持ちのようね。まぁ、その通りには絶対させないけど」
自分で言うのもなんだけど……。
今のはちょっと自分で軽く引くぐらいの発言だったな。
本当のことを言えばね、と黒羽先輩は呟くと。
「都内には出版社があるから。編集さんとの打ち合わせもしやすいのよ」
黒羽先輩は、先日——ライトノベル新人賞を受賞した。
高校在学中に結果を残して、プロ入りを果たしたのである。
と言っても、出版されるのはもう少し先というお話だったけど。
「なるほど……先輩はもう俺の手の届かないところに……」
「悔しい?」
「悔しい気持ちなんてありませんよ。逆に嬉しい限りです」
「嬉しいの? 私がいなくなるのに」
「違いますよ。先輩の才能が世の中に認められたんだと思って」
「別に私なんて何も凄くないわよ。上には上がたくさんいるんだから」
俺と先輩の戦いはまだまだ続く。
書き手として、人生の先輩として。
先輩はまだまだ先を歩いている。
いつの日か、俺も彼女に追いつける日が来るのだろうか。
もしもそんな日が来たら、俺は先輩ともう一度小説を出版したい。
去年の文化祭では、散々な結果になったけれど。
次こそは、どっちの小説も面白いと周りに認めさせるから。
「海斗くん。何を考えているの? もしかして今からのプレイを想像して」
「俺は考える前に動け派ですよ」
「確かにそうね。毎回毎回、海斗くんは考えなしで動くんだから」
「何か、その言い方だと……俺が無責任に中出ししたみたいになりません?」
「してなかったかしら? 遠い過去の記憶では」
恋人同士だった頃には、そんなプレイもしていたかもしれない。
ていうか、童貞を卒業したばかりの男は、ガッついてしまうのだ。
「一緒に楽しく過ごしましょうよ。邪魔者もいないんだから」
「邪魔者って……その言い方」
志乃ちゃんのことだろうな。
それがわかってしまう自分はどうなのかと思ってしまうけれど。
「まぁ〜今では私の家できっと一人寂しく待ってると思うけどね」
「待ってる?」
「うん、今日は私の家でパーティーを開く予定なの知ってるでしょ?」
黒羽皐月の家で豪勢なクリスマスパーティーを開くのである。
学校の奴等も呼んで、ちょっとしたイベントもする予定だ。
と言っても、俺以外は全員女子なんだけど……。
で、先輩が言うには、志乃ちゃんはそのパーティー準備をしているのだとさ。
世話好きで料理上手な彼女のことである。今もせっせと働いているのだろう。
「それなのに、どうして俺を呼び出したんですか?」
「その前にどうしても海斗くんには会いたかったから」
「俺に会いたかった? どういうことですか?」
「決まってるでしょ? 海斗くんとの思い出を作るためよ」
「思い出を作る……?」
「そう。海斗くんと離れ離れになるから、その前に忘れられない思い出をね」
思い出か。思い出。
女の子が思い描く思い出とは……一体何なのだろうか?
「海斗くんからキスしてよ。今日ぐらいは」
「サンタコスプレをしているのは先輩なのに?」
「何? 私からのキスが欲しいわけ?」
「まぁ〜先輩からのキスも悪くないなと思っているだけですよ」
「いつもいつも私のほうからじゃない。キスをするのは」
「だって、俺からキスしたら……先輩本気になるでしょ?」
「なら、真っ赤なお鼻のトナカイさんの上に乗ってもいいの?」
◇◆◇◆◇◆
「今日はありがとう。私に思い出を作ってくれて」
「別に構いませんよ。俺は黒羽先輩のことが好きだから」
「その言葉をもっと前に言っていれば……止められたかもしれないのに」
「ん?」
「今からでも、私は志望校を変えてもいいんだよ」
「ダメですよ。国内屈指の有名大学に入ったのに!!」
「ふふ、冗談よ、冗談」
黒羽先輩は先にシャワーを浴びるようである。
真っ裸のまま、先輩は言う。
「海斗くんに一つだけ忠告してあげる」
「これから先も、私はずっと海斗くんのことが好きだから」
「この一途な想いは今後も枯れることはなく続いていくと思う」
続けて、彼女は言う。
「だから、少しでも私に頼りたくなったら」
頼りたくなったら?
「私のところに来なさい。私が海斗くんを可愛がってあげるから」
「可愛がる……?」
「他の女に目がいかないように調教するのは大切なことでしょ?」
「そのためにも、私は完璧な女であり続けるから」
「海斗くんが恋焦がれて憧れて……もうどうしようもないほどの女性にね」
黒羽皐月先輩。
彼女は今までも、そしてこれからも。
ずっとずっと俺の前を突っ走っていくのだろう。
俺は彼女に追いつける日が来るのはまだ未定だ。
でも、必ず追いつかなければならないと思う。
————————————————————————————————————
作者から
スペシャル短編です。
もしかしたら……。
他のヒロインとの絡みも書く可能性があるかもしれません。
ただ、今年は——黒羽先輩がいいなと思いまして。
3800文字の内容ですが……。
これをアイデア着想からここに至るまで……。
全てを合わせて、60分で書き上げることができました!!
いやぁ〜我ながらまだまだ戦えるなと思いました。
やっぱり一人称での書き方が、楽なのかもしれないなぁ〜。
改稿作業が面倒だったので……このまま投げます。ごめんなさい(´;ω;`)
弱小WEB作家、甘やかし上手な専属アシを雇う 平日黒髪お姉さん @ruto7
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