エピローグ⑤椎名志乃(ストーカー気質なガチ恋勢)
「海斗先輩、わたしたちって付き合ってるんですか?」
「い、いきなりだな……」
俺の家には茶髪ショートの居候が住み着いている。
学校終わりの金曜日から日曜日の夕方までの期間限定だが。
六月上旬の週末である本日も、彼女——椎名志乃は我が家を侵略中だ。
今も、薄いブラウスと短いホットパンツ姿の彼女は俺の枕をクッション代わりにし、ベッドにうつ伏せで寝そべっている。
「一年生の間で話題になってますよ。黒羽皐月から椎名志乃へ枕替えした最低男だって」
「人間の悪意が酷すぎる! ネット掲示板ぐらい根も葉もない噂だな」
誰がそんな噂話を流したのは知らない。
だが、これも俺の責任だな。
「ごめんな。志乃ちゃんにまで迷惑かけちまってさ」
「大丈夫です。言いふらしたのはわたしですから」
「犯人、お前かよ! 灯台下暗しだな、マジで」
椎名志乃は自殺を図った。だが、失敗し、今も生きている。
俺が生かしたと言ってもいいかもしれない。
何はともあれ、彼女の自殺が失敗した日を境に些細な変化が起きた。
「で、真偽は? 突き合ってるのか突き合ってないのか教えてください」
「言葉のニュアンスが変わった気がするんだけど、俺だけ?」
少し前まで律儀だった志乃ちゃんが自然体になったのだ。今までの彼女は謎の距離を取っていた。謎の距離感を保っていたとも言えるかな。俺と彼女の間には、「先輩と後輩」「作者と読者」といった溝が少なからず存在していたのだ。
だが、今はない。志乃ちゃんは冗談を吐くようになったし、積極的に自分のことを話してくれるようになった。それだけ頼られている証なのかもしれん。
「作家とアシスタントの関係。それ以上でもそれ以下でもないだろ」
「……わたしはもう昔の女ってことですか。あのときは優しくしてくれたのに」
「黒羽先輩とキャラ被りしてるよ、マジで」
椎名志乃は黒羽先輩と一緒に住んでいる。
平日は黒羽先輩の家で過ごし、休日は俺の家に居候。
まるで、親に反抗中の子供みたいだな。
「黒羽先輩と住み始めて、問題ないか? イジメられているとか?」
「本人が聞いたら怒っちゃいますよ?」
「悪い悪い。冗談だよ、冗談」
黒羽先輩が優しい心の持ち主。
そのことを深く知っているのは俺だな。
ただ、言動や行動に大分問題があるひとだけど。
「あ、でも不可解なことがあります」
「不可解?」
「はい。夜中、先輩の部屋から『海斗君海斗君』って名前を呼ぶ声が……」
「寝言かな?」
「それに、黒羽さんの艶っぽい声も聞こえてきます!」
俺を想像してナニやってるんだろうなぁ〜。その辺の事情は触れないようにしておこう。そう思っていると、志乃ちゃんが「あ、そういえば」と新たな話題を切り出した。
「キスの一回ぐらいで調子に乗るなと、黒羽さんに言われました」
「そんな裏話していいのか」
「元カノなのに重たいですよね? 海斗先輩にはもうわたしがいるのに」
「自分を今カノと勘違いしてる女も十分重たいぞ」
「キスでは経験できない悦びを教えられたと言われました」
「醜いマウントの取り合いだな。本当に仲良くできてるのか?」
「喧嘩するほど仲が良いってわけです」
◇◆◇◆◇◆
椎名志乃は何か申したいことがあるらしい。
ベッドから起き上がった彼女は、俺に正座しろと命じてきた。
俺の枕をギュッと握りしめた志乃ちゃんは、あぐらをかいた状態で。
「先輩、一つだけ勘違いしないでほしいことがあります」
「ん?」
「わたしは先輩のことが好きです」
「……面と向かって言われるのは照れるな」
「でも、だからと言って、わたしは黒羽先輩や月姫さんみたいに、甘っちょろい頭ユルユルな女の子ではありません。それに、先輩が求めれば、簡単に股を開く人間でもありません!」
俺と黒羽先輩が喋っていた内容が聞かれてた?
もしかして、俺と黒羽さんの話に聞き耳を立ててたのかな?
◇◆◇◆◇◆
「もっと先輩が書く小説の面白さを知ってもらうべきです」
落ち着きを取り戻したらしい。
志乃ちゃんは大変嬉しいことを言ってのけた。
そして、もう一度口を開いて。
「——というわけで小説を出版し、図書室に布教しましょう!」
「文脈上は繋がってるけど、前後の理論が飛躍しすぎだ!!」
「昨日調べてみたら、アマゴンさんで簡単にできるそうです」
「黒歴史がまた一つ増えるだけだと思うんだが……」
「学校の歴史に新たな伝説を作れますよ。自己出版本を図書室に寄贈したイキリ男だと」
「やっぱりまだ根に持ってるよね? 絶対怒ってるよね? 志乃ちゃん」
◇◆◇◆◇◆
傍ら見れば、椎名志乃とイチャイチャしているだけかもしれない。
だが、本日は特別な日だ。
佐倉海斗の新たな出発点、いや、俺と椎名志乃の新たな出発点か。
「原稿チェック終わりました。誤字脱字ありませんでした!」
椎名志乃は、俺の小説を読んでくれていたのだ。
生徒会との勝負で惜しくも負けてしまった小説を。
と言っても、俺はそれを長編小説に仕上げ直したが。
だって、椎名志乃への想いを伝えるには——。
短編では足りなかったから。文字数が幾らあっても足りないからな。
「タイトルは決めてるんですか?」
『弱小WEB作家の俺、甘やかし上手な専属アシを雇う』
「タイトルだけ読んだら、ワナビー作家の欲望丸出しですね」
「中身で黙らせるからいいんだよ、別にさ」
俺はパソコンの前に座り、『小説家になろうよ!』サイトへと飛ぶ。
それから投稿画面で、あらすじや面倒なキーワード設定を行った。
「前にさ、面白い小説とは何かって質問したよな。覚えてるか?」
「はい。先輩がどんな小説を書くかわからずに悩んでましたから」
「俺はやっとその答えがわかった気がするよ。今まで時間がかかってさ」
書くことに何か意味があるのか。以前から俺はずっと考えていた。
プロ作家でもないただのアマチュア作家がなぜ誹謗中傷を受けながらも書き続けなければならないのか、と。
読者の想像以上に、小説を書くのは労力と時間がかかる。速筆作家と呼ばれる一部の天才は数日単位で長編小説を書き上げるらしいが、才能がない俺みたいな凡人は数ヶ月もかかるのだ。
もしもその時間を他の何かに充てれば、また違った生活が待っているかもしれない。けれど、俺はそんな世界に足を踏み入れてしまった。
魅せられてしまったのだ、小説という名の化け物に。
元々、俺は不安だったんだと思う。物凄く怖かったのだ。自分が書いてたものが誰にも読まれずに、そのまま埋もれていくのが怖かったのだ。
自分の努力が全て水の泡になるような気がして。
自分の努力が全て否定されてしまったような気がして。
アマチュア作家は小説を書いても一銭にもならない。
ましてや、好き勝手に書いているだけなのに、たった一人が送った何気ない一言で傷付くのだ。そして、若き才能は消えていくのだ。
だがな、同じように救われることだってあるんだよ。
たった一言で。たった一言でさ。まるで、魔法のように。
やる気が満ち溢れてくるんだよ。何気ない読者の言葉でさ。
「俺が書きたい小説は、誰かの人生を変えてしまう作品だ」
誰かの人生を変えてしまうぐらい面白い作品が書きたい。
誰かの人生を動かしてしまうぐらい面白い作品を。
ポイントが高いとか低いとか、そんな次元な話ではない。
「もしかしたら、俺の読者の中にも明日死ぬ奴がいるかもしれない。でも、そんな読者が「最後にあの作品が読めてよかった」と死に際に思えるぐらい面白い作品が書きたいんだよ。だから、俺はいつも全力で書く!」
マウスの上に置いている手が震える。最後のクリックができない。
押すだけでいいのに。たった少し力を込めて押すだけでいいのに。
「大丈夫ですよ。わたしも一緒にいますから」
志乃ちゃんが後ろから覆いかぶさるように、俺の手の上に自分の手を重ねてきた。そして、マウスを動かしてくれた。少しだけ力を入れると、カチッとマウスが反応する。
もしかしたらこれから何度も俺は筆を折りそうになることがあるかもしれない。でも大丈夫だ。俺のそばにはきっと彼女が居る。それに何度だって立ち上がってみせるさ。彼女がそばにいてくれればきっと。
だって、彼女はきっと俺の小説を読んで、「先輩の小説は世界一面白いです」と言ってくれると思うから。
——小説が投稿されました——
画面上に映し出された無機質な文字列を見ながら、俺は祈りを込める。
この面白さが、読者に通じますようにと願いを込めて。
——第一部『椎名志乃編』完結——
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あとがき
初めて私の作品を読んでくれた方、私の作品を以前から追いかけてくれた方、そして、最後まで小説を書いた私、今まで本当にお疲れ様でした。
途中、流行り病に感染し、一週間ほど小説が書けない時期は苦しかった。それでも、読者の皆様に支えられながら、無事に完結です。
ほんとうにありがとうございました!!
感謝しかありません。
今回の作品を通して、作家自身めちゃくちゃレベルアップできた!!
今まで私は自分が満足できる小説が書けませんでした。
頭の中で考えているときは、100点のアイデアがあるんです。
でも、それを小説という媒体に落とし込むと、60〜80点になります。
今回の作品は主観で70〜72点ぐらいです。ハイスコアです。
あくまでも、これは主観なので、皆様に評価は任せますが(笑)
やっと……自分が自己満足できる小説が書けたなと。
やっと……人様に自信を持って読んでくれと頼める小説書けたなと。
うん……めちゃくちゃ嬉しい(涙)
そして、数年前から追いかけてくれた方々、お待たせしました。
やっと……私が見えている景色が、少しは文章化できたと思います。
募る思いはありますが……後日また近況ノートに書きます(笑)
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