第5話:手繋ぎ登校
「あのー。椎名さん? 手を離してもらったら嬉しいのですが……」
「離しません」
椎名志乃はイタズラな笑みを浮かべ、ギュッと俺の手を握りしめてくる。
ちなみに、恋人繋ぎと呼ばれる手の繋ぎ方だ。
純情な心をお持ちの俺はドギマギしているのだが。
隣を歩く椎名志乃は少し顔を赤くする程度で余裕そうな表情だ。
「先輩、どうかしましたか? そわそわして」
「いや……逆にしないと思うの?」
「なるほどぉー」
椎名志乃は感慨深そうに答えて。
「先輩はわたしに照れちゃってるんですね」
「まぁーそういうことになるのかな?」
「先輩はわたしにメロメロってことですよね」
「メロメロとまではいかないと思うんだが」
「先輩はわたしにエロエロってことですよね」
「エロエロって何だよ、言ってる意味が分からないんだが!」
気を取り直しまして。
とでも言うように、椎名志乃は「こほん」と咳払いを行い。
「実はわたし男性と手を繋いだ経験なんてありません」
「ふぅ〜ん」
「何ですか、その気の無い返事はッ! 合コンに参加して、あ、こいつら全員ないわと思って、スマホをいじっちゃう男性みたいな反応ッ!」
合コンに参加したことがないので、何とも言えないな。
てか、比喩が独特過ぎるんだが。
「男性と初めて手を繋いでドキドキしているのに……」
「それにしては……緊張してるようには見えないんだけど」
「顔に出ないタイプなだけです」
「ふぅ〜ん」
俺が気の無い返事を出すと。
「そんなに言うならわたしの心臓音を聞きますか?」
言いながら、椎名志乃はブラウスのボタンを外そうとする。
「ちょ、ちょっと待って。別にいいから」
「でも先輩……わたしのことまだ信用してませんよね?」
「いや、もうしたよッ! 超絶信用してるッ!」
まぁ、信頼はしてないけどな。
「聞いて欲しかったですが、仕方ありません」
ところで、と切り出してから。
「先輩はわたしの手を離さないんですかー?」
「俺が離そうとしても、離してくれないくせに」
「はい。わたしが先輩の手を離すわけがないじゃないですかー」
「と言われましても……他の生徒たちからの視線が」
主に殺気だったものがプンプンと俺の背中に当たるのですが。
——アレって皐月様の下僕じゃないか?——
——皐月様の下僕だけでも飽き足らず、次の女にまで手を出しやがって——
——ちきしょー、あのモテ男、オレと立場を変わりやがれぇ——
「別にわたしは構いませんよ? 先輩となら」
「えっ?」
「むしろ、このラブラブ加減を見せつけてあげたいくらいですッ!」
「俺は困るんだよ!」
「先輩、顔を赤くして可愛いですね」
「後輩に可愛いと言われる俺の立場が……」
「可愛いって褒め言葉ですよ」
「褒め言葉と言われましても……。俺、男だし」
椎名志乃はマジマジとした瞳で上から下へと動かしてから。
「先輩が女装癖がある変態さんなら、わたしの服を着させて——」
「着ないからねー。それにサイズも全然違うからねー」
黒羽先輩に悪ノリで、女装させられたことがあるんだよな。
あのときの屈辱は今でも忘れたことがない。絶対に嫌だ。
「では、わたしの下着でも被りますか?」
「被らないから! ていうか、誰が被るかッ!」
「では、わたしの下着でも食べますか?」
「下着は食べ物ではありません」
「手繋ぎ登校はお嫌いですか?」
「……そ、それは」
「満更でもないって顔ですね」
ただ黙るしかなかった。
椎名志乃は嬉しそうにニタニタ笑みを浮かべて、
「……ふふっ。もうすでに先輩はわたしの色香にハマってしまいましたねー」
「まだ、全然ハマっているわけが」
むぎゅっと彼女が俺の腕を引っ張って、自分の胸元に当ててきた。
「これでもですかー?」
「あ、あああ」
「もう、顔が真っ赤でタコさんみたいですよー。先輩」
「ち、違う」
「強情な人ですねー」
それなら、と呟き。
椎名志乃はグイッと引っ張り、俺のひじを自分の胸に押し当ててくる。
「あ、あのさ……。椎名さんってビッチ系の人?」
あまりにも直球すぎる発言に彼女は動揺した声で。
「ちっ違います! わ、わたしは……先輩だけは誰にも渡したくないんです」
ガチ恋勢ってここまで……ヤベェー奴なんだな。
自分の身も心ももっと大切にしてほしいんだけど。
「だ、だから……こ、これは先輩を攻略するのには必須なんですー!」
「でも、ちょっと大胆すぎませんか? それも朝から」
「先輩が振り向いてくれるなら、それだけで満足です」
やれやれ……美少女はズルイもんだ。
たった一回の笑顔で心が揺さぶられるんだからさ。
どんな独占欲の塊である少女だとしても。
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