第247話 あたま

「それで――それで、どうされたのですか!」


 森の訓練場は休憩中だ。香ばしく焼き上げられた鳥肉にかぶりつきながら、その食事の礼にと地上の冒険譚をステラに聞かせてやっているといつしか沢山のエルフがグロリアスの周りに集まり、神妙な顔をしながら聞き入っていた。

 初めの内は生まれて初めて見る人間に警戒や敵対心を向けていたというのに、そうやって座り込んだり、棒立ちのまま興味深そうに地上の話を聞いているエルフ達が、彼にとっては可笑しかった。


「……盟約の召喚術師はそれぞれが一体、合計で十三の騎士と――その王を呼び出したんだ。また人々に災いが降りかかろうとするとき、再び召喚術士達はその総力をもって人々の力になろう……その誓いとして聖王は聖剣を渡し、召喚術師は異界の騎士の甲冑を一つ、聖王へ贈った………………そういう伝承だとよ――さぁて、そろそろ休憩は終わりだ。皆、訓練に戻れ。俺は少し休んだら――」


 夜のとばりが降りれば、予兆が蠢き始める。それを狩らなければならない。


「――また、骨退治ですかな? 今日はゆっくり休んだらどうです? 一日や二日くらいなら、このマルキオネでも十分お役目を果たせましょう」


 地上の逸話に夢中になっていたエルフ達を持ち場に戻らせてから立ち上がって尻についた土を叩き落としていると、マルキオネが見回りの交代を申し出た。


「いいや、いいんだ。まずは俺がこの地のエルフから信頼をしてもらわなけりゃ――マル爺の気遣いはありがてぇが、その台詞はエルフから言われなきゃ意味がない。まだ信用されてねえ証拠だ。とくにあの口の悪い別嬪の――」


 マルキオネに向かって歯を見せて笑って見せるとその老人は、口を一文字につぐんで遠くを見やる。


「――いや、そうでもない。通じたのかもしれんよ」


 彼が顎をしゃくった方を見ると、木陰からその口の悪いエルフが歩いてきたところだった。彼女の表情は凛として硬いが、以前のような険悪な表情はしていない。グロリアス達の正面まで歩いてくると、さも畑仕事でもねぎらうかのように声を掛ける。


「毎日毎日、ご苦労なこったね。それと……誰の口が悪ィって?」


「…………。髑髏はここ数日で着実に増えてきている。やがて俺一人ではどうにもならなくなるかもしれないぜ?」


「……今日はそこの爺さん――アンタ一人でも髑髏どもを何とかできるかい? なんだってンなら、スノッリと……その辺の若造でいくらか弓が上達したやつを付ければいい」


「……それは有難い。一晩くらいこの老骨でもやってみせましょう。の彼らがいてくれれば尚、有難い。実戦を見るのは――この土地の現状を自らの目で見て、理解するのは早いに越したことはない。いつ、何が起こるかわからないのですから」


 耽々たんたんと、低い背丈から導師ヨーランを見上げるようにしてマルキオネは皮肉気に応えた。


「マル爺。わからないのは“いつか”だけだ。何が起こるのかなんてわかってんだからさ」


「……人の王サマとやら、付いて来い。オイッ、ステラ! お前もだ」


 グロリアスを顎で促して目配せをした後、食事の後片付けをしていたステラを不躾に呼び寄せる。


「どこに行くんだ?」


「行きゃァ分かる……夜を跨ぐだろう。そんな軽装で大丈夫か? 地上の王サマ」


「無論。だが軽装というのは失敬だ。とんでもない防具を身に纏ってるんだよ、俺は」


 軽口のように二言三言の言葉を交わすと、遠くでサラにバスケットを預けたステラが小走りに駆けよってくる。彼女が追い付いたことを確認すると、導師ヨーランは歩き出した。


 


「――こっちは森の奥深く、北側か?」


 彼らが暮らす集落の更に北――。

 鬱蒼とした森をそのまま進み、やがて鳥の声も虫の声も聞こえなくなってくる。


「……人間は」


 先導して歩くヨーランの足取りに迷いはないように見える。この森の中においてはおよそ道と呼べるようなものもなく、何か目印になるようなものもない。日の光も樹木や葉に遮られて方向感覚などももはや機能不全だ。それでもこうして地図も見ないで歩けるのは、彼女が何度も足を運んでいるからだろう。


「どうかしたか? 導師様」


「ヨーランでいい。どうせてめェもあたしが“導師”だなんて思っちゃいねェだろ?」


「思ってるさ。今こうやって導いてくれているだろ。何か言いかけなかったか。人間がどうした?」


 前を歩くヨーランの表情は見えない。やがて腰高ほどの樹木には刺があるものが現れ始めて進むにはやや難義し始めた。


「……人間は神さまが作った」


「そういう絵本が、確かに地上にはあるな」


 腰に括りつけた短刀を取り出すと、ヨーランはそれを使って草木を斬り払いながら道を開いていく。


「――だったら、〈エルフ〉っていう種族はどっから来たのかねェ?」


「導師様……」


「神さまってのはエルフが嫌いなのかねェ……自分で作った、人間を嫌うから」


 いつになく感傷的なヨーランに、ステラでさえもが違和感を覚えていた。自らが属するエルフを卑下するような物言いにだ。


「――そんなことは絶対にない」


 だが、はっきりとそう断言するグロリアスの言葉に、草木を薙ぐ手を止めて振り返った。その顔は初めて会った時と同じように彼を睨みつける。どこか懐かしくてつい笑ってしまったほどに。


「なんでテメェがそう言い切れるんだよ?」


 再び前を向いて人がしゃがんで通れる程度の道を進んで行く。地面はやや傾斜しているようだ。足元を取られて転びかけるステラの腕を掴んで、手の甲で顎を伝う汗をぬぐった。


「神ってのは、せっかく作った自信作の人間の、いろんな悪いところを目の当たりにして癇癪を起したからだ。そうして大陸は分散されたんだと。とても人間だって神に好かれているとは思えない。だったらもっと――困難なことは少なくていいし、もっとエルフみたいに長生きさせてくれりゃあいいのに」


「ふふ」


 独創性豊かな自論にステラは笑う。


「……フン、そうかよ」


「エルフってのは、『自然と調和して生きてく』と」


「あァ、言ったよ。それが習わしだ」


 自嘲気味にヨーランは言う。やがて傾斜は緩やかになり少しばかり開けた場所に辿り着く。樹木の切れ間から地上で見るよりももっと大きな月が顔をだした。

 目の前には暫く帰っていないアルジエナの、民家ほどもある球状の大岩が見えた。


「誰が決めたんだ? それは。ヨーラン、お前か? 『生きる者が死を受け入れる』、その方が不自然だ。俺達は海で溺れれば水面に浮かぶ何でもかんでも無意識に掴もうとする。刺が生えていても、気色悪いものでもだ。翼を傷めた鳥は地上に落ちたとしても、必死にもがく。その方が自然だ」


「百年も生きない人間が、“二千年を生きる導師ヨーラン様”に説教かよ」


「ヨーラン。お前はさっきから刺のはえてる枝を切って歩いていたじゃないか。傷つきたくないからだ――習わしなんてカビの生えたもんは捨てちまえ、ゴブリンも喰わねえ。一緒に抗え」


 ゆっくりと振り返ったヨーランの、その端正で美しい顔はほんの僅かに歪んでいるようにも見えた。


「……どう抗ったらいいか、教えて欲しいもんだ。『分からないのは“いつか”だけだ』。てめェそう言ってたな? 『どうやればいいか』も分かるのかい? アレを見ろよ」


 面白くないものを無理やり笑って見せるようにいびつだ、ヨーランの表情は。


「こっから先は鍵が無きゃ進めねえ。だけど見えるだろ……あの大岩だ。どうすりゃいいのか教えて見せろ。あれが厄災の巨人アンタイオスの“”だよ――」

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