第81話 期待
「了解、その滅んだはずの村に行って、生き残りを探す。あわよくば連れてくる。そういうことでいいんだな」
「話が早くて助かるぜ」
「しかし、なんでまた冒険者に依頼するんだ? また聖女様に頼めばいいんじゃないのか?」
集落の窮地に際して、聖女に依頼した。それであれば今回はなぜ頼まないのか、と。
「ああ~……最初に頼んだ時には国家予算の二割を超える金銭を要求されたんだってさ」
セラが半ば呆れたような顔をして教えてくれる。しかし国家予算のかなりの金額を支払っても救援するということは、人族陣営にとって召喚士の力はかなり重要な位置づけだと考えられた。
(がめつい聖女様だ事……)
「それにしても人族にとっての聖女様の立ち位置、ってどうなってんだ?」
「そいつぁ、聖王国と聖女の『盟約』ってのがいろいろとあるらしいが、俺達みてえな一般人にゃあ知る由もねえ」
これについてもおいおい、聖女様へ確認しなければならないだろう、と考えるが、そもそも教えてくれるかは不明だ。
尤も、聖女様が情報を人にくれてやるのは、ガラルドに言わせれば珍しいことのようだが。
「聖王国の騎士、っていうのもこの件には絡んでこないのか?」
「聖王国は遥か北方。大雪が降ってるって話だ。それじゃなくても山脈を超えて、砂漠か荒野を超えてこなきゃならねえんだからな、時間がかかっちまうんだろ」
「できるだけ、急いだほうがいい依頼って事、だよな?」
「そうなるな。スケルトンは聖女がブチのめしたらしいが、辺鄙な山ン中に突然大量に湧いて出るってのは考えらんねえ。何かが糸を引いてるって考えんのは当然だろう?」
「普通に考えれば、魔族にとって脅威となる召喚士は」
「ああ。生き残りがいたとしたら、潰しに来るわな」
「僕も気になることがあるし、明日には出発するよ」
偶然手にした聖剣と、集落のつながり。協力を得ることができれば魔族に対抗する手段になりうるこの世界の召喚術士。
気になることは、ある。
しかし。
「今まで依頼を受けた冒険者は隕鉄級……」
猛者のはずだ。
「集落に、スケルトンの残党がいるのか? 或いは……」
顎に手を当て、カナメは考え込む。
「糞ガキ、いや、カナメよ。こんなことを言うのはアレだが――」
「もちろん、分かってるって。冒険者が生きていれば、助けてくれってんだろ?」
ギルドマスターである大男はいつしかと同じく、無言で頭を下げてから、続ける。
「頼む。それに、おめえさん達に何かあっても申し訳が立たねえ。手練れを同行させる」
「手練れ……?」
嫌な予感がしたのか、いつも賑やかな彼女は自分の存在を消していた。
「おい、セラ。なんで気配を消してやがる。おめえはこいつらと一緒に山登りを頼む」
「そんな気がしてたんだよなぁ……ボーナス、でます?」
「そらぁ結果次第、だわな」
「へーい」
彼女は嫌そうに返事をするが、カナメは内心これほど心強いことはないと思っていた。
一瞬でグリフォンを葬っていた弓術は、技術の結晶である銃に引けを取らない。
「言っとくが、集落の場所は分かってねえ。隠匿の魔術がかかってるって話もある。聖女ほどの魔術使いだからこそ見つけられた集落だっていう奴もちらほら、いる」
「それに、険しい山の中の、これまた鬱蒼とした森の中にあるって噂だしね」
「だからこそ、セラが役に立つかもしれねえ」
「どうかな。私は半端モノ、だからね……まー、期待はしないでよ?」
柄にもなく、少しだけその表情に陰りを映す。
「今日は準備をして休め。例によって宿は奢ってやらぁ。こいつは支度金だ。俺の小遣いからのな、無駄遣いはするな。かといってケチって準備を怠るなよ」
そう言って体を深く沈めていた椅子から立ち上がると、カナメの前にずかずかと歩み寄り、テーブルにガチャリとお金の入った袋を置いた。
そしてゴツゴツの手をひらひらと振りながら部屋から出ていこうとする、寸前。
思い出したかのようにズボンのポケットから数枚の金貨を取り出すと、セラに向かって放り投げる。
「頼むぜ? 期待してっからよ」
***
前回も世話になった宿に向かう道中。
時計はないため何時かは分からないが、太陽は山の陰に落ちて行き、辺りは夕焼け色に染まる。
水色とピンク色の空がその境界を曖昧にし、もう少し経てば混ざり合った色は紺色となり、夜が来るだろう。
「そんじゃ、私はこっち。明日から、少しばかり世話になるねー?」
「こちらこそ、よろしくおねがいします!」
鉄棒を地面と水平に両手で握り、律義に頭を下げるユーミ。
この町に住んでいるらしいセラに一旦別れを告げて三人。歩き出す。
「標高がある山を登るので、荷物は最低限度にしなければ」
「そうだな、水は精霊ちゃんにお願いできるから、携帯できる食料と寝袋、食器に――」
「――おやつ、だね」
「ソウデス」
「ん~、コラ。と言いたいところだけど、栄養価が高くてかさばらないものはあった方がいいな」
チョコレートがあれば山登りに持っていくところだが、この世界では見たことがなかった。当然、料理の心得もないカナメはその製法など把握していない。
「南東の山、っていうのはやっぱり、寒いのかね……?」
「そりゃあ、寒いでしょう。暖が取れる
「火の精霊ちゃんでもいればパッと火起こしできるんだろうけど」
精霊に協力してもらい、かつユーミの圧倒的な魔力量でもってしても、その魔術は万能ではない。砂漠では爆炎の魔術を使ったが、太陽の光を集めて、砂漠の熱波を集めて、何とか炎を上げたに過ぎない。
氷の弾を打ち出そうとした時は米粒程度にしかならなかった。寒い場所では炎をうまく発現できるか、未知数。
寒いと聞いて、隣で「うへえ」と言っている魔術師に山奥の集落について何か知っていることはないか確認する。
「なぁ、ユーミ。魔術の先生とか本とか、集落についての情報はなかったか?」
「んんん……”召喚術士”っていう特別な人たちがいるっていうのは、聞いたことがあるよ? でも、どこに住んでいてどんな格好をしているっていうのは聞いたことがないかなぁ」
「いきなり、集落に踏み込んだ侵入者を排除しにかかる、ってことはないですよね?」
「おい、ラスター。そんなことは」
あるかもしれない、と考えて黙り込む。
先に調査依頼を受けて山を登って行った数名の冒険者が、帰還しない可能性の一つとして、大いにあり得る話。
「なぜ黙るのです」
「勝手に入ったら怒られるのかなぁ」
「わからないけど、行くしかないからな。腹くくれ、ラスター」
「精々、今晩はご馳走を思う存分頂くことにします……」
「賛成っ!」
店じまいの準備をしていた衣料品の露店などで防寒具を購入する。
食料品は明日の朝に購入することにした。
すっかり暗くなった街並みや景色を見ながら宿に向かう。今度の依頼もすんなり達成、とはいかないだろう。
食事を済ませて体を洗い、ふかふかの布団に身を預ける。
聖女に聖剣に。
不思議な縁に想いを馳せながら。
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