第4話 聖剣

〈……ごごごごごご〉


 いよいよ地鳴りが大きくなり、砂煙をあげ、近くの地面が爆ぜる!

 地面には大穴が空き、人の背丈の数十倍はあろうかという虫が姿を現す。

地に隠れている分を合わせたら相当大きいだろう。

 巨大な図体をうねうねと動かして芋虫のようなそれは口から液体をたらし、地に落ちた体液は岩を蒸発させている。


 身の毛もよだつ光景に、カナメは意識を放棄する寸前。もちろん失禁も忘れてはいない。

 騎士達でさえ慌てて互いに声を掛け合っている。


「聖女様をお守りしろ!」


「神官、守護の祈りを!」


「こっ、これほどのモンスターまでいるのか!!」


「――よい、騒ぐな。ミールワームじゃ。魚の餌よ」


聖女様だけは冷静沈着に、心底嫌そうに侮蔑の目でワームを見ている。


「きっもち悪い……。死肉に飽き足らず巨大化したものは動く物なら何でも食らう荒野のミミズ……ふむ、体液が飛び散るのは嫌じゃなぁ」


 ぶつぶつと独り言ちながら、長い杖を振るう。

 突然、ワームは黒い巨大な球体に包まれ、バチバチと数秒間、雷電のような音が響く。あっけにとられていると球体は姿を消し、先ほどと同じ姿勢のまま、煙を上げて黒焦げのワームが出来上がっている。


「ぅぇ……気持ち悪いのう」


 ずうううん、と音を立てワームが倒れたかと思えば、紫煙を挙げて姿が消えていく。

 残ったのは、怪しく光る大きな水晶だ。


「おい、裸。これが魔石じゃ。モンスターが絶命すると魔素が血肉を吸収して結晶化し、残る。これは様々な使い道があるから、金になるんじゃ」


「は、はい……」


 学校の先生のようにこの世モンスターの理を教えてくれているが、ただ、返事をすることしかできなかった。


「これだけの大きさならば相応に金になるじゃろう。裸、お前にも報酬をやる」


「聖女様、何もそこまで世話を焼かずとも……」


「パーティーの釣り役には危険に見合った報酬を出すのがルールよ。この裸に、何か服をくれてやれ。みっともなくてかなわん。それと、武器じゃな。」


 聖女様からの突然の贈り物提案にしどろもどろしていると。


「おい、裸。剣や槍、武術の覚えは?」


 もちろん、武器を振り回した経験などない。

こんなことになるなら剣道でも習っていればよかった。

 悔やんでも仕方がない、もう転生してしまったのだから。


「いえ、ありません」


「ふむう。なら短剣がよいかの。初心者でも軽くて取り回しがよい。護身にもぴったりじゃろ。おい、荷物にあったじゃろう。持ってまいれ」


(聖女様は強くて、美しく、心が広い。どこぞの精霊王さま(笑)に見せてやりたいな)


 感慨にふけていると、聖女様達のやり取りが聞こえてくる。


「この短剣ではいかがでしょうか。ワイバーンの牙を加工した逸物です。」


「ばかたれが! 亜竜の牙なんぞ高級品じゃろう、成人の議を行う貴族にでも高値で売りつけてこい!」


「服はこちらでよいでしょうか。子爵の不正事件の際に取り上げたものですが……」


「たわけめ! かような裸男に貴族の服などもったいないわ! 奴隷の服があったじゃろ、おととい奴隷商が殺された事件でいくつか拾ってきたじゃろうが! おぉい、それも高級品じゃぞ! 短剣なんぞ、ある程度折れずにちょっと切ればよいじゃろう! そういえば、スケルトンの群れが持っていた珍しく錆びていないのを拾っていたわ! あれでよい。報酬の体裁がとれればそれでいいんじゃ!」


「…………」


「さて」


 威風堂々と聖女様がこちらに向き直る。


(話が聞こえていないとでも思っているのか……。滅茶苦茶ケチじゃないか、聖女様……)


「報酬をくれてやる。この『旅人の服』と、『グラディウスⅡ』じゃ」


「…………」


「アリガトウゴザイマス…」


 カタカナで礼を言い、慇懃に頭を垂れ”ぼろきれ”と”まがまがしい短剣”を受け取る。

 ふと、ざわ、と周囲の空気感が変わった。


「む……? スケルトンの呪いが残っておったか……?」


(何だよ呪いって…。そんなのばっかりかよ…。でも、これは悪い気はしないな。なんだかあったかい……短剣が反応しているみたいだ)


 突如カッと眩く周囲が光って、短剣に収束していく……


なんだか囁き声が聞こえたような気がしたが、勘違いかもしれない。


「精霊が舞っておる……幾重にもこびり付いた偽装の術式、それを剥がしているのか……? ――なんと!まことに聖剣じゃったか!」


 最後に一瞬、一際強く輝いたかと思うと、

右手で持っていた短剣は禍々しさなど微塵もなく、

 ずっと見ていられるほど美しく精巧な……国宝と言われても疑う余地のない、立派な短剣となっていた。


「裸男……貴様、精霊使いじゃったのか……?」


 初めて見せる聖女様の驚愕の表情に、少しばかり気分がよくなり、そして言い放つ。


「精霊なんてものとは、無関係です!」

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