第3話 聖女様
ぜえぜえと、みすぼらしく息を切らしながら、脅威が排除されたことに安堵する。
精霊王がいうところの、ちっぽけな脳みそで状況をよく観察する。
目に入ってきたのは黒が基調の、それでいて過度な装飾を控えたお召し物の、美しい女性。目深に帽子を被り、長く、綺麗に光を反射している髪で片目を隠している。
片手に持った長い杖は高価そうで、芸術品のようだ。それでいて気圧されるような凄みを感じる。
さながら、魔法使いそのまま。誤解を恐れずに言えば、魔女――。
全員で六人いたようで、そして彼らは嬉しいことに、人間だった。
魔女風の女と、神官のような装いの初老の男性。それ以外の４人は騎士、だろうか。一様に甲冑をまとっていて表情は見えないが、金属の反射する鈍い光沢は物騒で、恐怖すら感じる。
「あ、ありがとうござ――」
礼を告げようとすると、自分の喉元に剣先が当たるのがわかる。
切れてはいないが、ヒヤリと金属が少しの体温を奪っていく。
ごくり、生唾を飲む。
「貴様、何者だ」
抑揚なく、騎士風の男が質問を投げかける。
「あ、あ」
自分は何かあると「あ」しか言えないのかと、情けない気分になってくる。
もっとも、危険な荒野で裸に汁まみれ（おしっこも多少漏れていただろう）で全力疾走してくる男なんてその時点でかなり情けなく、それを切り捨てず、かつ言葉をかけてくれるこの人間達は、もしかしたらとんでもなく徳の高い人達なのかもしれない。
「よい」
魔女風の女性が止めに入る。
「しかし、聖女様ッ」
聖女様。偏見かもしれないが、黒ずくめのこの女性に聖女といったイメージは湧かなかった
「聖女などと呼ぶでない、反吐が出る」
騎士の剣を下ろさせ、ずかずかとこちらに近寄ってくる。
やはり聖女ではないのか？
「しかし、このような町から遠い荒野で、丸腰で生存しているなど……。毎年何組もの冒険者が帰らぬものとなっているかご存じのはず。怪しすぎます！」
「むぅ～、怪しいのは確かに怪しいのじゃが……」
聖女様はこちらを怪しそうに眺める。
「確かに、すっぽんぽんで全力疾走で向かっていったのは謝ります！とても不快だったでしょう……。でも、私は決して、怪しいものではないのです！」
必死に弁明するが、このナリで、この状況では説得力など仕事をしない。出社もしていないだろう。
聖女様はより入念にこちらを侮蔑の眼差しで舐めるように観察し、
（あまり見ないでください……目覚めてしまいます……）
「邪悪なものではない。醜悪ではあるが。ふむ。こいつは面白いぞ？」
興味深そうに裸の男を見た感想を言う。
「聖女様が興味を持たれるとは……この男が一体なんだと？」
「むぅ……さっぱりわからぬが、一切の魔力を持っておらんうえ、因果律を完全に外れておる。なにか事を成しそうな気もするが、すぐにそこらで無様に野垂れ死ぬのかもしれん。どちらにしても、多少の暇潰しになるじゃろう」
荒野で、大の大人に囲まれて。
汗と涙とよだれとお小水にまみれ。
裸で正座をして詰められている。
それは面白いでしょう。
「ふむ、立て……」
「あ、ハイィ！」
命令されたらはっきり返事を返さなければならない。
社会のルールだ。
しかし、立ち上がろうとした途端、全力疾走と正座、岩肌で切った足のケガのせいでよろけてしまう。
どういうわけか優しく聖女様が抱きかかえてくれ、まっすぐ立たせてくれる。
「いいものを見せてやろう」
真正面で聖女様がこちらを見据え、おもむろに帽子をとる。
顔の半分を隠していた髪を手で耳にかける。
「なんと！」「聖女様！」「何を！」
騎士や神官のような男たちは聖女様の行動に異議があるようだ。
見せてはいけないのだろうか。それともただの嫉妬なのだろうか。
鼻と鼻がくっついてしまうほど、顔を近づけられる。
聖女様は並んで立つと自分より背が低い。
この光景は一生忘れないだろう。
二十数年の短い人生だったが、これほど鮮烈に脳を焼く綺麗な光景はかつてない。
（とてもいい匂いがする、金木犀みたいだ）
肺を、それどころか細胞の一つ一つを聖女様のにおいで満たそうと大きく息を吸い込んでいると、気付いた。
聖女様はオッドアイだ。両の瞳の色が違っている。隠れていた片方の瞳には幾何学的な、それでいて美しく複雑な円状の模様が描いてある。
ずっとその瞳を見ていると吸い込まれそうだ。
と、同時に恐怖心が芽生える。
この目は、瞳は、何かとてつもないものを隠している、そんな予感がする！
「聖女様！！」
神官の声で我に返る。
「この男は、邪悪ではないかもしませんが、怪しく邪です。一旦牢に入れ、尋問をしたほうが良いのでは？それに、なぜ目を見せたのです。何かあっては……」
「よいじゃろう、儂の勝手じゃ。それにまたまみえることじゃろう。その時、目障りな存在なら首を落とせばよい。この男、因果率に見放されておる割に、不思議な力を持っていそうに見えて、やっぱり持っておらん。よくわからんのだが……敵にはならんじゃろ。それはわかる。それにどういうわけか……お？」
聖女様達が物騒な話をしていると地鳴りが聞こえてくる。
〈ごごご……〉
「ふむぅ。この裸男がバタバタ走ってくるもんだから、余計な物を釣ってしまったようじゃの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます