第2話 荒野転生
「よしよし。それじゃあ、まずは危険度が少ない、世界の東端の町はずれに送るわね。言葉がわからないと情報収集もできないから、転生後の体の脳みそを遮二無二にいじくりまわして、ある程度の言語は理解できるし、操れるようにしておくから大丈夫。精霊王の力が現世へ物質を残すのは周囲への影響が大きいから装備は最低限になってしまうけど、まあしょうがないわね」
(世界が平和になったら、まずはこいつを殴りにこよう……)
「それと、あなたはろくに運動もせず、怠惰をむさぼり歳を重ねたから体なんかダルダルね。ある程度すっきりした年代の体で転生する。ありがたく思いなさい?」
(なんだこいつ。なんだこいつっ!)
怒っていても時間の無駄と判断して、会話を進める。
「……体を若くするって、そんなこともできるのか。聞いてなかったけど、お前は何者なんだ?」
「私? よく聞きなさいっ! 人知を超え、魔力さえ凌駕する世界を構成するエレメントの精霊。そしてそれらを統べる精霊王、ウィシュナよ! 覚えておきなさい、あなたにはそのありがたい加護が与えられるのよっ!」
「あっそ。それで、東端の町、って言ったよな。そこからどこを目指せばいいんだ?」
自分語りの口上を軽くあしらわれて怒っているようだが、構っているだけ時間の無駄だ。さっさと情報だけ集める。
「人族は聖王を称え東を本拠地とし、魔族軍は西から現れる。いまだかつて魔族軍の本拠地が知られたことはないけれど、最も大きな大陸は主に二つ、『東のオルタス』、『西のグルイテ』。小さな島や列島、内湾で区切られたりもしてるけど、この西の大陸に魔族の王がいることは確か……」
「それなら、武器や仲間を集めて、西の大陸を目指せばいいんだな」
「ええ、でも、気を付けなさい。戦況が変わっているといったけど、東の大陸へも魔族は侵略してきているし、そもそも狂暴なモンスターはそこらかしこにいる。丸腰ではあまりにも危険よ」
(モンスターまでいるのかよ……先に言えよ。そもそも丸腰なのはお前の力不足だろうが)
「……ゴホン。転生者ナルシマ カナメよ、行きなさい。長く続く混沌の世界に、悠久の平和をもたらすため!」
「あ、まだ質問――」
「もたらすため!」
こちらの都合などお構いなしに、先ほどまで白で埋め尽くされた空間がぐにゃぐにゃと歪み、視界が奪われていく。
僕は大丈夫なんだろうか。生きていけるのだろうか。
ひっそりと生きようとしても魔族を仕向けられて拷問される。
何度目かの暗転する視界にうんざりしながら、転生者は考える。
――こんな異世界転生は、いやだ。
***
「……」
「…………」
「………………っ!」
どのくらい時間がたったのだろう、転生の後遺症だろうか、少し眩暈と頭痛がする。
「ここは……?」
「あれ……?」
東端の町と言われた気がしたが、視界に入る景色は明らかに荒野だ。
赤茶けた小さな岩、大きな岩がそこら中にごろごろと鎮座している。
そして、なるほど体は確かに若返っているが、最低限の装備はおろか、布切れ一枚まとっていない。
十代の頃は筋トレなどもしていたし、精霊王(笑)が筋力も増してくれていると言っていたので、二の腕やふくらはぎなど、若い頃よりたくましく見える。
裸一貫なのを差し引いても、身体は軽い。
「あれ? あれー?」
周囲を見渡し、みっともなく四つん這いで装備を探していると、頭の中に声が響いてくる。
(―――聞こえる?―――)
「あ、ああ、精霊王(笑)か、早く装備を出してくれ。それと町が見当たらないんだが、どこにあるんだ?」
(―――よく聞きなさい、偉大なる精霊王と凡人との交信はそのちっぽけな脳みそには負荷がかかりすぎる……焼き切れないうちに手短に話すわ―――)
「…………」
(―――間違えたわ、転移に失敗したの―――)
「…シテヤル。コ…シテヤル……」
心の底から呪詛がわいてくる。
煮えたぎる風呂に入ってこいつの加護なんぞすべて洗い流したい。
そう考えているとなおも頭の中に声が響いてくる。
(―――ここはシューリテル荒野。町は北東へ200kmほど……。古い信仰の儀式に使われた地下神殿があって、ほとんど未開の地で、中には強力なモンスターもいるみたい……丸腰では危険よ! すぐに町を目指して。早くっ!―――)
一方的に、
不条理に、
不適切に。
交信を切られて立ち尽くす。
「…っぐ。ひ、っぐっ」
悔しさのあまり、十数年ぶりに泣きに泣いてしまう。
彼にとって、こんなに哀れでみじめで悲しくて、涙が止まらないのはいつぶりだろう。なんの罰なんだろうか。
じゅるじゅると汁をすすったり拭ったりしていると、かすかに何か聞こえる。
ギャギャ……と、人間の声じゃない!
どことなく邪悪で、恐怖心を爪でひっかいたような音だ。
岩陰に隠れながら音のする方向を見てみると、1メートルと少しだろうか……人間の子供くらいの大きさだが、筋肉は発達している。肌は苔のような色。
ごつごつした棒を持っており、動物の皮の様なもの。――服を着ているッ!
そいつが一、二……、三匹いる。そう遠い距離じゃない。
前世の記憶になぞらえてみればあれはおそらくゴブリンと呼ばれるもの。
一個体はたいした脅威ではないのだろうが、ただのはだか人間では袋叩きにあい、殺されてしまうだろう。
何とか過ぎ去るのを待とうと、しゃがみ込もうとしたとき……
お約束だ、割れやすい岩を踏んでしまったのか、パキョ、と音がして注目を浴びる。
彼らの本能なのか、よだれを垂らしながらこん棒を振り上げ、不格好な走り方でこっちに向かってくる!
「ヒィィ!」
恐怖のあまり喉から変な音が出て、ゴブリンと逆方向に全力疾走する。
筋力が上がっているからだろう、確かに走る速度は上がっているんだろうが、地面の岩肌は荒く、足が切れて決してうまくは走れない。
必死の全力疾走にもかかわらず、距離は縮まってきている。
十分、あるいは二十分、もしかしたらほんの数秒だったかもしれない。
頭の中が真っ白になりながら逃げ惑い、一際大きい岩を越えると、いくつかの人影が見えた。
「ォォ、オイィー、たっす、たたずケでェいいッ!!」
アヒルとカエルを足して二で割ったものを押しつぶすような声をだして、誰とも知れない、敵か味方かさえもわからない何かしらの近くまで到達して、足がもつれて転げ、這いずり回る。
「たーす!助ーけでぐだしぃい~!」
恥も外聞も前世に捨て、懇願する。
これで助からなければ、詰みだ。
すると、願いが通じたのだろうか。
サッと人影の一つが揺らめいたかと思うと、近づいてきたゴブリン共をいとも簡単に払いのける。
まるで顔の近くの蚊を追い払うように。
一瞬でゴブリンの胴と頭は離別をしていた。
刃物のようなものを使ったようだが、騎士のあまりに洗練された動きは切っ先の軌道など見せてはくれなかった。
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