この世界の神さま! ~転生プログラマの異世界救世リファクタリング⏎~
めたるじぐ
この世界の転生者
第1話 暗転
(おはよう――)
(あなたは、死んでしまったの――)
(間違えたのよ――)
***
久々の休みを迎えるにあたり、安い割に妙に度数の高いお酒を飲んで、変な時間に眠ってしまったようだ。
ぼんやり時計をみるとちょうど0時を回ったところ。
――ふと今日が自分にとっての誕生日だということを思い出す。
この歳になって誕生日を意識することなんてないと思っていたが、さすがに頼みもしないのにこう毎年その日を迎えれば、何となく体が覚えているようにも感じられた。
時計のあるデスク周りを見ると、昨晩の作業、日課というか趣味というか、
ノートやペン、ペンタブ、タブレット、パソコン。
それらを使ってイラストなんかを描いていた跡が散らかっている。
物心ついたころから絵を描くことが好きで、覚えたイラストをぱっとかけるくらいの腕前はあると自負していた。
しかし、できたイラストはどれも、誰かの真似事、まがい物、贋作、つぎはぎだらけだ。
彼の作品はどれも個性は感じられない。オリジナリティはなくてどこかで見たような図柄、作品ができた後は決まって達成感よりどうにも虚無感がやってくる。
布団にくるまってこれまでの人生をダイジェスト版で振り返っていると、だんだん頭がさえてきて、水分が欲しいと気づく。
ふらふら冷蔵庫まで歩き、扉を開けてみると卵、ベーコン、納豆、出来合いのお惣菜。エナジードリンク。独身欲張りセットしかない。
玄関横の上着を羽織り、サンダルを雑にひっかけて、小銭ぎっしりの財布をポケットに突っ込み、通り沿いのコンビニに向かうこととする。
仕事仕事で家に帰っては虚無な趣味の時間潰しをしてばかりで気づかなかったが、夜中ははっきり肌寒くなってきていた。
19歳で就職したプログラミングの仕事は、少しずつ神経をすり減らしていった。
新人でも組織の上役でもなく、中堅。
仕事が忙しいのは食うためで別にしょうがないと思っているが、何となく感情を少しずつ削られていくみたいで嫌悪感を覚える。
少し駅が近くなってきて酔っ払いのおじさんや学生であるだろうカップル、若いサラリーマンなんかがちらほら歩いている。
それぞれにああなるのは嫌だ、あのくらいの頃は良かった。などと身勝手に感想を思い描いて歩く。
――目的地はもう数十メートルだ。
ポケットに手を入れ、横断歩道を渡っていると突如、「ドンッ」という音が聞こえた。
視界はぼやけていて、頭からぬるぬるした暖かい液体が流れだしている以外は把握できていない。
どうやら、車にはねられたらしかった。
(あ、っそう)
視界はゆっくり、でも確実にぼやけて暗くなっていく。
まあ、このまま痛みを感じないでぼんやり逝けるならまあいいか。
別に未練のようなものはない。
まあいいさ、よく生きたほうだよ。負け惜しみのような、あきらめのような、
なんとも糞ダサい感情をもって、みじめにこの人生は幕を閉じる。
視界が、世界が、暗転していった――
「――おはよう、ナルシマ カナメ君」
うっすら視界が戻ってきてあたりを眺めると、
真っ白で、真っ暗で、上も下も。
自分の感覚もひどくあいまいな状況にあった。
周りは見えているように感じられたが、自分に「目」がある自信はない。
「あ」
声を出してみると、それを発している感覚はある。
でも、「口」どころか顔も頭もあるとは言いきれない。身体はあるのだろうか。
「おはよう、ナルシマ カナメ君」
声に似た感覚のほうに照準を合わせてみる。
じんわりインクが滲んでいくように、何かを知覚できる、ピントがあってきて、そこには人型の、女だ。現実的にはあり得ない、なんとも神々しい見てくれをしていてなんとなく綺麗な人だと思った。女神、といった存在なんだろうか。
「あ」
絞り出す。
まだ的確に意思を伝える手法は確立できない。
「おはよう、ナルシマ カナメ君。ねえってば!」
こちらの意思表示がうまくできていないからか、少し不機嫌そうにも聞こえた。
「あ、あ」
「よし、と。私の言葉は聞こえているみたいね!」
どうやらたった二文字、「あ」を二度も言えたら聞こえていることになるみたいだ。
視覚情報はさっきよりだいぶましになってきた。
なんの凸凹もない、白い地面と白い空。
遠くに行くにしたがってグレーのグラデーションがかかり、地平線との境目は、はっきり黒で線引きされている。
本当になにもない。
「あなたは死んでしまったの、覚えている?」
「ああ……」
頭から血が流れているような感覚を想い出す。
「だけど、チャンスね、サプライズよ。二回目の人生を始められるんだから! 今まで生きていた人生とは全く違う世界。少しデンジャーだけど、ロマンあふれる世界に招待するわ!」
「いいです……」
「ね! いいでしょう? そこで新しい人生を始める。ねっ、素敵でしょう!」
そっちの「いい」じゃない。
こちらの意見は曲解されたようで、まくしたてられるように言われ少し冷静になって考える。
(まさか、本当にあるのか? 異世界転生だ。綺麗な人だけど異世界の神さま? でも、なんで自分なんだろう? なんらかの凄い能力や道具を与えられて何か異形の敵を倒せとでも言うのだろうか……)
「どうして、僕が?」
とりあえず時間の許す限り質問をしてみることにする。
「間違えたのよ!!」
(ん……? おかしいな、聞き違えたのだろうか)
「今”マチガエタ”って、聞こえました」
「そう……っ間違えたのよっ!」
胸のあたりで腕を組んではっきり、自信満々に、決め顔で、どこか女神感のある女は告げる。
「間違えた、って誰かと僕を、……ですか?」
「人、場所、時間。すべてを、間違えたのよ!」
(――このひと、やばい)
「本当は、知能・知識。カリスマ、運動能力、そういった才覚を持った人を転生させようとしていたの。転生後は、転生前の能力から覚醒させるものだし、次の世界はまだ、化学や哲学は発展途上だからね。前世の知識は大きな武器よ」
「……すごい能力を授かったり、魔法が使えたり、は?」
「……は? そんなに他力本願でどうするの。自分の力で切り開かなきゃ! 人生はさ!」
(あれー! おかしいな。異世界テンプレートと違う! それに次の世界はデンジャーって言ってたぞ!)
「転生して、そこで何をさせようっていうんです……?」
「よく聞くのよ! この世界は二分されているわ。勢力が二つ。何千年も争いをしていて、世代が変わってもなんの意味もない偏見で自分と、自分に似た種族以外は認めず、いがみ合い、殺しあう。だけど戦局は動き、今は魔族が少し優位……人と、人に近しい種族は危機にあるわ。そして、魔族側の力は制御できていない、おそらく世界は滅亡へと向かうでしょう」
真面目な顔で世界の状況をざっくりと語り、その後ぱっと花が咲いたような顔で――
「その世界を救ってほしいの!」
――女神感のある女は告げる。
「超絶スキルもチート能力もなく?」
「そ!」
「武器や道具なんかはいただけませんか? 魔族って、強そうじゃないですか」
「ないわ!」
「努力すれば魔法の習得なんかはできる……?」
「できないわ!あなたはね。才能も魔力もないもの!」
なんの武器も、魔法も。能力もなく世界平和へと導けというのか――。
「ちょっと可哀そうだから、一般人よりは少し筋力・体力なんかの基礎能力は増やしてあげるけど、それくらいしかできないわねえ!」
「できない……? あなたは、神さま、なのでは?」
「神さま? あははー! 神さまじゃないよ! あはは、神さまなんて、見たことも会ったことも、まして何かをしてもらった記憶だってないんだからー、ばっかじゃなーい」
(怒りでどうにかなりそうだ。不幸にもさっき死んだばかりの人間を捕まえて、バカ呼ばわりすな!)
「だったら、別な才能のある人を転生させてくださいよ! 僕は異世界でモブになってひっそり暮らします!」
「無理よ! あなたを召喚させるのに精霊王の秘宝、そのため込んだ力を三千年分つかったのよ! 三千年よ? 次なんか待っていたら、世界が滅んじゃう!」
「三千年分の力……」
「そうよ!」
「その力を、まちがえた?」
「……そうよ!」
少しだけ気まずそうに女神感の強い、神ではないという女は続ける。
「たまたまね、くしゃみがでて、鼻水で滑って転んで頭を打って、顔の近くに落ちてるゴミを虫と間違えてパニックになって力を暴走させてしまったのよ!」
(間違えたのレベルじゃない、世界が滅ぶのはこいつのせいだろ……)
「どう考えても無理でしょ! なんの才能もない僕が行って何ができるんです!」
どこか覚悟をしたような表情で、ゆっくりと女は、腰を折る。
あまりにも優雅で、まるで女神の舞の一端を見ているようだった。
足元に咲く、一輪の花を摘むような流麗な動作。
見惚れて、それが土下座だと気付くまで数秒かかってしまった。
(――こいつ土下座しているぞ。みっともない)
「そこをなんとか! お願いします!」
「いやいや、無理ですって、死にます! また死んじゃいますよ!」
「お願いします! 今なら”精霊王の加護”を付けますのでっ!」
「なんだよ、そんなもん自由自在に他人に与えられるなら、お前が行けばいいだろうが!」
「だって、できないんですよぉ~、精霊は長い時間、現世に実体を保てないんですぅ~っ!」
「短い時間だってやってのけろよ! お前の仕事だろ!」
「お願いしますよう~、この美しい世界が滅んでしまうんですぅううっ!」
(なんでぐしゃぐしゃに泣いてんだこいつ、泣きたいのはこっちだ!)
「……僕に何かメリットはあるのか」
「…………」
「世界を救ったら、報酬がたんまりで一生遊んで暮らせるとか。世界一の美女を奥さんにもらえるとか。ハーレムになるとか!」
「…………」
(えー、本当になにもないの……)
「……っ、救わないデメリットはあるわ……!」
「……っ!?」
(こいつどうかしてるぞ! こいつの言う通り、神さまはきっといない。神さまがいるとしたら、こんなに僕が可哀そうなわけない!)
「世界を救わなければ、魔族に蹂躙された世界で差別を受け、捕虜になって――。痛みを伴いながら、生産性のかけらもない糞みたいな重労働を強いられるでしょう。なんなら、そういう風に仕向けるわ。そうよ! 雑魚魔族なら私の力で少しくらいコントロールできる。――あなたに凄惨な拷問を与えましょう! それが嫌なら、この何にもない空間で何百、いえ……何千年も過ごしたらいいのよ……きっと矮小な人間のあなたの頭なんて、ほんの数年で狂ってしまうでしょうね!!!」
ゆっくりと立ち上がりながら、暗い瞳をした女は、告げる。
「このサイコ野郎ッ!」
「ね? 行くでしょう?」
「くそったれ!! 行ってやるよ!!」
派手に唾を吐くように目の前の女に決意を告げる。
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