第5話 世界樹の枝

 早速、報酬のぼろ布を装備して短剣を腰の麻紐に差す。

なんだかデリケートゾーンがかゆくなってくる気がするが、裸よりはマシだろう。

 服を着ると自尊心が増す。

 先ほどまでの下卑た態度ではなく、一人の男として彼らと対峙する。


「聖女様、危ないところを助けていただいたうえ、装備品まで与えてくださり、感謝しております」


「よい。それより、その短剣。返してはくれぬか」


「嫌です……」


「むう……もったいない。しかし、先ほどの力、本当に偶然なのか。精霊が可視化できるほどの力を現すなど滅多なことではないぞ。天変地異の前触れか……」


「んん~。たまたま通りすがりの精霊が勝手にこの剣にぶつかってきたのでしょう? 精霊というのはそれは愚かなものです」


「先ほどまで裸でみじめに小便を垂らしていた男が精霊を語るだと……? かの精霊王の力は竜と並び、地獄の王すら退け、魔族の王さえもその力を恐れ魔族軍侵略の抑制を担っているのだぞ?」


「えええー? ぷっはっはー! 嘘ですよ、嘘! あの精霊王(笑)ウィシュナとかいう女は間違いや失敗ばかり! とてもそんな話信じられませんよー!」


 これまでの扱いや行い。言動などからもとても信じられない話だ。

思わず吹き出してしまうと、聖女様はこちらを訝しんでいる。


(なぜ、ただの人間が精霊王の名を知っている……?)


「まあ、よい。人の身では理解できないのかもしれぬ。ワシはここでやることがあるし、貴様はどこへ向かうつもりだ?」


(聖女様はだいぶ精霊王(笑)を買っているようだな……。一度会わせてみたい)


「僕は、世界を救って平和にするため、西の大陸に渡りたいんですが、まずは町に行きたいです」


「世界を救うじゃと?」


(正気か? 下等なモンスターに追い立てられていたアホたれが、本気で魔族に挑むというのか……?)


「そうじゃの。西の大陸に上陸するなら、ワシが十人おったとしても身が持たんじゃろう。力を付けたほうがよい」


(え、本当に!? あんな魔法が使える聖女様が十人でも足りないの? どうしろってんだ……)


「頑張ります……」


「少し遠いが、転移のスクロールで町まで飛ばしてやる。そこでなら、なにか貴様の役に立つものがあるかもしれん。大陸でも有数の国家、グラシエル。古より根を張る世界樹ユグドラシルの恩恵で栄える町、オーサムじゃ」




***




 聖女様に転移してもらって、一瞬でその町にたどり着くことができた。

世界樹と呼ばれるその樹木は、見るものを圧倒した。

 幹の太さは人が住む家など比較にならないほど太く、見上げると頂点は見えないくらい、天を割るほどに背が高い。

 そして不思議なことに、ところどころでメカニカルなパーツ、

金属板だったり、蛇腹チューブのようなもの。ネジっぽい部品、

ゴム質にも見える部品が表面に張り付いている。


 その木の根元に人々が寄り添い、家を建て、

畑を作ったりしながら生活している。

 人々の屋根になっているその枝葉は、本当に大きい。


(はええー、不思議な木だ。どうしてメカっぽい装飾がされているんだろう?)


「あ、すみません、この木はどうして金属部品なんかで補修されているんですか?」


 別れ際、聖女様から餞別に、と頂いたお小遣いで食べ物を買いながら、店主に質問する。


「あー、旅の人かい? この木はだれも補修なんかしていない。勝手に木のほうからパーツが生えてくるくるんだ。数百年に一度か二度、実をつけることもあるそうだが、その実にも金属が含まれるらしい。幹だけじゃなく、細い枝なんかにもね」


(不思議なこともあるもんだな。ついでに奴隷の服は嫌だから古着を売っているお店でも探すか)


 露店になっている、古着屋の前で物色を始める。売り物の服は町の人がきているものに似ていて、洋風の服だ。中世のそれに近い。

 いくつか目立たず、丈夫そうな服を見繕っていると店主が話しかけてきた。


「あんた、奴隷の紋は押されていないみたいだし、主人らしい人も見かけないけど、その奴隷の服は、趣味かい? 趣味は自由だけどあんまり褒められたもんじゃないね、奴隷達の怒りを買うよ」


 なるほど、と思った。

確かに自分たちが泣く泣く着せられている服を趣味で着ている人間がいれば不興を買うだろう。


「いえ、これは、着るものがこれしか与えられなくて。それまでは裸で行動していたので、ないよりはマシで着ているんです」


 そう説明すると、店主は涙ぐみながら、可哀そうに! などといいながら値引きをしてくれた。

 初めて優しい扱いをされてこちらまでホロホロしながら勘定を支払っていると、世界樹から一枚、ひらひらと葉っぱが落ちてきた。


「あら!運がいいじゃない。世界樹は気に入った人間に葉を落とし、それをお守りにしていると更なる幸運を呼ぶって言うよ!」


 こちらの世界のジンクス、だろうか。


「世界樹はそれだけじゃなくて、自身の枝を落とすこともあるとか。大きい枝ともなると、加工するのに鋸や工具を何本もつぶしちゃうけど、軽いし、かなり強度があるから高値で取引されるらしいわよ。聖王様の槍も、柄の部分はこの木のまっすぐな枝を使っているんだって!」


(聖王様……どこかで聞いたな。そうだ、この世界を二分する勢力の頂点。人間の王様だ。僕も頑張っているふりして、この王様が魔族を倒すのを待ったほうが利口だろうか……?)


”聖王様に他力本願作戦”なんかを検討していると、脳天に、尋常ではない衝撃が走る。身長なんか1センチは縮んだろう。

 少し、ショックで鼻血がでている。


(痛っっっってええええ!!)


 落ちてきたものを見ると、腰の高さほどの木の枝だ。

 まっすぐで、先っちょはY字になっていて葉っぱが一枚付いている。


 ちくしょう、と言いつつも、頭をさすって鼻血を奴隷の服でふき取る。

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