第121話 強者

 ぎろり、と。

 トキハルが門をくぐれば、ある強者は殺気立った視線を寄こし、またある強者は精神を集中しているのか、じっと腕を組んだまま動かない。

 大男が威張り散らして、優男は知り合いか何かと談笑する。


 ぐるりと回りを見渡してみても、トキハルより背が低く、且つ若い者は見つからなかった。

 緊張はしていなかったが、周囲の緊張感が伝播しかけると、大きく息を吸って背筋を伸ばし、頬を膨らませて息を吐く。


 一人の兵が威厳を伴った声で将軍がお出ましになると告げれば、先ほどまで各々ばらばらと時間をつぶしていた者たちは一様に跪いた。

 作法などはよく理解していないトキハルも周りに倣って膝を地に付け頭を垂れた。


「――面を、上げぃ」


 正直な所、城主である将軍アヅミは御前試合には乗り気ではなかった。

 個々の技量よりも戦略や策を重視し、自らが戦場で武勲をあげたことは記憶にないが、“知将アヅミ”としてギワコウを治めている。

 娯楽に飢えている民衆にここはひとつ見世物を与えてやろうと、今回の催しを開いたのだ。

 見物に訪れる者が多くいれば、城下へと金を落とす。


 また、将軍とは違って数多の武勲をあげたことで目付にまで取り立ててやった“ツユリ ナガサダ”の、『大陸ではちらほらと魔族の強襲が目立ってきたというからあわよくば強者がいれば一人二人城に召し抱えても良いのでは』という進言もあり今日に至る。


 しかし蓋を開けてみればこの催しは素晴らしい武芸者を幾人も見つけることができた。

 諸国放浪をし、様々な強者と対峙したという者もいれば、大陸で冒険者なる寄合に参加し素晴らしい成績を上げた者など。誰もがかなりの腕で、熱戦を繰り広げては民衆を沸かす。

 勝者同士を戦わせ、最後に勝ち残った者に少々の褒美を与える予定だ。


 そしてそれらを、審判が放つ初めの一声から一呼吸の間ほどしか開けずに一刀のうちにねじ伏せる、黒髪に黒い着物の若者。

 隣に座して見物をしていたツユリさえもが前のめりになりながらも夢中で観戦していた。


「なんとも……豪快に見えて、繊細な剣筋。ここ以外ない、という筋に流れるように剣を入れておりまする。して、若い! 成熟すれば戦略の肝ともなりえましょう」

「強いのは分かる。しかし力任せに木剣を振るっているようにしか見えんが――」

「おっしゃる通り、力任せです。加減、というものを知らぬのでしょう。それ故、その剣筋の美しさを巻き上げる砂煙が隠してしまいます」

「ふむ。ツユリ、貴様がそう申すのであれば確かなのだろうが」

「相手とて、強者ばかりです。ただ、この男を前にすると積み上げてきた鍛錬など披露できぬまま――御覧の通り」


 ツユリが促すと、トキハルが貸し出された木剣を振るい、自らの体躯より数段大きい武芸者を叩きのめしたところだった。


 ぎくしゃくと慣れない仕草で倒れた相手に一礼をし、将軍が座する上座へも一礼。

すごすごと場外へ戻っていこうとすると、たまらずツユリが声を掛ける。


「お主、大金星だな。名をなんと申す」

「あ? うる――トキハルだ」


 いつものようにうるせえと言いかける友人を見て、目を見開いて肝を冷やしたのはその活躍を誇らしく観戦していたセッタだった。

 華々しく活躍する友人に対し、周りの観衆もあれはだれだどこのせがれだと沸いている様子に鼻を高くしていたが、目付に対して無礼を働いてしまえばそれも台無し。


「強靭にして、筋もよい。お主、生まれは――流派は?」

「流派なんてもんねえよ、我流だ。そんで孤児だから家名もねえ。生まれが剣に関係するってのか? 初耳だな」


 折角のツユリの言葉にいつもの調子で乱暴に返答すると、


「――無礼者ッ! 御前であるぞ!」


 当然のように兵が槍を向ける。

 しかし、トキハルが木剣の試合で見せることはなかった眼差しと殺気を向ければ、はっきりと兵はたじろいでしまう。


「よい。礼儀作法などとは学ぶものだ。教わらねば持っていないは然り。だが強さとはそうではない。鍛錬と、才。そして運」

「礼儀作法なんてのは強さには関係ねえだろう」

「この小僧っ! 言わせておけば――」


 数々の無礼を働くトキハルに対し、たまらず兵は槍を振り下ろす。

 それに対してだらりと手からぶら下げた木剣を素早く振り上げて槍をへし折ろうとするが、回転しながら天へと舞い上がる木剣。

 唖然とした無礼者が目にしたのは、兵の槍を左手で掴み、右の手刀を以てトキハルの小手を払いあげたツユリの姿だった。


 一瞬の内に距離を詰め兵とトキハルの間に割って入り、あまつさえ武器を奪われたことにかつて感じたことのない悔しさを覚えた。


「トキハルといったな。取り急ぎ礼儀などは学ばずともよい。忠を尽くさねばならぬと感じる者を前にしたならば、自然と頭を垂れてしまうだろう。それは本能だ。犬が腹を見せるようにな」


 トキハルが突き刺さんとする殺気を、しかし快活な笑い声で霧散させるとツユリは踵を返して将軍の元へ戻って行く。


「その時、貴様が礼儀を持たねば、嗤われるのは貴様が忠儀を尽くす主君である。配下の躾もできておらん、とな。――さぁ、試合の続きをやってくれ」


 天に舞い上がった木剣がトキハルの頭へ落下してきてぱかんと立てる音を皮切りに、御前試合が再開された。


 そうはいっても残りは、二名。

トキハルという無礼者と、いまだ名も知られぬ強者のみ。

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