第12話 スクロール

 大臣に化けているという魔族を倒すため、カナメとユーミは城へと向かう。

 夜は更けていったが月は明るく、二人の足元を照らす。


 グラシエル城の近くまでたどり着くと、二人は頷きあい茂みの中で待機して、

侵入経路を探る。

 城内に入るには正門突破は難しい。

だが、ユーミの話では裏口があるとのことだった。

 物陰に身をひそめながら、ぐるりと裏口があるという方へ回ってみれば、正門よりいくらか見張りが少ない状態で、確かに手薄と言えた。


 深夜だからか、門番の兵二人は、どこか交代が来る時間だけを待っているようだった。

 脅威に備えて見張りをするのではなくて、見張りという目的のために見張りをする。

 ――心ここにあらず。

 何も起きないだろう、そんな慢心が今日という安心を、交代を前にして奪われるのだ。


〈ぼっこおん!〉


 ごめん! と心の中で唱えて、手持ちの木の枝で門番の一人を力いっぱい殴りつける。

 もう片方の門番は、ユーミがスクロールで眠らせている。


(あああ! こんな序盤で一番使えそうなスクロールを……っ!)


 嬉しそうにサムアップしているユーミを尻目に、城を見上げる。

使ってしまったものはしょうがない。城門突破の立役者、”眠りを誘うスクロールは灰となって夜風にさらわれる。


「とにかく、城の内部に入る。目的のスクロールはどこだ!?」


「先導するね、ついてきてっ!」



  裏口は給仕の部屋、食材などを運び出したり、使用人などが主に使用する裏口のようだった。地下室を抜けて階段を下る。

 豪華な赤絨毯を想像していたカナメは石畳の上を駆けていく。


 すんなりと扉が開いていることに違和感を感じていたカナメは、ふとあることに気付かされた。

 先ほどから、頑丈そうな金属の錠前を、ユーミが力任せに引きちぎっている。


(あ、この子ったら身体強化しないでも怪力なんだ……)


 錠前の堅牢さを買いかぶっていたのか。それとも、敵側の罠か。

 いずれにしても順調に歩を進める。


「なあ、結構階段を下ってきたぞ。このあたりが最下層か? 目的地はどのあたりなんだ?」


 散々走らされ、脇腹を抑えながら、

 内部構造を知っている、と思われるユーミに問いかける。


「うん。ここが目的地。準備はいい? 星の光が地下まで届く、一瞬が勝負だよ。これを逃したら、次は何千年か経ってからだね、今日がだめでも、また一緒に戦ってくれる?」


 同じ目的で危険な橋を渡る緊張感。そんな心境だから生まれた冗談なのかもしれない。


 ふふ、と笑いあいながら、


「ああ、何回でも来るよ。世界が平和にならなければ、僕は気持ちが休まらないんだ」


 格好つけたつもりはないが、なんだか格好いいっぽいセリフで返事をする。

拷問されるから世界を救うために戦うだけなのに。


 目的の部屋の錠前を力任せにこじ開け、黒い塊を前に息を整える。

 小一時間は走りっぱなしだ。


 薄暗い部屋。

 通路の吹き抜けから、月夜が少しだけ明かりをもたらしている。

 台座に置かれた黒い正方形の大きな水晶はカナメたちの顔をうっすらと写すだけだ。それなりに広い部屋で、その中央にそれはある。


「多分もうすぐ。準備はいい?」


「ああ、覚悟はしたつもりだよ。……瞬きをしない魔法、あるかな?」


「そんなの、ないよ。洗濯ばさみでも挟んどいて」


 月夜の奇跡の兆候が表れるまで、固唾をのんで見守る。


(どうか、奇跡が起きますように)


 自然と神に祈ってしまって、この世界に来る前の光景を思い出す。


「神さま? 見たことも会ったことも、まして何かしてもらった記憶もないよー!」


 確かこんなような言葉を吐かれた記憶がある。

神さまがいなければ。

祈りはどこに届くのだろうか。

なんのために手を合わせるのか。


 目的の部屋へたどり着いた安堵感で、

少しボーっとしてしまったかもしれない。


 地下のはずなのに。

真っ黒な天窓から光が差してくる。

つー……、と。


 城の見張り台の西側にいくつかの星の光が降り注いで、

反射板から逆側の棟へ。

 斜め下に落ちた光の糸は城の中央、中庭の池の揺らめく水面に差し込む。

 池の底のガラス質をすり抜け、玉座の奥のステンドガラスを反射し、

収斂された細い光の糸は地下を目指す。


沢山の鏡を反射して、レンズのようなガラスを透過して、光は黒い水晶へ届く。

 この城はこの日のために、この光を水晶へ届かせるために設計されているようだった。


 暖かい光。

 少しずつ光の糸は、カーテンのように。

オーロラのように広がりながら。

 黒い水晶の無機質な封印を剥がす。


 水晶の中の古代ルーンで描かれたスクロールは、確実に見えているのに現実感のない、なんだか別世界をみているような。そんな感覚を覚えた。

 そして、そんな贅沢な時間はそう何秒も経っていないというのに、すぐに周囲は暗闇に覆われてしまった。



「書く」


「うん。お願い」


 ユーミに用意してもらった大きめの紙に、一心不乱、先ほどの奇跡を書き写す。


 どうも、例の絵を描いている時よりも酷い疲労感に襲われる。

それに、頭痛もだ。

 これはやばいのかも、と考えながらも十数秒。


「で、できた――」



――ぐしゃ!



 自身の背後と、自身の両手がうつる光景、その二カ所にとてつもない違和感を覚える。


 ひとつは、自身の背後。

いままで、何もいなかったはずなのに突如現れる、殺気。

急に自分の墓石が背後に建てられたようだ、そういう感覚、怖気。


 もうひとつは、自分の両手。

先ほどの奇跡にあてられて、一心不乱に書き上げた、スクロールが、ない。

 代わりに目に入って来たのは、

人の手ではない、モヤモヤした、しかし何となく五本の指を見て取れる、人間の骨のような、なんとも禍々しい握り拳だった。


 そして、その明らかに味方でも人間でもない手に握られた、決死の思いのスクロール。

 カナメにとって異世界何度目かの試練は、それはつらい戦いになることだろう。

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