第11話 作戦

 昨晩自己紹介が終わると、緊張と疲労感もあってすぐに眠りについた。

 追手が来ないよう、焚火は消して寝たが、足取りは掴まれていないだろうか。仮に大臣が魔族だとしても、それが露見しない内は王国の軍や兵士を動かすことはできるだろう。


「ところで、どうして大臣が魔族ってわかったんだ?」


 当然の疑問だ。聞くのが遅すぎたくらいだ。冤罪で人族の王国の要人に攻撃魔法をぶっ放したら、いよいよ魔族軍に入れてもらうしかこの世界で生きる術はないかもしれない。


「わからない。でもわかるんだよ。独特の匂いとか瘴気。そんなのが感じられるから」


(高度で強い魔術師にはわかる、とかそういう感じなんだろうか?)


 いずれにしても魔力がないことは確約しているカナメに確かめる術がない。


「ところで一度、お互いの戦力を確認しておかないか。大臣はうまいことスクロールでぶっ倒すとしても、手下だってきっといるんじゃないか? そもそも正体を暴くまで、王国軍兵士が当面敵になって道を阻むはずだ。戦わなくていいならそれに越したことはないけど、きっとそういうわけにもいかないだろ」


 彼女はややあって、はっ、と口元に手を当て、冷や汗をかいている。どうやら、大臣を倒すことだけで頭がいっぱいだったようだ。


「…………」

「まあ、突破方法は今から考えるとして、そうだ、瘴気って言ったっけ? それがあるなら聖女様だって気づいていたはずじゃないか? あの人はとんでもない魔法使いみたいだし」


「聖女様は、もともとは、‟魔女”だったから瘴気の匂いには意外と鼻が利かないのかも。それとも、数千年を生きているって言われる魔女……んーん、聖女様には特別なお考えがあったのかもね」


(聖女に魔女……か? このユーミって子はどのくらいのことを知ってるんだろう。それに何千歳? なんで生きてられるの? 口調がババ臭いとは思っていたけど、ずいぶんとご高齢だったんだな!)


「あ、でもユーミも魔術師だもんな。知識も相当なものだし。ファイアボール! とか、ウインドスラスト! アースウォール! なんて、いろいろな魔術を使えるんだろ? 魔族に利用されるくらいだし、魔力の量もかなりのものなんだな!」

「君は本当にすごいんだねぇ。魔術師が生涯ひた隠しにする魔術、その基礎魔法名称までも知っているなんて」


(前世の知識だ。適当に言ったけど当たるもんだな。意外と一番の武器は前世の知識なのか?)


 それに、この世界の魔術師は秘密主義者らしい。


「わたしの魔力は、確かに大きいみたい……。自分でも怖いくらい。でも、使えないんだよ」

「……ん?」

「魔術を使えないの。魔族の王さえも凌駕する魔力量――。なんて子供の時は言われていたけど。でもだめなんだ、魔術を使うとき、対象も、出力も、使う魔術の種類さえも、コントロールできないんだよ!」


(えええー、初戦から勝ち目薄くない? 運ゲーってこと? 対象も選べないって、いきなり攻撃魔法が僕に飛んでくるかも。ってことだろ? どうやって、スクロールゲットして大臣のところまでたどり着くんだ!)


「幸運が続いた、って昨日話してたでしょ? 幸運の一つはね、城から逃げようと思ったとき、やけくそで身体強化の術式を使ったの。そしたら、たまたまわたし自身に、ちょうどいい具合の、偶然にもちゃんと強化魔法がさく裂したことだよ!」


(ってことは、僕を抱えてあの速度で走り回って、城の窓から紐なしバンジーできたのは、全部偶然の産物、ってことか。なんで全部運ゲーでことを運ぶんだよ、僕の異世界転生は!)


 ちなみに、わずかな瞬間だけこの目に見ることができる古代ルーンのスクロール。そのタイミングはいつだというのか。


 (考えていてもしょうがない。素直に聞くまでだ)


「なあ。スクロールが一瞬だけ見えるタイミングって、いつなんだ? できれば一瞬で記憶して紙に写す、そういう練習もしておきたいんだけど」

「聖王星と槍座の恒星が重なる満月の夜。数千年に一度、あるかないかの月夜。――つまり、今夜だよ!」

「…………」

「それと、はい!」


 少女はにこにこしながら、一本の棒きれを手渡してくれた。


「すごいでしょ。世界樹の枝だよ! 昨日、たまたま手に入ったの……丸腰は危険だよ!」


(……これはもとから僕のだ)


 話をまとめると、いくつかの幸運が重なった、反撃にふさわしいのが今日という日らしい。


「スクロールを見ることができる運がいい月夜」

「うん!」

「一瞬で絵を書き写せる僕がたまたまいた」

「そう!」

「逃げたい時に、たまたま丁度いい魔法が自分にかかった」

「すごいよね!」


(本当かよ! でも、やるしかない。どっちにしろ魔族をどうにかできなければ、精霊王とかいうアホたれに拷問される。魔族によって!)


「やるしかない……やればできる」


 実際に口に出せば、言霊が宿る。そう信じて自分に言い聞かせながら、右手に持つ有難いという木の枝をみる。


(初期装備かよ……最初のボス戦でももっと強い武器持ってるだろ、普通)


 戦力の確認をした際の結果はこう。


カナメ……『木の枝』

ユーミ……『初歩魔術のスクロール、三枚』


 対象を睡眠に誘う術式。

 スイーツをおなか一杯食べられる夢が見られる術式。

 靴ひもがほどけたという恐怖観念にかられる術式。


 そして古代のスクロールを書き写すための大きめの紙。


(準備してもらってなんだが、使えそうなスクロールは一つだけ、あとはゴミ。いつ使うつもりで手に入れたんだ? 僕に至っては、まるで小学生の山遊びみたいな装備だ!)


 ほかの持ち物は傷薬が二、三回分だけ。


 それに加えて、正真正銘のワン・オフ――特別製のスクロールは複製をすると、元のスクロールの術式は受け継がれ、消失するらしい。

 書き写したあとに奪われたり、発動に失敗すれば終わり。


 満月の夜、城への侵入作戦を決行する。

 帰りの燃料は積んでいない。そして詰んでいる。カナメはそんな気分になっていた。


 こうして、城に巣食う魔族を打ち倒すため、転生者は昨日の今日で城に戻らなくてはならなくなった。

 犯罪者としてではなく、救世主として。

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