この世界の魔術師

第10話 ユーミ

ぱちぱち。


「…………」


ぱちぱち。


「………あ……」


 城の窓から手放した意識は幸運にもまたカナメのもとへと帰ってきてくれたようだ。

 辺りはすっかり暗くなっていて、焚火の薪が立てる音だけが静寂に水を差していた。

 霞む目を擦り、再度ゆっくりと目を開ければ、視界に入ってきたのは、木々が生い茂る、森。

その中でも少しだけ開けた四畳半ほどの平地にカナメは横になっていた。


「よかった、気が付いたんだね……」


 声のしたほうを見ると、歳は十六か十七歳くらい、だろうか。

肩くらいまでの髪、毛先が跳ねている少女だった。

 黒色のフード付きのローブに身を包み、優しそうにな目をしていて、心配そうにこちらを見ている。


「……っゆ、誘拐犯!」


 脇腹の衝撃を思い起こし、ざざっと、情けなくお尻で後ずさる。

その黒いローブは確かに、カナメの横っ腹に少なくない痛みを与えて城の窓から飛び降りた女が身に纏っていたものと同じだ。


「ご、ごめんなさい……あんまりにも幸運が重なって、その時しか逃げ出せなくって。今しかないって思ったんだよ」


(なんだ……? 幸運?)


 それだけでは拉致された脈絡は動機が分からず、そこまで悪い人間には見えない少女の話を続けて聞くことにする。


「わたしはね、2年くらい前から、お城の地下に閉じ込められていて、ある邪悪な魔力装置の動力源の役目をさせられていたの」


「お城……? 邪悪、だって? 王様はとっても立派な人なんだろ、町の人は口をそろえて言っていたぞ?」


「そう。王様は、ね……。だけど大臣は違うんだよ。彼は、きっと、人間ではないと、思う」


 確証はないが、自信はある。


とぎれとぎれの口調から、そんな感情が伝わってくるようだった。


「人間じゃないとすると、なんだってんだ!? 早速”魔族”の侵略と鉢合わせってか?」


 驚いた顔で少女はこちらを見る。

どうしてわかったの、そんな表情を浮かべていた。


「まさか……あなたも見抜いていたっていうの……?」


 口に手を当てて驚愕の表情を浮かべる少女。

慌てて、否定をする。


「いやいや、大臣に成りすますのは大抵敵のテンプレート的な戦略だろ、昔ながらの。この国でそんなことする目的っていえば、たとえば、あの大層ありがたいって言われる世界樹を枯らしてしまおうとか」


「……っ! 魔族の目的まで……っ!」


 どうやら初めての魔族との接触イベントは、すでにフラグが発生していたようだった。


「それで、なんだって僕みたいなのを拉致したのよ?  幸運だったっていうのはなんなんだ?」


「うん……ちゃんと説明してみる。わかりにくかったらごめんね」


「まず、あなたの協力を仰いだのは―――」


(いや、仰がれていない。パワープレイで拉致されて、巻き込まれただけだ)


「あなたがすんごい速さで上手に絵を描けるのを知ったんだよ。幸運なのは偶然それを知れたことが一つかなぁ」


(んんーん? 絵がうまいのを知っているってことは、僕の”18歳未満は戻るを押してくださいリターン・エイティーン”を見たのか!? 僕が書いたことを知ってるってこと……? まずい!)


 カナメは、少女に自分がいかがわしい何かを描いていたことを知られたと思い、疚しさと気まずさと心細さの勘定を抱く。


「あなた、町の広場で風景を上手に絵に描いていたでしょう! しかもほんの短い時間で! わたしね、捕まっていたけど夜にはお城の見張り台に上ることが許されるんだよ。魔力の補充のため、魔素は月の引力に引っ張られて、月に近いところにいるほうが効率がいいって、看守さんに嘘をついたから」


「あー、うん」


(意外と狡猾だな……。それに、たまたまお金に余裕があるときに描いた夜の酒場と風景、あの絵だったんだ。風に飛ばされちゃったから気にもしなかったけど、運がよかったな)


 ホッと胸を撫でおろしていると、少女が気にかけてくる。


「まだ痛む? ごめんね?」


「あ、痛みはもう大丈夫! これは別件だから……」


 急いで痛みはないことを伝える。


一瞬、訝しい表情になったがまだ説明は続く。


「それでね、風で飛ばされてきた絵を見て、あなたの協力があれば偽の大臣に勝てるかも、って思ったの」


「いやいやいや、勝てないだろ! 絵じゃん!」


「あ、それはね、順番に話すと、お城の地下の一室には、王朝が築かれたばかりの時代、古代のスクロールがあって。――スクロールは知っている? ルーンに魔力を封じ込めて、術式を発生させる簡易的な儀式のこと。術式が発動するとスクロールは、灰になる。地下室にあるスクロールは光の術式と言われていてね、くらいが高い魔族を打ち倒せるほどらしいって知っていたから」


「あ、町に来るときにスクロールで飛ばしてもらったような気がするな。うんうん、なるほどね。それで、なんで僕?」


「すごいね、転移のスクロールは普通はお目にかかれないよ? あ、それでね? お城のスクロールは厳重に封印、光を透過しない黒い水晶に覆われていて、普段は見ることができない。水晶を割ろうとすると封印されたスクロールも粉々になってしまう。だけど、ある条件を満たした日だけ、ほんの一瞬だけ水晶が透けて見える日があるんだって!」


「へええ、なるほどね。あ、もしかして僕の協力って、その特別な条件の時にお城に忍び込んで、一瞬のうちに文字を記憶して、とても素早く描き、大臣にぶち込むってこと……?」


 少女はどうも、カナメの”18歳未満は戻るを押してくださいリターン・エイティーン”の力を応用して、スクロールを複製してほしい、という期待を持っているようだ。


「すごい! すこし話しただけでここまで理解できるなんて! 頭がいいんだねえ。でも安心して? スクロールの発動はわたしがやるから!」


「ん? 僕がそのままぶっ放してもいいぞ?」


 カナメは、魔術というものを使ってみたいと思い、提案をする。


「ううん……発動に必要な魔力量が足りなければ詠唱者の生命力を代替に、それでも足りなければ、周囲の人間から補充される。現代に簡単な術式のスクロールしか残っていないのは、実はとても危険なものだから、なんだよ。あなたは魔力があるように見えないけど。珍しいねえ?」


(魔力のない僕が読んでしまうと、命を燃料に発動、途中で僕が死んじゃうと周りの人の命を吸い取って、意地でも発動しちゃうってことね……。なんて物騒な)



「それで、魔族大臣はその黒い水晶にそんな兵器みたいなのが封印されていることは知っているのか? ん…? そんな重要な。国家機密みたいなことまで、どうして君は知っているんだい?」


「大臣はまだ、気づいていない、と思う。魔族にとっては驚異的な武器のはずだし。気づいていれば国外に運び出すと思うな。兵も知らないし、城のえらいひとでさえただの骨董品としか思っていないはずだよ。わたしが知っている理由は。それは……、その……」


 どうも言いにくそうにしている。少女は何か隠し事があるようだ。


「まあ、言いにくければ別にいいよ。絵ばっかり描いていたけど、そろそろ世界を救う本業も少しは始めないと」


 ――魔族に拷問される。 


「世界を、救う……!」


 少女は口元を抑え、驚きを隠せないでいる。


「あなたは……だれ。先代聖王様の、生まれ変わり……?」


 そんなわけあるか!と心のなかで突っ込みながら自己紹介をする。


「僕はカナメだ。変な女の間違いと失敗でこの世界に生まれた、ただのアーティストだよ」


「わたしは、ユーミ。魔術師だよ」

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