第9話 拉致

「罪人を連れてまいりました!」


 軍隊独特の凛々しい声質。

 大きくはっきりと、転生してすぐの終わりが近づいたことを告げる。


「ふむ……」


 顔を見れない。目を見ないように様子を伺うと、何と聖女様は玉座に鎮座し、スリットからはだけた足を組んでいる。

 一国の王の椅子に腰かけることが許されているということは、とんでもない地位があるということだろう。大臣らしい偉そうな男も機嫌は悪そうだが、何も文句は言わない。


 以前に会った時と同じ黒ずくめの衣装だが、やはり美貌は健在のようだ。どうやらカナメの短剣と世界樹の枝を弄び、興味深く観察している。


「おい、裸」


 どこか懐かしいトーンと抑揚で。

 以前の呼び方と一緒だ。不思議と、怒気をはらんでいるようには感じられないが、あまりの恐怖によって頭がマヒしたのだろうか。


「は、ハイィ!」


 返事は元気よく。


「貴様、この城にし―――」


 聖女様が話し始めた途端。


 尋常ではない爆発音が響いた。

 粉塵が舞いガラガラと壁が崩れる音がしているが、爆発の原因――或いは犯人の姿は見当たらない。

 複数いる兵は皆が皆、慎重にあたりを索敵しているが、目標を発見することができていない。


 そんな中、表情は変えず聖女様だけが一点を見つめている。カナメの背後、すぐ後ろ。不思議に思った瞬間――。


 何者かに脇腹をぶん殴られ、

 カナメの体は、虚空に舞……わない!


 強烈な鈍痛を覚えたが、それは何者かがカナメをかっ攫う動作の副産物にしか過ぎなかったらしい。

 次々と切りかかってくる衛兵の剣戟。


(僕に当たったらどうするつもりだ! あ、犯罪者だから別に構わないのか……)


 切っ先をひとしきり躱しきって、謁見の間の中央、やや後ろ手に着地する。

 脱いだ上着をかかえるような体勢で小脇に抱えられて、痛みでよだれを垂らしながら犯人の顔を見る。

 これまた黒いローブに身を包んで、目深にフードをかぶっている。


 犯人は、女だ。


 フードの端からくせ毛かかった髪の毛がはみ出しているが、聖女様ほどは長くない。

 ひもじい食生活でやつれているとはいえ、男一人を片手で持ち抱えているということは、よほどの怪力なのだろうか。


 カナメを横手に抱えた後は真正面から聖女様と対峙し、睨みあっている。


(だいぶ息を切らせて、疲れている……。いや、焦っているのか?)


 聖女様は心なしか、口角が上がっているようにも見える。

 数秒時間が流れて、下のフロアから怒声が聞こえてくる。


「動力が逃げたぞ!」「今は聖女様が滞在しているのだぞ! 早く捕らえろ!」と、大体そんなようなことを声を張り上げて叫んでいた。


(動力? 逃げる……?)


「――おい、女」


 聖女様の一言を皮切りに、犯罪者を抱えながら女は再び走り出す。


(速い……っ!)


 カナメの脳みそは速度とかかる荷重にまだついていけていない。


「窓だ! 飛び降りる気だ!」


 衛兵が叫ぶと、確かに女は窓のほうへ一目散に走った。

 もう少しで窓、というところで聖女様も逃がすつもりはないと言わんばかりに、女にカナメが所持していた世界樹の枝を投げつける。

 魔術を用いたのか、実際には投げる動作はとらず人差し指を少し動かすと枝が浮き上がり、手首のスナップのみで射出した。


 ―――直撃。


 しないぎりぎりのところで、女はパシっと枝を掴みとり、窓から飛び降りた。


 ここは城の最上階。

 地面までの距離を目測してカナメは、意識を手放した。

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