第8話 牢獄
それから幾日後。
カナメは小金持ちになっていた。
あるルートで“春画”を売り、それは闇の世界では高値がついた。
能力を使うと強烈な疲労感に襲われるため、日に何枚もはクラフトできないが、それでも力を振り絞り、ここまでの地位を得たのだ。
「カナメさん、今日は遠方の町の行商が仕入れたいといって、挨拶に来ています」
「ああ」
すっかり偉そうに、最初に絵を買ってくれたおじさんを小間使いのように扱い、今日の商談場所に移動する。
おそらく、十枚も購入してもらえればこの街の中流層の月の給金は超えるだろう。
バチが当たるだろうか。いや、この世界には神はいないらしいとは精霊の王なる者の言。
「ここです」
「ああ……」
貧民街の奥、入念に背後を確認しながらぼろぼろの倉庫に入る。埃にまみれ床は軋んでいて、明かりは最低限にしている。
慎重に今日の商談相手を見ると、あまりこの辺りでは目にすることの少ないオリエンタルな雰囲気を醸し出す、独特な服装の男だった。
「商談相手はあなたですか?」
「そうです、バルダバの町から来ました。このアイテムの噂を聞いた豪族が、是非にと」
「そうですか。しかし安くはない代物ですよ? この絵は、僕の魂、そのものなのですから」
「わ、わかっています。私も商人の端くれ。これだけの金を用意しています!」
商人がテーブルに布袋の中身を乱雑にぶちまける。
余り場数を踏んでいるようには見えない若い商人は興奮しているようだ。
金色のコインがテーブルの上で踊る。
「ひい、ふう……。十分だ。悪くない。この絵を評価してくれて僕も嬉しいですよ」
まるっきり悪役のような口調で、提示された金額への合意を示し、絵を風呂敷に包んで渡す。
商人は嬉しそうにお辞儀をし、商談場所の倉庫を後にした。側近のおじさんへ金貨の回収を指示し、明日の仕事に触るからと先に帰らせ、物思いにふける。
(この商売はおそらく、禁忌に触れる。儲かるからと言って癖になってはまずい。 大変なことになる前に、とんずらしなければ――――)
少しばかり遅かったのかもしれない。
倉庫のドアが勢いよくすっ飛び、騎士のような屈強な男たちが次々と中に入ってくる。
「グラシエル王国騎士団、治安維持分隊である! 偉大なる黒の聖女様の春画、その製造と流通の疑いで、貴様をとらえる!」
騎士達のリーダー格のような男がこちらを剣先で示し、カナメはもみくちゃにされながら、連行されていった。
* * *
お城に連れていかれて数日。
牢屋の中で冷たい地面の上で暇をつぶし、野菜の根っこの苦いスープと、幾何かの麦に似たものを一日に二回だけ食わされ、すっかりと精気はなくなっていた。
短剣と木の枝は取り上げられ、カナメは世界を救う――戦う術をすっかり失ってしまっていた。
鉄格子によって世界と隔絶されたカナメは、今日も熱心に床に落ちている砂粒の数を数えている。
丁度七千粒を数えたところで、看守が乱暴に鉄格子を蹴って音を出す。
「今日が審判だ、貴様の命運が決まる。さっさと出ろ、急げ!」
両手首を頑丈な縄で縛られて、城の廊下を歩かされる。
「ね、ねえ、ダンナァ、こちらは謁見の間のようですが、あっしの審判はこんなところで行われるんですかい……?」
すっかり卑屈になり、イメージの罪人口調そのままでカナメは前を歩く兵に尋ねる。
「本件は特別である……! 大臣は処刑を命じられたが、黒の聖女様が偶然にも城に立ち寄られたため、直々に貴様を裁かれるとのことだ!」
頭の中が真っ白になった。
(本人にバレた、だと……? まずい、あの黒い球体の魔法でこんがり焼かれ死ぬっ!)
通り雨に打たれたように全身を冷や汗が濡らして、脈拍はその速度を上げる。
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