第7話 覚醒

 糖分を摂取していない脳みそは回転率が激落ちし、思考回路はショート寸前。

 奴隷の服を縛って作った鞄に入っているのは、


‟食べ物のにおいがする木の皿の破片”

‟小指の先ほどの炭の棒”

‟小石”

‟極限時のための雑草”


 どれもゴミ箱やその辺で集めたもの。それと、とってもいい武器。これだけだ。


 極限時のための雑草をみ、呆けた表情をして座っていると風に吹かれて一枚の紙がすねのあたりに張り付いてきた。

 紙はこの世界ではまだ高級品らしい。大量に生産する技術さえ生み出されてしていないようで、初日に町を見回ったときに見かけたが粗悪な質の紙が十枚で、一度の食事の勘定分と同等だった。


 “この紙を売れば、少しの食べ物は手に入れられるかもしれない”。ひもじい思考を巡らせていると、両手がじんわりと熱を持っているのを感じた。


 何かが、自分の体の中で脈動している。脳裏にいつかの言葉がよぎっていく。


“――本当は、知能・知識。カリスマ、運動能力、そういった才覚を持った人を転生させようとしていたの。転生後は、転生前の能力から覚醒させるものだし、次の世界はまだ、化学や哲学は発展途上だからね。前世の知識は大きな武器よ――”


――転生前の能力から、覚醒――


 カナメはじっくりと、精霊王の言葉を反芻する。


(やるしかない……いや、なぜかわからないが、わかる。今ならやれる! 自分には何らかの能力がある。自分の両の手が知らせてくれる。心臓の鼓動がうるさい……集中しろ……)


「……すー……」


 大きく息を吸い込み、脳に電気が走ったような感覚、その一瞬後。


「うあぁ、っぐがあっ!!」


 心臓が大きく鼓動を打ったその時。

 彼の頭の中には、今まで前世では感じたことがないような、確かな感覚があった。


「ああ、あ、今なら、“理解わか”る……僕に与えられた能力……その使い方がっ!」


 頭痛をこらえ、額に左手を添え、震える右手を見つめる。


 ――かくして、転生者は覚醒したのだ。


 世界を救う使命を帯びながらも、容赦なく転生者へと牙をむくこの世界で。極限状態にあったカナメは、見事その能力を開花させた。たった一筋、彼に差す光明。これで抗うのだ、ここから、始まるのだ、戦いが。


 ――スキル。


 左手にある粗悪な紙に、鞄の中の炭を使い、一つのアイテムをクラフトした。

 記憶の中で、今もあの匂いを風が運んでくれる。


「――でき、た……」


 ――“聖女様の、いやらしい絵”。


 これは渾身の出来だと、自分でも理解できた。芸術の発達していないこの世界で、まるで写真のように精巧で性的なワン・オフ。


 カナメはこの能力に、“18歳未満は戻るをリターン・押してくださいエイティーン”と名付けた。


「――っく」


 強力な力を初めて使用した反動で、体の力が抜けていく。

 興奮のあまり、いつの間にか立ち上がり、こぶしを突き上げ勝利のポーズをとっていたのだが、膝から崩れ落ちてしまうと、どうやらその様子を見ていた酔っ払いのおじさんが駆け寄ってきた。


「大丈夫か、あんちゃん……!」


 そうしてカナメが手に持っているワン・オフを目にすると、ひどく動転してしまったようだ。


「ふえええっ! こ、こいつぁ! なんてことだ、こんな、これほどの……ッ!」


 頬を桃色に染めたおじさんはカナメに語り掛けてくる。


「こ、これは! あんたギフテッドか!? いや、そんなことは今はどうでもいい……こいつぁ、間違いねえ! 若いころに城の式典で見かけたことがある『黒の聖女様』だ! そうなんだろ?」


 能力の限界を超え、覚醒したばかりのカナメは息を切らせて、答える。


「そうだ……それが聖女様だし、それこそが、聖女様だ! そのアイテムは今はこの世界に、その一枚しかない究極の一枚だっ!」

「か、買おう。いや、売ってくれ! いくらだ、今日は給金が入った……向こうしばらく酒と煙草を我慢すりゃあ、ある程度の金は払えるぜ……ッ!」


 雑草で胃が活性化したのか、もっと寄こせとタイミングよく腹の虫が鳴り、おじさんにはそれが金額交渉に聞こえたようだ。


「わかった、飯を奢ろう。飯屋に行って金額について交渉しよう!」


 能力の覚醒。

 実際には上手に絵を描けるだけの能力だが、極限から脱するため、転生者は強力なアイテム“思い出春画メモリアル・ピンク”を創造したのだった。

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