第6話 空腹
脳天唐竹割をしてきた枝を拾い上げ、どこぞにぶん投げようとすると、店主だけでなく通行人が拍手喝采を浴びせてくる。
「すごい、世界樹の枝だ!」「幸運な兄ちゃんがいたもんだ!」「いーなー、おいらもほしいなー」
なんて具合に。「ただの木の枝だぞ」などと思っていると、先ほどの店主がにこにことしながら説明をしてくれる。
「本っ当に運がいいんだね、あんた! 世界樹によっぽど気に入られないと枝なんて手に入らないよ。それに、手ごろな大きさで加工もいらず、すぐ武器として使えるじゃない!」
「そんなにいいものなんですか? ただの枝にしか見えないけど」
「ええ! 聖なる魔力を宿していて、魔除けにもなる。少しだけど身体強化もされるし、死霊系のモンスターにも物理ダメージを与えられるって伝承もあるわ! この街に来る冒険者は常に上を向いて落ちてくるのを待って過ごす、って言われるくらいよ!」
(うええ、本当に死霊なんてのもいるのか、怖いなあ。まあとにかく、なんだか何もしていないのに短剣といい、世界樹の枝といい貴重な武具が手に入ったな。いやそもそも幸運だったらこんな所に来る必要もないんだけど)
独り言ちながら、服屋の店主に白のシャツと橙色のズボンの代金を払い、次の目的地を決める。
世界地図などがあるとすごく便利だが、どうやらとても高価なものらしい。安い服と遅めの朝食代で、聖女様からのお小遣いは使い切った。
それでも幸運にあやかる、とかで店主が負けてくれなかったら今も奴隷の服だ。
少し街中を観察してみる。
地形的に南西は崖になっていて、防壁としての役割を担っている。
北側には世界樹があり、モンスターの襲来や他国の侵略などを阻んでくれたという話だ。
人族より長くこの地に根を張っているらしく、木の樹齢を知っているものは誰もいないのだとか。
そして、町の隣に構える立派な城が、グラシエル城。
城のすぐ前には噴水が映える広場もある。
グラシエル王は武力を好まず、民の信頼は厚いが晩年床に伏してしまい妃様は看病につききり、まだ若い王子と王女は他国に留学をしていて、代わりに政をしている大臣はあまり評判がよくない。
数年前から、王女の一人が魔素にあてられ正気を失い、謀反を企てたといって幽閉しているともいう。
奴隷を街で見かけるようになったのもこの頃からだそうだ。貧民街もあるらしく、全部が全部治安が良いわけではないらしい。
ウキウキと心を弾ませながら城を見学に行く。しかしずっと観光気分でもいられない。お金を稼ぐことも考えなければ飢えて路頭に迷う。
武器類を売って稼ぐこともできるが、戦闘などできない自分にとって貴重で強力な武器は命綱となるだろう。尤も戦う力などは持ち合わせていないのだが。
城前まで行くとガラの悪い門番に軽くあしらわれた。
「駄目だ。今は昔のように、一般人が城に入るようなことは許されていない」
城には入れなかった。
(それに、どうしよう……食べるものと、泊る宿。モンスターを倒して魔石を得るなんてとてもじゃないが無理だし、商売を始めるにも元手もない)
観光に失敗してよたよた歩いていると、夜になった。
日が落ちて数時間は町も少しだけにぎやかになるらしい。
畑から帰った農夫や、工場を切り上げてきた職人なんかが、酒場に集う。
そんな人たちがひとしきり楽しんでから家に帰れば、町は静寂に包まれる。
現代のように休みなくものを売る店や、環境汚染をしながら騒音をまき散らす、便利な乗り物もない。
異世界に来て初めての夜。
カナメは木の枝と短剣を抱いて、町の広場で眠りにつく。
夢の中で、彼は精霊王を殴っていた――
* * *
翌朝。
意外とすっきりと目覚めたカナメは町の工場を訪れていた。
「何とか働かせてください! 手先は器用なほうです。何でもします!」
「うちは人手は足りてるし、最近は景気が悪くてな、税金も上がっちまって。職人もなけなしの給金で、安酒を煽って鬱憤を晴らしてんだ。悪ぃが、よそに行ってくれ」
「うちは無理だね。家族を食わすので精いっぱいだ」
「よそを当たってくれ、貧民街に引っ越す一歩手前だよ、うちは」
何件も当たったがやはり結果は振るわなかった。
口々に景気や税金の話などをしているが、魔族の侵略に備えた防衛費、武器の購入費用などの名目で、税の徴収が厳しいそうだ。
それでも何とか町が回っているのは、世界樹目当ての冒険者とかいう命知らずの戦闘狂が多少はお金を落とすかららしい。服屋の店主が代金を負けてくれたのはよっぽど奇跡だったようだ。
一週間ほど食事をとっておらず、カナメはほうぼうの体で広場に腰を下ろした。
(世界を救おう、って人間が、食べるものも寝る場所もない。みじめすぎる……)
今宵も腹の虫が泣くのを聞きながら、冷たい石の上で眠らなければいけないのだろうか。
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