第212話 鏡
アルジエナ聖王国の北門。
人族と魔族、その両陣営が入り乱れる戦線の中において魔族側にとっていくつかの混乱があった。
一つは誤算。単身で魔族軍の中に切り込んだ異物、ランダリオだ。彼が作り出した空間を埋めようと――異物を排除しようとなだれ込んでくる魔物の大群を今なお切り刻む。
スパイゼルが視界を確保しようと虚空に閃光の魔術を炸裂させると、その一帯は魔物がその血肉を魔石に変える際に立ち上る紫煙によって紫の吹雪となっていた。
もう一つは執着。四聖騎士の四人の中で最も頭の固かったポーレルスが隊列から離脱、あれほど我が誇りとばかりに大事にしていた甲冑を投げ捨て執拗に自身を討たんと付け狙い、未だ振り切れずにいた。
作戦のうえでは確かに守りの要として聖王を守る役割のはずだった。
更にもう一つは油断。
魔術と弓、良くて
ダンカンは騎士を騙って人族の情報を集めていた際、
はじめ、魔物と人の斬り合いの隙間からそれは放たれた。すると並みの槍より離れた場所から標的に届くだけでなく、
それならばと複数体の魔物が弾丸の出どころへ押し寄せると次の弾丸は目的に着弾するなり高位――そう呼んで間違いない、確実に手練れの魔術師が放つそれと同等以上の爆炎が襲う。
大型のミゴ・ベアが力で制圧しようとしても無駄だった。今度は少年の傍らにいた人形が放った右腕がまさに巨体へと大穴を
弾丸は途切れなく火薬の
いつしか魔物はその音に委縮し、聖王の居る人族の陣営へと戦線を押し上げることができないでいた。
それどころか反対に、本来ならば鼓膜を響かせるその音は人間にとっては不快に感じるだろうに、その爆音に
それは人々を鼓舞する
「見ろ、ダンカン。我々人間は今、これほどまで『一つ』なのだ。負けようもない」
ポーレルスは今しがた二足歩行で歩く豚のような頭を体に乗せた武装した魔物にやられた味方の剣を拾いダンカンへ向け
「……本当にそうですか? そろそろいい加減ウンザリなんですよ、男に追いかけまわされるのもね――」
煌めく。
ダンカンの動きは少しずつ把握してきていたし、甲冑を捨てて機動力が向上したことも一役買っている。
しかし大ぶりに振り下ろした大剣は空を切った。
もともと想定していなかったのだ。ポーレルスは大型の魔物やらを相手にすることを前提に、或いは小型だろうがまとめて振り抜き、まとめて始末するためにこの乱暴な大剣を得物に選んでいた。
そうそうに振り回せるものではない。才能という者もいたし、凄まじい鍛錬の賜物だという者もいた。それが今は奇術でもって姿をくらましながらポーレルスを翻弄する裏切り者を仕留めるには不利となっている。
「――逃がすかッ」
「チッ……しつこいッ、んだよぉ! ――ボクは白き聖女様と新たな世界を作るんだッ、邪魔をするな!」
これまでダンカンと共にした時間はそれほど短くはない。
癖も知っていたつもりだし、急に現れて、急に姿を隠す様もよく見ていたものだ。
以前から女性とみると眼の色を変えてしまったものだが、今回ばかりはとんでもない女の
「何を――笑っているぅッ!」
ダンカンの攻撃魔術はそこまで多様ではない。来ることは知っていたし、それも見てきた。
二人の周りにはポーレルスが拾っては投げて地面に突きさした剣と甲冑が転がっている。
大事にしてきた甲冑だ。傷が付けば寝る間も惜しんで磨き、これまでも自分を守ってきてくれた。
スパイゼルなどはよく、ポーレルスが甲冑を無表情で磨くさまを見て『甲冑と結婚でもするつもりか』とからかったものだ。
「今だって『新しい世界』だ! 常に”今”が一番新しい世界なのだ! ダンカン、貴様は先の事ばかり見ていないで今を見ろ! 今を積み上げたものこそが未来――世界だ!」
難なくポーレルスの喉元を狙って飛来した鋭い鏡の破片を躱す。
既に魔力は少ないはずだ。何せこれほどの数の魔物の姿を隠していたのだ。
珍しくポーレルスは精彩を欠いた剣を振るい、もちろんそれは空を切る。陽動だからだ。
徐々に動きを捉えられるようになったのは、ダンカンが戦場にある反射する何かを利用し始めたのを見たからだ、いつもだったら自分の精霊術で鏡を用意して反射して移動していたことから、魔力が底を付きかけて新たな鏡が用意できないと踏んだ。
「――あばよ、ダンカン」
無造作に投げ捨てたわけではない。
ダンカンの癖や好みを予想して、逃げ道を作っただけだ。
「……ぐぅ」
軌道を読み、大剣を小ぶりに突き出した先に剣や甲冑の鏡面を経由したダンカンは現れた。
肺と心臓を貫かれたダンカンは何も言葉を発することは出来なかった。彼の体重が両腕で構えた大剣に全て預けられる。
「……こればかりは力だけで支えきれるものではないな。私も『騎士殺しの騎士』として生きることにしよう。あばよ、
剣を操りダンカンの
上空ではスパイゼルの閃光の魔術が
ポーレルス・ナビゲイドはこの聖戦の後、自分が老いて死ぬ最後の日まで『
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