第15話 肖像画

 王の間に到着したカナメは、

先日とは違う形でこの謁見の間に立っていた。


 玉座には、寝間着のようなシャツとズボンの上にとても豪奢なマントを羽織ったグラシエル王。

 その傍らには、今回は立っている聖女様。

 行儀悪く玉座の背もたれに肘をついて、寄りかかっている。


 玉座を挟んで反対側には国王よりいくらか若い、女王のような女性と、二十代くらいの男女、ユーミより幼く見える少女がいた。

 きっと王子と王女、だろう。

 その前に跪く、少年と少女。

その周りにはたっぷり取り巻きの衛兵もいる。


「楽にしてくれ、奇跡の少年よ。そしてユーミ」


 はっ、と顔を上げるとグラシエル王と目が合う。

優しそうな、親戚のおじいさんみたいだ。

 年齢は六十歳くらいだろうか。


 体格はいいが、七日前まで床に伏せていたというだけあって、体調は良くなさそうだ。


「少年よ、よくぞ魔族の策略を未然に防いでくれた。ありがとうよ、この通りだ」


 グラシエル王は玉座に腰かけたまま、頭を下げる。


「ユーミ、よくやった。誇らしいよ」


「っ! もったいなきお言葉です、国王陛下!」


ユーミは国王陛下と呼ぶ。とってつけたような呼び方に、カナメは違和感を覚えた。


「この度の沙汰、儂に任せてもらっても?」


「構いませんとも、聖女様」


「さて、カナメといったな? 裸の男。」


「はィィ!」


 裸だったのは理由があるのだが、それを発現する勇気はなく元気いっぱいに返事をする。


「貴様にはいくつか罪がかかっておる。いかがわしい絵画の製造・流通。城を守る門番への暴行。いと畏きグラシエル城への侵入、そして破壊行為じゃ」


「待ってください! それはわたしがっ――!」


 聖女様は止めに入るユーミを目で制す。

しかし、冷血さも、残忍さも、その目からは感じられず、それどころか優し気にユーミを見ていた」


「しかしながら、城に潜入し彼の世界樹を枯れ木にしようとする魔族を打ち滅ぼし、それどころか瘴気の毒にて病に伏した国王を救助さらしめ、軟禁される妃並びに王子、王女殿下達を救助された功績はまさに救国の奇跡!……先ほどの数々の罪もそれらの前では些事と言わざるを得ないじゃろう」


「よって、これらの罪は不問とし、勇者カナメには、このグラシエルの男爵の地位を与えよう!」


「ちょ、聖女様? 魔族は倒しましたが、王様たちの救出は……」


カナメは正直戸惑う。救出までした覚えはない。


(え、それに、貴族になるんですか、僕が?)


「名誉だけでは不服か? 今はまだ領地はやれんが。ならばこれをやろう、精霊の加護を受けた宝剣じゃ!」


 魔法でふわふわ浮いてきた短剣がカナメの両掌に収まる。


(――いや、これはもともと僕のだろ!)




***




 その夜、久々に豪勢な食事をご馳走になり、それこそ異世界にきて初めてのお風呂を堪能した。

 背中や肩やそれこそ体中に傷はあったが、世界樹の加護のためか不思議とそこまで染みずに、心地よい時間を楽しんだ。


 七日間も眠っていたというのに早くに客間で休ませてもらって翌日再度、王のもとへと案内される。


 王様は玉座に座って、左にお妃様。

右手に、王女、王子、王女、の順に並んでいる。

 今回は傭兵の姿は見られなかった。


赤絨毯の中央あたりで松葉杖の様なものを置き、膝をつく。


「ご、ごきげんうるわしゅうござります、こくおうへいか」


 なんとなくそれっぽい挨拶をしようと格好つけるが、全く様になっていないようで小さな王女様はクスクス笑っている。


「面を上げてくれないか、君はこの国と、家族を救ってくれた」


 どうもあの後聖女様と話したところでは、やはり彼女も大臣の異様には気付いていたようだが、確証がないため泳がせた。

 しかし、既にカナメもそれに気づいており、あえてチンケな罪で城に侵入し、チャンスを狙っていたのだと、非常に都合よく勘違いしていたようだ。


 カナメに手柄を譲り、公に罪の挽回をさせようと泳がせたが、

本当に魔族を討ち取るとは思っておらず、幽閉されていた妃たちを救出している間にことが終わっていた、と。


 お妃様達を軟禁していた牢の錠前は高度な魔術で施錠されており、

どうしたものかと考えていると、魔族の消滅と同時に消え去ったそうだ。


「サリア、彼に椅子を持ってきておくれ、足を怪我しておる」


「はい、父上!」


 サリアと呼ばれた小さな王女様が、カナメに椅子を持ってきてくれる。


「ありがとう、サリア様」


 にこにこしながら元の位置へ駆けていく。

 十歳かそこらだろうか。


「私からも御礼を言わせてください。申し遅れました、私はアズアード・グラシエル、本国の第一王子です」


 背丈もあり見てくれも申し分ない王子様が挨拶をしてくれる。

 男前で、優しそうだ。


「これは、エリアデル・グラシエル、我が妻だ」


 玉座の隣の女性を紹介すると、深々と礼をされる。


「エリステル・グラシエルでございます」


 長女とみられる王女様がパニエで膨らんだスカートをちょんとつまみ、高貴な挨拶をしてくれる。


「サリアです!」


 元気な挨拶がかわいらしいが、王族らしくないからか、エリステル様が、もー! という表情を向ける。

 女性陣も美しく気品に満ちていて優しそう、なによりとてもいい家族に見える。


「どれも自慢の家族じゃが、誰に似たのか優しすぎるきらいがあってな。そこを魔族に付け込まれたようじゃ、まっこと面目ない」


 王様は一呼吸おいて、昔話を始める。


「……十三、四年ほど前に、西南の諸島で魔族との小競り合いがあった。知っておるな?」


「は、ハィィ」


本当は知らないが、あとでいくらでも学べる。今回は返事だけしておくことにした。


「小競り合いといっても、何千人も死んだよ。各国選りすぐりの戦士や魔術師、敵国の魔族もな。私も魔術師の端くれだ、それに自慢ではないが治癒の魔術師は非常に稀有でな、戦地の前線近くまで駆り出されていた――尤も、今は体を壊してうまく使えんが」


 一国の主が戦地に赴かなければならない。

 非常事態ということ、治癒の力がとても戦場で尊いものだと、その言葉から理解できる。


「死闘の末、敵側が撤退を始めたが、こちらとて勝利を掴んだともいえん、死体の山、血の海。損害はいかほどか想像もできん。戦った目的もわからんようになって撤収を始めると、二歳か、三歳ほどの子供が兵士の死体に向かって治癒の魔術をかけておった。


信じられるか? なぜ、こんなところに子供が、なぜ魔術を、なぜ治癒の魔術を使える?それに、とんでもない魔力量を有しておる……不思議に思ったものだが、子供をこのような血生臭い戦地に置いておくのも気が引ける。そうして連れ帰ったのが、ユーミだ」


(ユーミは王女様だったのか、道理でお城に詳しいと思った)


「娘として育てたユーミは、王子、王女と同じように扱い、最初の頃は将来とてつもない魔術師になるだろうともてはやされたが、アズアード、エリステルを引き立てるように、いつも目立たぬよう過ごしていた。魔力量も他人に悟られずに内に秘める手法を編み出したようだ。


それどころか召使の静止も効かずに、洗濯や草むしり、皿洗い。 

サリアが生まれてからは乳母のようなことまでする始末。

上等な服を仕立てても気付けばいつの間にかあのような恰好をしておる。……画家を呼んで、家族の肖像を描かせようとすると、どこかに隠れて決して見つからんかった。まるで王族としての歴史に己が残らぬよう気を遣っているようにじゃ……」


 どうやらユーミには複雑な生い立ちがあったようだ。

それに、人の口に蓋はできない。自分が拾い子だということはどこからか知ってしまったようだった。

 王様の昔話は続いた。


「そのくせモンスターが襲来すれば、先陣を切って功績を立ててきよる。それも圧倒的な魔力を有しながら、武力でモンスターを倒すのだ。本当に不思議な子でな」


 王様は慈しむように、遠い目をする。


「のう、少年よ」


「はい」


「娘が。ユーミが、君と世界を旅したいと言ったら、一緒に連れて行ってくれるか……?」


「……本人次第では、ないでしょうか」


「……そうか」


 どこか煮え切らない返事をして王様は話を切り替える。


「のう、少年よ」


「はい」


「もう一つ、頼みがあってな」


「はい」


「私はもうすぐ天に召すじゃろう。このアズアードに後はまかせる」


「そんな、陛下!」


 声を上げるアズアードをゆっくり手で制して、続ける。


「私の肖像画を描いてほしいのだ。ユーミが言っておった、得意なのだろう? この子供たちは寂しがりでな、残った者たちに、私はいつでもそばにいると、そう感じられるようここへ飾りたい」


「……喜んで。それでは用紙を数枚と、絵の具を貸していただけますか」


「アズアード、頼めるか」


「はっ」


 別室を借り、本当は一瞬で描けるのだが、時間をかけて一生懸命に肖像を描いた。


 いなくなっても残された家族が寂しくならないように。

 匂いや空気や声までもその絵を見れば思い出せるように。


 ややあって完成した絵を王様に渡すと、たいそう気に入ってくれたようだ。


「もう少し男前だとは思うが、素晴らしい絵画だ。アズアード、この国で一番上等な額縁を仕立ててくれ」


「ははは、御意に」


 アズアード様も笑いながら答える。


「それから、これを」


 上機嫌な王様へ、もう一枚の絵画を手渡す。


 王様が座る玉座の横に、お妃様。

 王様の手に、その手を重ねる。


 凛々しく微笑むアズアード様。

 気品あふれる、エリステル様。

 元気いっぱいに笑うサリア様。


 それに、

見たことはないが、素敵なドレスを勝手に描き足した、はにかむユーミ王女。

 

 登場人物は皆、優しそうに笑う。

家族の肖像画だ。


 絵を見た瞬間、口を思いきり「へ」の字にした王様は、涙声で次期国王へ命じる。


「アズアード、この世界で一番上等な額縁を用意するのだ!」



 きっとこの絵はカナメにとっての最高傑作となった。

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