第14話 七日間
グラシエル城の、地下。
偽の大臣 『マウデ・ゥリド』と名乗っていた、死霊の魔族を何とか破ると、激戦の跡には、ミイラのように干からびた本物の大臣の亡骸があった。
(きっと、死霊に取りつかれ操られていたのだろうな……)
兵士に成りすましていた死霊の依り代となった骸骨が複数体分、瓦礫となった神聖で秘匿なはずの部屋に、魔術をうまく使えない少女と、術式の発動とともに灰になったため、衣服を失った裸の男が残っていた。
(あれー!? ルーンを描いたのはシャツだけのはず! なぜにズボンもパンツも消失する……っ!)
普通、手を合わせて勝利を祝ったり、飛び跳ねながら互いの生存を喜んだりする場面だが、少女は何とも言えない表情で目を泳がせている。
こちらを見ようとはしない。
「こっちだ!!」「オーガさえも退ける、ミスリル製の錠前が引きちぎられている!!油断するな!」
「二度と家族に会えないとしてもだ! 今この場でグラシエル王国を守るのだ!」
少しすると、愛国心でギチギチの衛兵たちがここに集まってくる。
先ほどの光の魔術で異常に気付いたのだろう。
この状況を理解してもらうことはできるだろうか。
「……心配ない、落ち着け」
何度も聞いた、この世界で初めての味方のような存在。一時は間接的に汚してしまった、聖女様の声が聞こえてきた。
霞んでいく視界。
聖女様の顔を見て安心してしまうと、兵士の”少女が裸の男に襲われているぞ”という声を聴きながらカナメはゆっくりと倒れ込む。
背中の傷と、折れた骨はとても我慢できないダメージを与えていた。
――倒れ際、一瞬目に入った聖女様は、確かにうっすら笑っていたように見えた。
***
気が付くと、あの真っ白な空間にいた。
満足そうに、にこにことこちらを見ている精霊王(笑)の顔を見た瞬間、自分の意識を、意地と根性だけで引き戻す。
「あ、ねえちょっと! まだ何もしゃべって――」
――がば!
急いで半身を起こすと、背中の傷が開いたようだ。
「イタ・あイィィィッ!」
自分で発したおかしなイントネーションの悲鳴で、死霊との激闘を思い起こす。
(一歩間違えば、死んでいた……いや、一歩間違えていなければ死んでいたんだ……)
あの時、スクロールの複製に成功していたら死んでいた。
偶然死ぬのではなく、病気で、ましてや寿命で死ぬのでもなく、何かに殺されて死ぬ。
それは途轍もない恐怖だった。
冷や汗を拭って、ふと足元の方を見ると、共に戦った少女がベッドに突っ伏して眠り込んでいる。
看病してくれていたのか。
それとも今来たばかりなのだろうか。
いや、どのくらい眠っていたのかわからないが、少女の顔は炎ですすけたまんま、大鎌で着られたローブもそのままに、足のケガは包帯を巻いただけ。
ここに運ばれてからずっとそこにいたように見えた。
「ほう。生き延びたのう」
声がしたほうを見ると、聖女様が優し気にこちらを見ている。
「聖女様……、僕はどのくらい眠っていたのでしょうか……?」
「七日じゃ」
「……っ!」
「その娘、貴様が死んでしまったらどうしようと言って二、三日は泣きじゃくっていたぞ。数人の傭兵が傷の手当をと引き剝がそうとするが人間離れの怪力で殴る蹴る、難義しておったわ」
そう言うとはっきり、聖女様は笑い声をあげる。
「しかし、面白いものを見せてもらったぞ? 先日までたった三匹のゴブリンに脅え、ハナと小便を垂らしていた小僧が、魔族の尖兵を打ち倒すとはな」
「いえ、それはユーミとお城のスクロールが――」
ふと、お城の大切で貴重な、古代のスクロールを消失させてしまったことを思い出す。
それでなくとも城の中で壁や床。天井まで壊してしまっているというのに。
いや、そもそもカナメは門番を棒で殴り倒して不法侵入している。
清潔なタオルケットを握りしめ、脂汗をだらだら流し己の処罰を心配する。
(あ。――そもそも犯罪者としてここに連行されてきたんだった。せっかく魔族を倒したってのに罪の上塗り、一体どうなってしまうんだろう……)
「そろそろ目を覚ますじゃろう。安心させてやれ」
「それから落ち着いたら、謁見の間へ来るがいい。場所はわかるな? 娘と一緒にこい」
一瞥すると聖女様は病室から出て行った。
数拍おいて、魔法の下手な少女が目を覚まし。
ぽかん、と口を開けてカナメの顔を見ていた。
「や、やあ。おかげさまで生きていた。 ――魔族を倒せたよ」
なんとも気の利かないセリフを言ってしまったな、などと考えていると、
大きな瞳からぽろっ、と涙をこぼした。かと思えば、少女の顔はスローモーションのように泣き顔に代わり、わーんわんわんと、子供のように大声をあげて泣き出す。
「ぶええー!」「私のせいっ」「あの時ー!」「びえー」「なんで逃げないぃー」
などと要領を得ないことを言いながら、少女は一生懸命泣いている。
しかしどの言葉からもどうやらカナメのことを想っていることが感じられて、なんだか嬉しくって、笑ってしまう。
「あっはっは、まあいいじゃないか、生きているよ、二人とも!」
「笑うなァー!」
言いながら、いつのまにかユーミも泣き笑いに変わっている。
背中の傷は死闘の痛みや怖さを思い出させるけど。
いいじゃないか、こうして生きているんだから。二人とも。
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