この世界の召喚術師

第73話 水の精霊ちゃん

「くっそぉぉぉぉ!」


 ――カナメはたまらず大声を上げる。


「大声出さないでよ!」


「落ち着いてください、カナメさん」


「落ち着くも何も! おまえらなんでこんなが平気なんだ!」


「それは恐らく……カナメさんのその、リュック」


 たしかに、この転生者はパーティーを組んでこの方、荷物持ちという役割を担っていた。

 傾斜が少しばかり急なことに加え、地底から地上まで一直線に貫通しているため、登るものの体力を根こそぎ奪っていく。

 カルブの豪快な破壊光線でもたらされたこの大穴は、進み始めてから少しも幅が変わらない。

それほどの、力の減衰が見られない大技は切り札にもなりえるといえる。


「ね、わたし持つよ?」


「まってくれ! それだけは! それだけはダメなんだ!」


 この転生者は、女の子に荷物を持たせたら何か大事なものを失ってしまう、そう考えていた。

 そのくらいの矜持は持っているはずだ。


「……お姫様抱っこはいいのに、ですか」


「こ、このぉー!」


「あ! 走ったら余計疲れるってばー」


「ソウデス」


 ぼそりとこぼしたラスターの発言に怒り、カナメが追いかけると身軽なラスターは笑いながら逃げていく。

 あはは、と笑いながらユーミも続くが、当然最初に体力が切れるのは、彼だ。


「ぜぇぜぇ……だめだ。休む」


「ほらぁ、走るから」


 階段の真ん中にドカッと腰を下ろしたカナメ。

 彼の背負うクソデカリュックから水筒を取り出しカナメに手渡してくれるのは、ユーミだ。

 礼を言って受け取りごぶごぶと水を飲んで一息ついていると。


『主よ……』


 蛇女との戦闘の折に”名付け”し覚醒した、光の精霊『ホーリィ』が話しかけてくる。


「どうしたんだ? ホーリィ」


『実は、主よ。私が名前を賜りますれば、それを見ておった奴が……』


「やつ?」



(          )


 左腕に装備した腕輪からまるで水滴の様な、おぼろげな精霊がふわふわと浮かんでくる。


「あっ! 水の精霊君……ちゃん。なのかな?」


『ええ、主よ。奴めが羨ましがって、やかましいのです。いかがです? ここはひとつ、こんな奴は追放してみては……』


「いやだめだろっ! 仲間だろうが! そっか、すっかり忘れてたけど、水の精霊君にも名前を付けてあげれば、僕ももうちょっと強くなれるかな?」


「そうしてあげなよっ! 砂漠の町では助けてくれたんだしっ」


「なるほど。光の精霊さんだけでもあれほど強力なのでしたら、旅の途中、精霊を集めて回るのも重要なのかもしれませんね」


 パーティーの面々は、水の精霊に名づけをして戦力を上げることに賛成のようだった。

 それに、ラスターの言う通り、精霊を集めればその分戦力が上がることだろう。どこにいるのかは分からないが。



『主よ、名もなき精霊ならまだしも、今の主の力ではもしかすると二体の顕現した精霊を同時に使役するのは難しいやもしれませぬ』


「えっ、そうなの?」


『……ええ、魔力があれば或いは。それと精霊王の加護がそろえば複数の使役ができる可能性はありますが……』


「でも一体でも十分強力だったじゃないか? それとも、この先はそれほど厳しい戦いになるっていうのか……?」


 ごくり喉を鳴らすカナメ。しかし。


『いえ、主よ。私の出番がすくな――』


 とりあえず、精霊王の加護。その能力でいったんホーリィをしまう。


「じゃあ、水の精霊君。君は、君の名前は……『シズク』だ」


(          )


 嬉しがっているのか、どういう感情かは分からないが、見た目があらわす通りシズクと名付けた水滴はクルクル回って、そして――。


 洞窟の中の空気が湿気を帯び、じめじめとし始める。

 この世界の季節の事は分からないが、今まで初夏のようにカラっとした温度だったが、一気に不快指数が増した。


 ――精霊は人の頭ほどの水球に包まれて、やがて実態を現した。



『あぁ~、主様ぁ~、ありがとうございますぅ~』



 やはり、顔立ちはウィシュナに似ているが、服装は和装の様なものを着崩して纏っていた。

 紺色の髪は少しうねりがあり、つやつやでウルウル。


 そして下半身は魚だ。


 ――小さな人魚の様な精霊が、少しだけ具現化した水に波乗りのように体を預けながら、カナメに話しかけていた。

 額を押さえて頭痛に耐えながら答える。


「ああ、『シズク』 よろしくな? 君は、どんな力があるんだい?」


『わかりません、主様ぁ~。 たぶん、水を使って何かしらができるんだと思いますけどぉ~』


「……だろうな」


 その程度は軽く予想していたカナメは思わず辛辣な言葉投げかける。


『ひどいですぅ! 主様ぁ~ん』


 なぜか少し冷たくすると頬を赤らめて、恍惚とする。


「これまた、可愛らしいですね……?」


 眼鏡の縁を抑えながらラスターがその際どい趣味をのぞかせる。


『あ、あんまり見ないでくださいまし~! あ……あぁ~ん』


 変態を覗くとき、変態もまた、変態を覗いているのだ。


 一瞬だけ考えた後、カナメは仕える精霊をホーリィに切り替える。


『あ、待って~――』


『――主よ。いかがでしょう? してみては』


「後で少し考えてみるよ……」


「可哀そうっ!」


 パーティーの殴りWIZが可哀そうというが、本当に追放するつもりは毛頭ない。

 ただ、疲れている時に、疲れるノリが、疲れるだけだ。


 水筒の水をさらに少し飲み、洞窟を進んで行く。

 登り始めた際はかなり小さく見えていた光――。


 地上の光はもう目と鼻の先だ。


「久しぶりの”地上”ですねえ」


「そうだねえ、おひさまがあったかいね」


「ようし、準備はいいな?」


 カナメを先頭にして、一行は久方ぶりの大地に踏み出す――。



 ――はずが。



「ひぃぃっ!」


 頭だけ出したカナメの目前に、手斧ハチェットが突き刺さる。


 周囲を見れば、これまた野蛮そうな、屈強そうな。

 こちらを敵視していそうな十数人の連中が、出口の周囲を取り囲んでいた。

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