第159話 道中

 心が幼い少女に戻ってしまったとしても、体はすでに十数年を経て成長した女性。ミリアムを抱きかかえながら歩くのは同姓で力もあるユーミに任せた。

 各々が何とも言えない表情をしながらも、トキハルのくすねてきた防寒性の高い衣類を纏い、今度こそ聖王の待つアルジエナへと向けて歩を進める。


 その道中――。


「いい加減に話してくれないかしら。“継承者”のこと」


 一行の中ごろをミリアムを抱くユーミとルピナ、カナメ、スパイゼル。そして先頭を「酒飲んで炙った魚でも食ってりゃあ治っちまわぁ」と言って怪我など物ともせずに草履を鳴らして進んでゆくトキハル。そしてカルブ。最後尾を仏頂面でランダリオが歩く。


 この隊列は完璧ではないにしろ必要十分だ。

 何しろ、後方から現れる魔物にはランダリオが涼しい顔で対応し、現れることがあらかじめわかっていたかのように瞬く間に魔物を一刀のもと斬り伏せるトキハルと、彼が自由に使える手が一本きりの手で酒を煽っている間のみカルブが遠距離攻撃で魔物を屠る。

 そして、上空の飛行型――翼を持った者やそうでなくとも浮遊して襲い掛かる魔物――には、スパイゼルの魔術が襲い掛かった。

 魔石を嬉しそうに拾い集めるのはカナメとカルブ。その中のいくつかはそのままカルブに食わせた。


「聖王だ」


 スパイゼルは一言だけ、そう答えた。


「聖王様?」


 それだけでは分からないといった顔でスパイゼルの顔を覗き込んだのはカナメ。物分かりが悪い彼に苛立つこともせずに彼は言葉を紡いだ。


「継承……継ぐというのはすなわち、聖王。人物としてではなく、『聖王』という役割」

「継承者はミリアム……で合ってるよな? つまり、ミリアムが聖王になるってこと?」

「そうだ。今上の聖王様はお妃がお隠れになる時、彼女の姿を文字通り隠して、身ごもっていた子が生まれると、人知れず信頼できる人物に託した。それがロズ家だ」

「ミリアムは冒険者をしてて、結構……下手すりゃ命を落とすような危ないこともしてたってのに、ほったらかしだったじゃないか」


 カナメが言ったのは、ゴブリンの王。その討伐の際だ。彼女もまた徒党を組んで作戦に参加し結果、仲間の全てを失った。

 初めて出会った頃はとても華のある人物に見えたが、その事件の収束後には表情に確かに陰りが差し込んだ。そしてそれを含めて非常に美しい人物だと思ったものだ。


「ほったらかしとは言ってくれる。なにせ、ロズ家の当主とその妻、聖王様しかその事実を知らなんだ。それがどういう訳か魔族に知られたのだ」

「それが……あの七本腕と竜の翼の女の子、か」


 ぽつりと零したカナメの一言で、あわや失念するところだったスパイゼルの疑問は再燃した。


「あなた方はどうして、その強大な力を持つ魔族たちから逃げおおせたのだ?」

「……逃げては、いないんだ」

「…………?」


 魔族が継承者を探してヘイリッテの町を滅ぼした。

 町があれほどの惨状だというのに、生き残りがいるという事に違和感を感じていたスパイゼルは、正直にいえばカナメたちを疑っていた。加担したのではないかと。或いは、洗脳。


「倒したんだ、多分」

「――は?」


 魔族の打倒は悲願。それは聖王直属の騎士として。魔術師として。人に属する種族として。

 しかし一夜にして一つの町に息づく同胞を滅ぼしてしまえるほどの強大な力と相対したことはない。十数年前、大きな魔族軍との戦いを経験したスパイゼルでさえ。後ろを行くランダリオも同じこと。


「あそこで、魔石を拾って食ってるのが見えるか? あれがカルブ。あいつはああやって魔石を食って動くんだ。んで、ある時だけえげつない破壊力のある攻撃ができる」

「あの人形がやったというのか……危険はないのか?」

「ああ、別に悪い奴じゃないさ。おーい、カルブ。ちょっとこっち来いよ」


 カナメが彼を呼ぶと、拾った魔石を口に放り込んだ後、カチャカチャと金属が打ち鳴らされる音を出しながら話し込むカナメとスパイゼルのもとに駆け寄ってきた。


「カルブ。この爺さんはスパイゼル爺さんだ」

「ハロー …パイゼル」

「……気にはなっていたのだが、これは一体何なんだ? 金属でできているようだが――新しい金属と混ざって……あり得ん、これはもしや、【古代エフテリカ王朝】時代の失われた金属か?」


 驚いた顔ならばまだ許容範囲だ。しかし、スパイゼルの顔はその範疇を超え口元は引きつり、目を嘘のようにひん剥いてこの寒空だというのに冷や汗を流した。

 冷静そうに見えた彼の顔がひしゃげるのを見てカナメが引くほどだ。


「エビラフテー王朝? なんだそりゃ」

「……エフテリカ王朝だ。禁忌の魔術を探求する折、様々な文献にその名を見た。……しかしその全容は明らかになることはなかった――もう数千年前に滅びた王朝という話だ。嘘か誠か、神々の世界が戦争によって滅び、初めて人類から王が現れた。それがエフテリカ王だという」

「僕は脳がちっぽけだから難しい話は苦手なんだけど、それに、禁忌なのに研究していいのかよ」


 迷っているようだ。その老人も僅かな逡巡を見せた。察するに話をしていいのかを迷っている。


「それが人々のためならば――まあ禁忌というのは俗説。追い求めるだけ魔術師の貴重な時間を失っていくため無駄、推奨されていないというだけの話だ。事実、私も様々な禁忌魔術はどれだけ追い求めても尻尾を掴むことはできなかった。転移の術式、反魂の術式、時間逆行の術式……どれも解明できれば人類の繁栄は約束されるだろう」


「――――!」

「どうかしたか? そうそう、この金属。なにか文献で見たような記憶があるのだ。確かに――」


 スパイゼルの言葉はカナメの耳には入ってこなかった。確かに彼の言う禁忌の魔術はどれも魔術師でなくともよだれが出るほど魅力的に違いない。

 その一つを経験しているのだ。

 いや――もしかすると二つ、或いは三つとも全てかもしれない。


 黒の聖女アヴァリーザがカナメに施したスクロールは何だっただろうか。

 転移の術式だ。


 精霊王がカナメをこの世界に。精霊王の力を三千年分、と言っていたか――それほどの力を使用して一人の人間。間違ってしまったとしてもその魂を呼び戻す事には成功している。

 現に、カナメはこの世界に転生したのだ。


 時間の逆行? トキハルはどうした? 聞いた話によれば、過去に戻って鬼を――。

 カナメの記憶では、トキハルの荒屋にあった刀はすっかり錆付いていた。しかし、賢者の石を握りしめた彼が再び鬼に相まみえた際の刀は見違えるようだった。

 自分の記憶違いなのだろうかとカナメは考えたが、答えはでない。


 賢者の石は、探せば手に入れられるようなものでは到底ない。何しろギルドマスターでさえ正体を、その手掛かりも掴めずにいたのだ。

 それをあっさりと言い当てたのは、聖女様。それに、賢者の石がどういったものかについても知っている風な口調だった。


 そもそも――。

 絵本に描かれるところの、神が産み落としたという、七つ。

 聖女、魔女。一対の竜。

 人の、魔族の王。そして魔物を統べる者。

 賢者の石。


 掴みかける度に新たな疑問が立ちふさがるが、“黒の聖女様は何かを知っている”。これだけは確実だと思えた。


 どこで何をしているのだろうか。

 彼女にもう一度会いたいと思った。黒の聖女アヴァリーザに。

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