第181話 講義とヒントと光明と
「この辺に道具屋があるはずなんだけどなぁ」
高く上った太陽の光を、この辺りはアルジエナ城の一部が遮り確かに日中だというのに薄暗い。
スープの露店で聞いた道具屋を探して町の様子を観察しながら歩いていると、少し向こうにそれらしき店構えを見つけることができた。
「あれがそうかな? お? いたいた! おーい」
元気に声を掛けて大きく手を振るとちょうど四聖騎士スパイゼルが布でくるんだ荷物を持ち、道具屋の扉から出ていくところだった。
彼もカナメの存在に気付くと眼で辺りの気配を探り、やや難しい顔で咳払いをしてカナメの方へ歩いてくる。顔から迷惑そうな雰囲気が醸し出されている。
「スパ爺さん、なんか不機嫌じゃない?」
「……君か。困るのだ。そう気安く声を掛けてもらうと四聖騎士の威厳が――ひいては四聖騎士を直に配下に置く聖王様の威厳も安いものになってしまうということだ」
そう言われて、同じ四聖騎士のダンカンを思い出した。
精霊ちゃん連続発動によってデレデレと鼻の下を伸ばしていたあの人を。
「……いいじゃないか、人間らしくて」
「何を思い出している? まあいい。私を探しておったのかね? 何か用事でも?」
聞かれて忘れていたことを思い出す。
「そうなんだ。実は魔術の理論とか……魔力とか魔素とかについて教えてほしいというか話を聞かせてほしいというか……率直に言うとアレなんだけど実は――」
「――魔術について? いいだろう、構わんとも。すぐに来なさい。さぁ」
「ちょ――」
即答。
言い終わるまで待たずにカナメの手を強引に引いて嬉々とした顔で連行して行ったのはアルジエナ城の中にある講堂の様な場所だった。
段々になった座席はやや湾曲して教壇に正面が向くように作られている。
誰もいないその座席の最前席にカナメは座らされて、対するスパイゼルがその正面に立っている格好だ。
少し待っていなさいと彼は言いい姿を消すと、数十秒間待たされ、戻って来たスパイゼルは高価で古そうな厚い本を十数冊抱えてよろよろとしながら教壇にそれを置いた。
(最高に嫌な予感がする……)
「さて、君が聞きたいのは『魔術構築理論とセレルシルト粒子と魔素の因果関係、対応するベルゼルト法則の一覧とそれらが発見された経緯と人類と魔術の発展史、失敗と成功それぞれの具体例について』、だったな」
「……なんて? いえちがいます。僕が聞きたいのは魔力がない人でもどうにか魔力を使えないかと」
「――魔術構築理論とその枠組みを理解するにはまず今を以て明確に構成が分かっていない魔素の四割を占めるというセレルシルト粒子――これはおよそ千二百年前、才ある者が漠然と火を起こした逸話にちなんだ――」
――ナルシマ……
「なお、この説にもいくつか否定的な派閥もある。知っているかな? セレルシルト粒子が結合と分離をする……つまるところ魔力錬加必至要素の変化段階は“四段階”であるというラゥリルト派と、“七段階”であるという者達、ベネイール系の学者――」
――ねえちょっと、あんた……
「これは恐らく君も笑ってしまう話だろうが、くっふふ……シャルハイナ現象も今から四百年前ほど前まではカルレッテ誘爆の一つだと誤認されておった時期があったのだ。それが研究対象となる魔石の成分採取で報告書の取違があってだね、ハハハハ――」
――ナルシマ カナメ こんにゃろーッ!
「……はっ!」
目を覚ますと。
いいや、正確には覚めていない。この真っ白な空間にはひどく見覚えがあった。気が付けばそこに立っていて目の前には彩のない王座らしい椅子に腰かけた彼女がいる。
「『はっ!』 じゃないってのよ」
「あ、君か」
「ああー! ちょっと! 一周まわってちょっとした知り合い程度の反応するのやめてよ! どっちかに振り切りなさいよ!」
精霊王ウィシュナ――精霊を三体、カナメがその力として宿したことで連鎖反応的に力をちょっぴり取り戻したような気配がある精霊の、王。
彼女が少し反応薄の転生者カナメの態度に腹を立て彼を指さして騒ぎ立てている。
「僕……今勉強中なんだけど」
「――してない! していないじゃない! だって君はしっかり今も爆睡しちゃっていて意識なんかこれっぽっちもあのお爺さんの話に向いていないんだから。それにお爺さんの話は魔術師になりたてのひよっこに対して教えを説く人間がとりあえず説法する基礎の基礎の雑学よ? あんなの覚えてなくても魔術は使えるわ。パンを作るのに麦の歴史を勉強しているようなモノ」
これっぽっち、と言いながらウィシュナは親指と人差し指でわっかを作って見せた。ぎりぎりの隙間を作ろうとして指先はプルプルと震えている。
「(チッ)それじゃあなんもないトコだけどここで暇潰ししてから起きるか」
「えー? ウソでしょ? 今舌打ちしなかった……? まぁいいわ――そうそう。君、随分面白いことをしていたみたいね?」
面白いこと。そう言われてぎょっとし、カナメは自分が描いた絵を思い出して目の前の精霊王に想像を重ね合わせ、ついニッチョリとしただらしない笑みを浮かべてしまった。
「ヒ、ヒィィッー! なんて悍ましくて邪悪な微笑みなの! 何を想像しているのよっ……それに私はあんな色や形じゃないわ!」
頬を赤らめて胸元を隠すような仕草をする精霊王に、吐き捨てるようにカナメはつぶやいた。
「じゃあ、どんな色と形なんだよ」
「そうね。私のはもうちょっと薄めで小ぶりで――て違う違う、おいおい何を言わせるのよこのヘンタイ転生者野郎! 私が言ってる面白いことっていうのはあのイケメン騎士があんたに教えてる『精霊術』ってやつのことよ!」
「そうだ……あの爺さんに話を聞きに行ったのは精霊術を僕一人でも扱えるようにするため……」
一筋の光明と考えた精霊術の発動には魔力が必要だという。
ユーミの魔力を借りれば可能かもしれない。だが、それではいささか不十分なのだ。
それではまた彼女が走り、汗をかかなくてはならない。
カナメ自身が戦えるようになれば選択肢は広がるし、誰かを守れるようになるかもしれない。
それは町行く人々の誰かかもしれないし、まだ見ぬ誰か、或いは仲間かもしれない。
誰もこの手から零さない。
そのために階梯を昇らなければならないのだ。
「――ウフフ……ヒントを聞きたい?」
精霊王ウィシュナは落ち着いた様子で、しかし満面の笑みを浮かべ、おちょくるようにカナメの事を見ていた。
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