第221話 戦地

 確かにラスターの放った閃光は敵対する兵器の心臓部に大穴を穿うがった――。

 ――はずだ。


 ぱらぱらと落下するいくつもの金属片。

 しかしあれほどの体積があったにもかかわらず、それだけだ。一瞬、光に飲み込まれたようにも見えたが全て舐め溶かしてしまったのだろうか。落ちていく胴から下が消し飛ばされた魔族――研究者が視界の端に写ったものの、それ以外は見当たらなかった。


「――セラさん、ラスターはッ、ラスターを探してくれ!」

「ううん、見えなかった――ラスター君は落ちていない。消えたんだ……」

「そんなわけない! 落ちたら怪我しちまう、もっと高度を下げてッ、探してくれっ」


 取り乱して落ち着きなく上下左右を見回しながら声を枯らすカナメの声を聞いて返事をしたセラは青ざめて、怒りや悲しみを包み隠したうえで冷静に振舞っている。そんな顔だ。


「あれだけの衝撃だもん――」


 言いよどんだ。

『きっと無事じゃないよ』。

 ――言えない。それを言ってしまうのはこくだと彼女は思ったし、かといって『きっと生きているよ、探そう』とも言えない。可能性という部分で、だけではない。


「ごめん……もうデカッピー、飛べないみたいだ。何とかゆっくりでも陸へは降ろすって言ってる。それに、『ごめんよ』……だって」


 頭が痛い。これはいつもの窮地を救ってくれる痛みではない。ただ単に、痛いだけの痛みだ。


「――それならっ! 降りて探す、ユーミを連れて行けば治療術が使えるんだ! ぶっ倒れてでも全快まで持って行ってやるッ、瀕死でも、重体でも、ばら……」


 ばらばらになっていても。


 そう自分で言ってしまいそうになった時、もう自分でも分かっているということがわかって、涙が止まらなくなった。


 何も残っていない。

 身体の一部さえ見つからない。ラスターが残した、血の一滴さえもどこにも見当たらない。


「あ……あれ――デカッピー、ごめんね? だけ、どうしても拾いたい。間に合うカナ?」


 何かを見つけたらしくセラが優しく彼女たちを乗せる鳥の頭に手を置いた。

 意思は汲み取ってくれたようで鳥は頭を下げて力を抜き、急降下にも近い形で一点を目指し、飛ぶ。

 背後に乗ってぐずぐずとやっているカナメが落ちないように彼の両手を強引に掴んで、自分のへそのあたりできつく握った。


「よ、と……ごめん、ありがとうね、デカッピー。これは大事なものだから――」


 急降下している最中で羽を広げて羽ばたいて速度を弱めた負荷と痛みで、鳥は少しだけ甲高く鳴いた。痛々しい声に思わず申し訳ない気持ちと心からの感謝を述べると、肩越しに“それ”をカナメに手渡した。


「まだ、戦っている仲間がいるよ。守らなきゃ」


 金属と木材で作られた細長い塊。

 ラスターの銃だ。呆然として眺めていると、銃身の目立たないところに文字が彫ってあることに気付く。


『きっといい世界になりますように。願わくば僕も強くあれるように』


「…………っ」


 研究者との空中戦の最中で少し戦地、アルジエナの北からは離れてしまったようだ。戦況を心配するセラの、彼女の薄い背中に突っ伏した。


「さて、と。行くよ? もう速くは飛べなくなっちゃったけど、地上に降りるまでには泣き止んでてよね。――“オトコ”だろ?」


 そう言ったセラの声は明るかったが、痛みを感じていない訳ではないという事は、いつも見ていたよりずっと小さな背中から感じた。

 励ましてくれようとしているのだろうし、セラの事だ、強い自責の念がきっと彼女を支配しかかっているのだろう。それを耐えている。


 怪我をした大きな鳥、デカッピーは不器用に羽ばたいて戦地へと戻る――。



 *  *  *



「さっきの光、きっとラスターだよ!」

「あの男の子? それなら空飛ぶ敵の魔族はやっつけたのかしらッ――もう! それにしても男共はだらしないんだからッ! 前線が押されてきてるじゃないッ」


 あの光は恐らく、カナメとユーミ、ラスターと三人で拵えたとっておきの一発だと気色ばんだユーミとは対照的に、やや不機嫌そうに氷の大剣を振り回して魔物を捌いているパティエナが嘆いた。


 押されてきている。前線の兵達とて決して弱いわけではないのだが――しかしなかなかに途切れない魔族軍の猛襲に対して、やや遅れをとり始めた。

 先ほどから円陣のような形をとってミリアムを守護しているユーミ、ルピナ、カルブ、トキハル、パティエナも『ここが踏ん張りどころ』と疲弊を通り越して戦っているが、もうそう長くは戦えないだろう。


 やや前方に、聖王アグィナスとその取り巻き。

 その更に前方では聖王を守護するように前衛の兵が突破されないようにと陣を横隊おうたいへと変えて攻防を繰り広げる。


 怒り狂って火の息をまき散らしている黒い竜が人を蹂躙せしめんと城の方を目指すが、ずっと白い竜がそれを阻んでいた。


 すぐそばには黒の聖女アヴァリーザと、白き魔女ルクスリア――。


「神罰……? ふふふ……罰ばかり与えて、ご褒美は一向にくださらないのにね?」

「……人に、関わるな。魔族にもじゃ」

「あら? どうして? アナタだってこそこそと……なにか企んでいるんじゃなかったの?」


 アヴァリーザは押して黙る。企んでいるというほどでもないと、そう思っている。

 この魔女ほどは。


「ふふ。見て、アヴァリーザ――人間達はもう限界。『諦めなさい』と、あなたからそう言ってあげたらどう?」

「――何を企んでおる、ルクスリア? 神の再臨など、彼自身望んでおらんだろうに――いい加減にせんと」


 再度、杖を構えて魔力を練り上げる。


「本当にもう。アヴァリーザったら忘れん坊さんね? ああ! ふふふ、ごめんなさい。私のせいだったわね。私が盗んだから――」


 務めて無表情で在ろうと考えていたアヴァリーザも、要領を得ない事ばかりを言うルクスリアにいぶかしげな表情を向けた。



「――アナタが私の魔力を切り離してくれた時に、私もアナタの記憶を盗んだの。うふふ……うふふふふふふうっふふふうっ! …………でも、見つけちゃった!」



 ルクスリアは既に、アヴァリーザの事を見ていなかった。

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