第40話 水

「で、そのお願いってのは……」


「はい。実は僕は発明をすることを生業にしていまして」


(それでこのの量、ね)


 ふと見るとなんだかよくわからない動力のついた荷車がある。

これで二人を運んでくれたのだろうか。


「ある発明品の構想を何年も練っていたのですが、ついに思いついたのです。これは、天啓です!」


「ふむふむ」


「ですが、装置に使う部品が一向に集まらないまま、時間だけが経ってしまいました」


「それが、その遺跡ってのにはあるんじゃないか、と?」


「おっしゃる通りです! ただし、遺跡の入り口を守る門番、こいつがかなり強力なモンスターでして、入口を守るのがそれほど強力なら遺跡の内部にはかなり希少なアイテムもあるのではないかと」


(ああ……。なんだか危険な香りがするぞ……? 恐らく中も罠だらけなんだろうな……)


「なるほどな、話は分かったよ。でもそんなに必死になって、一体何の装置を作りたいわけ?」


「それは……、内緒です」


「ええー、でも、誰かに危害を加える様なものだったら手伝いたくないぞ!」


(間違いない。この少年は作るつもりなんだろう! わかる。人類の化学はそうやって、進化してきた。作るつもりなんだろう? エロマシーンをっ! なら手伝うとも!)


「いえっ! ……僕は、そんな下卑た物を作るつもりはありません! ぼくは、この街を……救いたいのです。そんな装置を作るんですっ!」


 ラスターは真剣な目をしている。

 目の奥にはこの砂漠のように熱い何かが燃えているのだ。

 カナメは下卑た想像をした自分を超絶みっともなく思う。


「わ、わかったよ。それで、いつ出発するんだ?」


 下卑た自分の思考をどこかに追いやるため、話を切り替える。


「すぐにでも出発したいところではありますが、僕は非力で……。

武器を作りたいんですが、実はそのことでもご相談が……」


 武器を作る。鍛冶屋にでも行くのか。と思い相談とやらの続きを聞く。


「あなた達の放った魔術――」


「あれは”少女を導く奇跡の敏腕魔女っ娘・プロデュース”によって発動する、魔術機関銃マジマシンガン:”二人の冒険エンタープライズ”というんだ」


「は、はあ…。」


 ラスターはなんだかよくわからない、といった顔で返事をする。

 ユーミはそれどういう意味? とカナメの袖を引っ張って聞いている。


――ラスターは気を取り直す。


「あなた達が放った、”少女を導く奇跡の敏腕魔女っ娘・プロデュース”によって発動する、魔術機関銃マジマシンガン:”二人の冒険エンタープライズ”を見て――」


「ああ、長いからあの魔術、とかでいいぞ?」


「くぅっ!」


 少しイラ立ってしまう。彼に悪気はないのだろう。

 再度気を取り直して話を続ける。


「あの魔術をみて、僕が構想している武器のヒントになる気がしたのです」


(このラスター君、もしかして……)


「カナメさん、これを見てもらえますか?」


 そう言って彼が持ってきた機械は、野球のバットほどの鉄製の長細い筒に持ち手が二つ付いており、引き金の様なものもついている。


 これは……、銃だ!


 まだところどころが粗削りで、カナメの記憶とは少し違うが、これは確かに銃を構想しているのだろう。


(銃だ……。中二病という病を患ったことがある僕には多分アドバイスできるだろう。形状をこうしろ、といえば拳銃ほどにコンパクトなものを作り上げてしまうかもしれない。……だが、進めていいのだろうか? 剣と魔法の世界で銃を作れば、時代が進む。人間同士の殺し合いや、戦争をさえ助長してしまうかもしれない……)


 じっと考え込んでいると、ラスターが話しかけてくる。


「やっぱり、これを見て何を作ろうとしているのかわかるのですね……」


(いいのだろうか……)


「お願いします! この街を、砂漠を救いたいんですッ!」


 おや、と思った。

 なんだ、同じ志を持つ、仲間ではないか、と。


(ああ、インテリぶって、熱い奴なんだ。こいつなら正しく使ってくれるだろう)


「わかったよ、ただし。完成したとしても、量をたくさん作るな。できるだけ人に見せるな。まして、落としたり、盗まれたりするな。設計が盗まれたら、真似をされる。これは、簡単に人を殺せてしまう道具になるんだから」


 カナメの方もいつになく真剣な表情を取り繕って言う。


 これは神に背く行為だろうか。


 神がいるとしたら何と言うのだろうか。


(まあ、この時代の技術でこれほど器用に作ることは難しいとは思うけど、

念は押しておいた方がいい)


「わかりました! もちろんです!」


 そうして、カナメはラスターに”銃”の事、”二人の冒険エンタープライズ”に使った設計思想、などを話す。ユーミは二人の話は退屈そうに、そのあたりの装置をいじくりまわしていた。



***



「――この街は数日後には創立千年となる節目で、ささやかながら祭典となります。買い物がてら、見て回ってください! その間に武器を作成しておきますから」


 二人は、言われた通り、町を見に行く。

どの家や店も貧しそうではあるが活気に満ちていた。普段は違うのかもしれないが、今は、なんとなくみんな幸せそうに見える。


 だが、なんだか聞きたくないような話も聞こえてきてしまう。


「あんた、ラスターの家に居候してんのかい!? あの子が作ってくれた料理を作る時の竈、爆発したよ! 危ないったら、ないわ!」


「あの子は父親が死んで、気が狂い、母親が死んで悪魔になったんだよ」


「いっつも閉じこもって可笑しな”装置”を作っているらしいね、”反魂の禁忌”に触れて”人体錬成”をしようとしてるって話だよ?」


 ラスターの事を聞くと、どうも嫌な噂を聞かされる。


(そんな奴には見えなかったけどなぁ……)


 いろいろな店を回って携帯食料や下着の替え、傷薬などを買っていて、食料品店で面食らう。


「水が、高けえっっ!」


 それもそのはず、なかなか雨が降らないこの砂漠の町では、水が高級品。


 大人の人間十日間ほどの食費を賄えるくらいの金額で、一回の食事で飲む水が買える分くらいだ。


 ――仕方がない。水分がなければ死んでしまう。


 そう思うと、砂漠で行き倒れの二人を連れて街に帰り、水を与えようとしていた彼の、その親切さが身に染みる。


「なぁ、おじさん。三人分の水。それが…二、三日分ほしいんだけど」


「ああ、それなら」


「やっぱり高いなぁ……」


「兄ちゃんは旅人かい。仕方がないだろう? アザラールの町は砂漠の町だぜ?

もっとも、乾いた街といっても数百年ほど前まではオアシスから水は引けていたらしいがな」


「へえ。そのオアシスが枯れちまった、ってことか」


「ああ。この街の言い伝えではな、どこのどいつか知らねえが、ある男が砂漠のオアシスに住み着いた『水の精霊』をさらって、水を独り占めしようとしたんだが、水の精霊は言うことを聞かず、怒ってオアシスの水を枯らしちまったんだとよ。それどころかその男の体中の水分を吸い取って、その男は生きたままミイラの化け物になっちまって砂漠のどっかを彷徨ってるんだってさ」


(ふぅん。こういう民間伝承って案外、もとになった実際の話があるんだよなあ)


「まぁ、いっか。おじさん、ありがとう」


「まいどー!」


 数日分の水を購入したカナメ達は、逗留しているラスターの家に帰る。


 少し歩いてラスターの家に行き、玄関を開けると、どうも揉め事のような騒がしい声が出迎える。


「ラスター、いい加減に妙な道具を作るのはやめて、井戸掘りの仕事でも手伝ったらどうなの! それに妙な人たちまで家に連れ込んで!」


(妙な人たちって僕達だ……。こんにちは、なんて言いにくいな)


「井戸掘りの仕事なんて、何年も結果なんて出ていないじゃないか! 来る日も来る日も穴を掘って、砂を運んで、少し湿った地面が現れたら一喜一憂して! それでもまだ、水なんて出ないじゃないか!」


「みんな水が欲しいから一生懸命なんじゃない!」


「僕だってこの街に水をもたらしたいんだ! 方法が少し違っているだけだ、穴を掘って水が出たって、その穴の権利者が潤うだけだろ!」


「もう! ラスターのばか!!」


 見知った顔のラスターに捨て台詞を吐いて出て行ったのは赤毛の少女だった。


 玄関先でぶつかりそうになって慌ててよけるが、カナメとユーミの存在に気付いていない。

 走っていく際にキラキラとした粒、涙を流しているのが見えた。


「あ。カナメさんにユーミさん、戻られていたんですね。これはお恥ずかしいところを」


「いや、今の女の子は?」


「あれは、幼馴染の……いえ、家族、みたいなものです」


「みたいな……?」


「そうです。町でカナメさんたちは僕の噂を?」


「ああ……、ああ。なんだか町の人たちはラスターを変な目で見ているみたいだったな」


「いえ、僕が好かれていないということは事実です」


「…………」



「僕の両親は――」


 ラスターは少しだけ遠い目をしながら、自らの過去を語り始めた。

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