第七節 侍従長に癒しを
「ふわわ~~。きもちがいいのです~~」
膝の上から聞こえてくるのはパラヴィーナの蕩けたような声。
「『耳かき』って、すごいのですね~~」
泣き腫らしていた様子は何処へいったのやら、今は御覧のように落ち着いている。
こうして彼女をリラックスさせるために耳かきを提案してみた時は、知らない文化に対して怖がっていたものの、女王様は気に入ってくれたということを伝えたらすんなり警戒を解いてくれた。
「やはり女王様の審美眼に間違いはなかったのです~~。耳かき最高です~~」
女王様の名前を出したらコロっと態度を変えたのは、調子が良いというかなんというか……。まぁ、それだけ慕っているということなのだろう。
「それじゃ、次は左のお耳をお願いしますね~」
「むむっ、自分はどうすればいいですか?」
「こう……ごろーんって寝っ転がって下さい」
「ごろ~ん」
言われた通りに転がって、私の手元に左耳を預けるパラヴィーナ。
こうしているとやっぱりただの子どもにしか見えないなぁ。
「その棒はヒカリが持っていたものなのですか?」
「いえ、さっきニエちゃんが作ってくれたんです」
「ふぅん。流石は技師長、良い仕事をするですね~」
「ええ、本当に」
今使っているのは木製の耳かき棒。女王様に使っていた即席の綿棒とは別物だ。
あの後プルートと牛乳プリンの改良をしている間に、ニエーバに急ピッチで作ってもらったのである。
この短時間でここまでのクオリティに仕上げられるとは、やはりあの子は凄い職人さんだ。
「昼間に使ったリバーシ盤とかもニエちゃんが作ってくれて──」
『リバーシ』という単語を聞いたところで、パラヴィーナの身体がビクッと揺れる。
まずい。落ち着いたとはいえ、まだ触れちゃいけない話題だったか……。
「……ヒカリ」
「あ、ご、ごめんなさい」
「何でお前が謝るですか?」
パラヴィーナはそう言った後、一つ深呼吸をして、ゆっくりと言葉を繋ぎ始めた。
「昼間のことは……すみませんでした。あれは女王様の言った通り、どう見てもお前の勝ちなのです。それを認められなかった自分は最低です……」
「そんな──」
「……自分は、いつもこうなのです。上手く出来ないのに、諦めが悪くって……。みっともないのに、ずっと続けて……ぐすっ……。こんなのじゃ……卿(ロード)に相応しくないのにぃ……ひっく……。うぅ~……」
語っているうちにまた悲しくなってしまったのか、嗚咽混じりに涙を流していた。
こうして反省すること、反省できることは良いことだ。けれど──
「そんなことはないです」
「え……?」
「諦めが悪いのは決して悪いことじゃないですよ。逃げずに何度も立ち向かった侍従長は、とってもカッコよかったですから」
そうだ。あれだけ負け続けていたのに決して折れなかったこの子は、とても強い子だ。
この子自身はそれを短所だと思っているようだけれど、私はそこに惹かれたんだ。
「カッコよかった……ですか……? 自分が……」
「はい。カッコよかったです。自信を持って下さい」
「……うん」
私の言葉がちゃんと届いたのか、パラヴィーナは次第に落ち着きを取り戻していった。
落ち着いたのを見計らって、止めていた手を再び動かして耳かきを再開する。
しばらくの間、しょりしょりという木と肌が擦れ合う音だけが部屋の中に響いた。
「そういえば、
微妙な沈黙に耐え兼ねて、適当に話題を考えて振ってみる。昨日、ヴルカーンたちと話をしていたことだ。
「
「じゃあ、他の
「そうなるですね」
女王様の傍で補佐をするとかではなく、公爵とかの貴族みたいに与えられた自分の領地……縄張りを守っているってことなんだろうか。
ヴルカーンの話では、島のものは全部女王様のものだって話だったけど。
「そもそも、お前はこの島の成り立ちを知っているですか?」
「いえ、全然」
「では覚えておくです。この島は今から二千年以上前、女王様たちが『
『
確か、その『
「女王様と共に飛び立った十の竜たち。その方々が偉大な最初の
ふふん、と誇らしげに胸を張るパラヴィーナ。
「その、最初の
「もちろん皆様ご健在なのです。各地の平穏が守られているのは、
「なるほど。それこそ卿──領主様って感じですねぇ」
「ヒカリもそのうち会うかもしれないですね。どなたもすごい方ばかりなので、驚嘆すると思うですよ」
「ふふっ、それはちょっと楽しみかもしれません」
楽しみではあるけど、既にキャラの濃いドラゴンばっかり会っているので、そんな更に濃そうな面子は覚え切れなさそうだ。
そう考えると王宮の
「自分は島が出来てから生まれて、後から
あの女王様はそんなことに拘らないとは思うけれど……。現に、失敗してしまったというパラヴィーナに対して何かを咎めるような素振りもなかったし。
ただ、こう振る舞うのが彼女のポリシーなら尊重するとしよう。
「良い島ですね」
「そうなのです。自分はここに生まれることができて幸せなのです」
「私も……侍従長と同じ気持ちです」
つくづく、私は恵まれた環境に飛ばされたんだなと思う。運が悪かったらもっと大変な場所で、もっと苦労をしていたに違いない。下手をしたら既に生きていなかったかも。
そう考えるとこうして王宮に置いてくれている女王様や、仲間として接してくれるみんなには感謝の念が尽きない。これからちゃんと、この恩を返していきたいな。
「その、ヒカリ……。ちょっといいですか?」
「はい?」
急に真剣な面持ちで呼びかけられたので、耳かきをしていた手を止める。
「……自分のことは『侍従長』ではなく、名前で呼んでほしいのです」
そう言ったパラヴィーナの左耳は微かに赤く染まっていた。
「ヴルカーンたちのことは愛称で呼ぶのに、自分にだけ他人行儀なのはむず痒いのです」
「でも、いいんですか? 私の方が新参者だし、思いっきり年下ですけど」
「良いのです。自分はお前の『価値』を認めました。お前は女王様の秘書として相応しいヒトなのです」
「えーっと、ありがとうございます?」
「なんで疑問形になるですかっ!」
怒られてしまった。何と返事をすればいいのか迷っただけで、別に茶化したわけではないのだけど……。
「秘書は言うなれば女王様の左腕のようなもの。女王様の右腕たる自分と、対等な立場なのです。ですから、お前は自分のことも名前で呼ぶべきです」
左腕って……。この子、あくまでも右腕の座に拘るらしい。
なんだかちょっと可笑しくなってきた。
「それなら、『パラちゃん』って呼んでも良いですか?」
「許可するですよ」
「じゃあ、パラちゃん。また明日、リバーシで遊びましょうか?」
「……いいですね。次こそ自分が勝つですよ!」
こうして、その日はパラヴィーナが満足するまでお喋りを続けた。
ちょっと夜更かしをしたせいで翌朝が辛かったけれど、そんなことは些末な問題だ。
みんなで計画した『仲直り』の作戦は、大成功に終わったのだから。
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