第六節 女王様に安眠を

「それじゃあ、左耳の方もやっていきますね」

「うむ、任せた」

 先程と同じ要領で耳かきを再開。右耳のお手入れを終えたことで、この即席の綿棒の使い方にも慣れてきた感じがする。

 女王様の方も慣れた様子で、最初のように驚くこともなく綿棒を受け入れている。

 そんなわけで耳の外側の掃除もそこそこに済ませ、内側の耳垢を取り除くべく動かす。

 慣れてきたからといって雑にならないように、ゆっくりと優しくを心掛けて。

「んんっ……」

 少し奥の方に綿棒を滑らせたところ、女王様がもじもじと動いていた。

「痛かったですか?」

「痛くはないな……。もっと奥の方までやってもよいぞ」

「なら、もう少しだけ」

 あまり奥まで綿棒を押し込むのも怖いので、あくまで少しだけ。

 耳垢を取るというより、耳の壁を撫でるように擦っていく。

 そうやって続けているうちに、女王様の反応を見て、どの辺りが気持ち良いのかを探るように綿棒を動かすのがなんだか楽しくなってきた。

 そういえば、妹は奥の方に耳かきを入れられるのは嫌がっていた覚えがあるけど、女王様は平気……というか、むしろお好きな様子。やっぱりこういうのにも個人差、個体差? みたいなのがあるんだろうね。

「……よし、左耳もオッケーです」

 その後も静かに続けて、これで両耳ともにお手入れ完了。

 目に付く汚れは大体落とすことが出来た。即席の綿棒にしては上出来だろう。

 私はその時、どうして耳かきをすることになったのかなどはすっかり忘れ、綺麗に出来たという達成感に包まれていた。

「むぅ……もう終わりなのか……」

 と、少し物足りない様子の女王様。

「ふふっ。それじゃ、もうちょっとだけ擦っておきます?」

「おお、それは良いな。お願いするとしよう」

 耳かきをとても気に入ってくれたようで、終わりが名残惜しかったようだ。

 妹もよく名残惜しくて「続けて続けて」と駄々をこねていた気がする。そのせいか、女王様の姿と幼い頃の妹の姿が重なって見えた。

 そう思うと何だか可愛らしく思えてきて……彼女がドラゴンであることも忘れて、幼子をあやすように耳を撫でてしまう。

 さて、ここからは耳かきというより耳のマッサージだ。奥の方にはあまり入れないようにして、外側を中心に綿棒を擦ってあげるとしよう。

 ……そうやってしばらく続けていたところ、いつの間にか小さくすぅすぅと規則正しい寝息が聞こえてきた。

「女王様、寝ちゃいました?」

 耳から綿棒を離しても返事はなく、反応もない。

 思えば、右耳を掃除していた時から既に眠かったのかもしれない。

「……わぁ、ぷにぷにだ」

 寝ているかどうかを確かめるために、軽くほっぺたをつついてみる。やはり反応はない。すっかり寝入っている。

 というか、こうして寝顔を見ていると本当にただの子どもにしか見えないなぁ……。

 まぁ、視界には立派な翼と尻尾も映っちゃっているわけだけど。

「起こしちゃうのも可哀想だよね」

 女王様に耳かきの感想を聞くのは起きてからでも良いだろう。

 このまま膝枕を続けているのも足が痺れそうだし、女王様はベッドに寝かせてあげることにした。

 起こさないように注意してゆっくりと抱き上げる。見た目に反してものすごく重かったりしたらどうしようかと思ったけど、見た目通りの軽さだったので私でも簡単に持ち上げられた。

 そのまま優しくベッドに寝かせる。尻尾があるなら横向きにしてあげた方が良いのかな……?

「もしも~し、寝てますか~?」

 確認のため、横たわらせた女王様に近付いてそっと囁(ささや)いてみる。

 ……よし、大丈夫。ちゃんと寝ている。

 その寝顔をじっと見ていると、やっぱりなんだか幼い頃の妹の姿が目に浮かんだ。

「昔はよくこうやってたなぁ……」

 眠っている女王様の胸の辺りを、一定のリズムでとんとんと優しく叩く。

 怖がりの妹が眠れなくなった時に、こうやって寝かしつけていたものだ。

 女王様くらい強いドラゴンだと、こんなことしなくても平気なのかもしれないけど……なんだかそうせずにはいられなくなっていた。

「チャッピーにはこういうことやってたり……」

 胸に当てていた手をスライドさせて、お腹の辺りを、円を描くように撫でる。

 実家の犬は子犬の頃からこれが好きだった。大きくなってからも時々やってあげると喜んでいたものだ。今も元気にしているかなぁ……。

 そういえば、私はどうしてこの世界に呼ばれたんだろう?

 来る直前まで何をしていたかとか、全然思い出せないや。せめて転移するきっかけくらいは覚えていたらなぁ。

 ……そんなことを考えているうちに、いつの間にか私の意識は落ちていって、女王様と並んで眠りについていた。

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