第五節 女王様に耳かきを
女王様に耳かきをすることになった私は、彼女の寝室へと案内された。
あの場でも出来ないことはないけれど、横になれるベッドがあるのならそっちの方が良い。
それに、あそこで皆に見られながら耳かきをするなんて、恥ずかしくて手元が狂っちゃいそう……というのが一番の理由だ。
「失礼しまーす」
やはり女王の部屋というだけあって、部屋は広いしベッドも大きい。というか、大人が四人くらい並んで寝ることが出来そうなベッドだ。これぞまさにクイーンサイズというものだろうか。
ただ、玉座の間でも思ったことだけど、綺麗に整ってはいるもののあまり豪華さみたいなものは感じられない。ベッドは大きいが
王様っていうならもっと貴族っぽさみたいなのがあると思っていたけれど、ドラゴンの文化は違うのかもしれない。
と言っても、あんまり豪華だと落ち着かないし、私にとっては都合が良い。
「で、『耳かき』とやらはどのようにやるのじゃ?」
「ベッドの上でやろうと思うんですけど、上がっても良いですか?」
「構わんぞ」
許可を得たので靴を脱いでベッドに上がる。
うわぁ、思っていた以上にふっかふかで気持ちが良い……!
きちんと洗濯もされているみたいで、シーツからはお日様の良い匂いがする。
……っと、今はそれよりも耳かきをちゃんとしないと。
「それじゃあ、私の膝を枕にするみたいにして、頭を乗せてもらっていいですか?」
耳かきといえばやっぱりこれ、膝枕。
正座をして自分の膝をぽんぽんと叩き、女王様を招き入れる。
「む……こうか?」
女王様は膝枕というものにも馴染みが無かった様子で、ぎこちなく私の膝に頭を乗せる。
乗せた後はしっくりくる位置を探して、頭を小刻みに動かしていた。その度に柔らかい金髪が私の肌を撫でて、ちょっとくすぐったい。
「では右のお耳から始めるので、左のお耳を下にするように横を向いてくださいな」
「こうじゃな」
「オッケーです。じゃあ、始めていきますね~」
ここに来る途中、綿棒の代わりになりそうなものを貰っておいた。
極細の棒に脱脂綿のような綿を括りつければ即席の綿棒の完成。急ごしらえだけど、これでも充分代わりになるはずだろう。
耳かきという文化が無いので、当然ながら『耳かき棒』なんてものも無い。本当はあれでやりたかったのだけれど、無いものは仕方ない。
「……それをどうするつもりじゃ?」
綿棒(※代用)をちらっと見て、女王様が訝し気に尋ねてきた。顔は半面しか見えていないけれど、露骨に不服そうだ。
「これを耳の中に入れて、汚れをお掃除するんです」
「そんなのを入れて大丈夫なのか?」
「ウチではよくやっていましたし、大丈夫ですよ」
あまり強く擦ったり引っかいたりしなければ問題ないはずだろう。
人間とドラゴンでどう違うのかは分からないけど……まぁ、人間より超強いドラゴンなら大丈夫なはず。うん。
「……大丈夫じゃなかったらお主の首を掻き切ればよいか」
女王様がボソリと呟く。
全然よくない。大丈夫であってほしい。
「それじゃあ、最初はお耳の外側から始めていきますね」
物騒な呟きは聞こえなかったことにして、耳かきに取りかかる。
といってもいきなり耳の中に綿棒を入れるのは抵抗があるはず。ここはまず、綿棒が危険の無いものだと感じてもらうことから始めてみよう。
先の尖った形の耳を触り、
「ふにゃっ!?」
綿棒で耳の縁を撫でたところ、女王様の身体がビクッと跳ねた。
「わっ、大丈夫ですか?」
「いや……何でもない。続けて良いぞ」
痛がっている様子はない。色白の肌が少し赤らんでいるのを見るに、恐らく照れ隠しだろう。
ここで変に突っ込んで地雷を踏むのは良くない。問題はなさそうだし、黙って続けることにしよう。
それから時間をかけてゆっくりと、耳の形に沿うように綿棒で撫でていった。
「少しこそばゆいが、悪い気分ではないな」
そう言われる頃には女王様も綿棒の感覚に慣れてきたようで、最初のように反射的に身体を揺らすようなことは無くなっていた。
そこでそろそろ頃合いと判断して、耳の穴に綿棒を滑らせていく。あくまでゆっくりと、優しくだ。
ここがいわゆる
「むぅ……。あの棒が今、儂の耳の中に入っておるとは、不思議な感覚じゃな……」
「痛かったりはしませんか?」
「平気じゃ。続けてくれ」
綿棒で耳の壁を擦るようにして、丁寧に耳垢を取っていく。
無いものねだりをしても仕方ないけれど、こうして実際にやっているとやはり耳かき棒の方がやりやすく感じる。
それに、綿棒でやると逆に耳垢を奥に押し込むから良くないとかも聞いたことあるし……。やりすぎないように気を付けよう。
「……ヒトは皆、このように耳の手入れをしているのか?」
集中して耳かきを続けていたら、女王様がぽつりと口を開いた。
「んー、人によると思いますけど……。私は好きでよくやっていましたね」
実のところ私は耳かきが結構好きなのだ。
気持ち良くてついついやり過ぎちゃうので、耳鼻科のお世話にならないように意識して自制を効かせていたくらいである。
一方で全く耳かきをしないという人の話も聞いたことがあるし、本当に人それぞれなのだろう。
「それと、妹がいたんですけど、耳かきしてってせがまれることが多くて。何回もやってあげているうちに好きになったのかもしれません」
そのお陰で、こうして人に耳かきをするのも慣れたものだ。
まぁ、仕事でやっていたわけじゃないし、特技って言えるほどのものじゃないんだけど。
「なるほどのう……。良い姉ではないか」
「えへへ、ありがとうございます」
手を止めることなく、会話を交わす。
女王様の声の調子は、先程までと違ってピリピリしているのがなくなったというか、なんとなく柔らかくなっている感じがした。耳かきのお陰でリラックス出来ているってことなら嬉しいな。
「……っと、こっちのお耳は終わりですね」
右耳は充分に掃除し終えたので、ここら辺で終了することにする。
何度か言っているが、あまりやり過ぎるのは良くないからだ。
「……」
「女王様? 聞いています?」
「んっ? ……ああ、すまぬ。終わりじゃったか?」
終わりの合図に、少し遅れて女王様が反応する。リラックスして気が抜けていたのだろうか?
「右のお耳は終わりです。次は左耳をするので、ごろーんって寝っ転がって、向きを変えてもらっていいですか?」
「おお、まだ続きがあったか。では頼むとしよう」
そう言って寝返りを打つようにして向きを変える女王様。
口ぶりと表情から察するに、耳かきの気持ち良さはお気に召してくれたようだ。これなら左耳のお手入れも楽しんで貰えるだろう。
さてさて、続きも頑張っていこう!
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