第七節 新しい朝が来た

「ヒカリ──。おい──ヒカリ──」

 ゆさゆさと身体が揺すられる感覚がする。

 遠くで名前を呼ばれている気がするけれど、どうにも眠たい。

「んぅ……。あと五分……」

「──ええい、起きろ! ヒカリ!」

「ひゃいっ!?」

 耳元で叫ばれたことで、一気に目が覚める。

 目の前にはサラサラの長い金髪を垂らした、お人形のような整った顔立ちの女の子。

 誰? と言いかけたところで、眠る前のことを徐々に思い出す。

「……あ、女王様だ」

「はぁ?」

 いつの間にか異世界に飛ばされて、ワイバーンに食べられそうになって、ドラゴンだという女の子に助けられて……。

 この子はそのドラゴン娘たちの王様で、それで何故か私は耳かきをすることになって……。

 ……そうだ。女王様に耳かきをした後で、いつの間にか私も眠ってしまったんだった。

 うーん、夢の続き……ってわけでもないから、やっぱりこれ現実なんだなぁ。

「おはようございます、女王様。私たち、ぐっすり寝ちゃったみたいですねぇ」

 時計が無いので具体的な時間は確認できない。

 でも、太陽が顔を出し始めたのか、部屋は薄明るく照らされている。ちょうど夜明けくらいの時間帯なのだろう。

「何を言っておるか、このたわけがっ!」

 天気も良く気持ちの良い朝……だというのに、女王様はぷんすか怒っていた。

 ただ、怒っている理由は全く分からない。

「な、何でそんなに怒ってるんですか?」

「お主がここで寝ておるからじゃろうが!」

 女王と同じベッドで寝るなんて不敬だ、ってことで怒っているんだろうか?

 でも、私がベッドに上がっても特に文句は言われなかったわけだし、そういうのを気にするような性格だとは思えない。

「ええと、女王様の寝顔を眺めていたら、いつの間にか私も寝ちゃってまして……」

 頬をぽりぽりと掻きながら正直に理由を答えてみる。

 彼女が何に怒っているのか分からない以上、下手に嘘を吐いたりするのは良くないだろう。

「~~っ!」

 それを聞いて女王様の顔が真っ赤に染まる。

 まずい、ものすごく怒っていらっしゃる……!

 寝かしつけた後に黙って部屋を出た方が良かったんだろうか?

 でも、あの後女王様を置いて一人で王宮の中を歩き回っていたら、女王様の部下たちにどう思われたか分からない。最悪殺されていたかも。

 どうするのが正解だったのかなぁ、などと考えていたら、女王様がぽつりと呟いた。

「ぐっ……。よもやこの儂が、こんな醜態を晒すなど……」

 相変わらず顔は真っ赤に染まっているものの、その表情は怒りというか、羞恥──恥ずかしさによるものに見えた。

 もしかして、寝ているところを見られたのが嫌だったんだろうか。

 でも、そんな醜態って言うほどのことかなぁ? 寝息は静かで、いびきや歯軋はぎしりをしていたわけでもなかったし。

 それとも、実は寝相がもの凄く悪いとか? でも、それなら隣で寝ていた私が気付きそうなものだ。

「寝ている時の女王様、特に変なことはしていませんでしたよ?」

「うるさい、忘れろ。儂の寝姿なぞ記憶から消してしまえ」

 ふんっ、と顔を横に逸らす女王様。その頬は真っ赤に染まったままだ。

 そんなに照れることでもないのに……なんだか微笑ましく思えてくる。

「忘れられないのなら、脳ミソを吹っ飛ばして物理的に忘れさせてやる」

 それはもう死んでいるんじゃないだろうか。

 昨日、女王様の吐息で出来た壁の大穴を思い出して、微笑まし度は一気にゼロになってしまった。

「……しかし、この儂が不覚を取るほどじゃ。お主の『耳かき』にはそれだけの魔力が籠められていたというわけか」

 そっぽを向きながら女王様がそう述べる。

 耳かきされたら眠くなるなんてよくあることだし、そんな魔力がどうのみたいなスピリチュアルな話でもないと思うけど……。

「良いじゃろう、お主の『価値』を認めてやる。この島で暮らすことを特別に許そうぞ」

「あ、えーっと、ありがとうございます?」

 そういえばそんな話だったっけ。寝ている間にすっかり忘れてしまっていた。

 なんか耳かきも途中から子どもをあやすみたいな感じになっていたし。

「おい、まさかそもそもの理由を忘れているわけではあるまいな?」

「い、いやー、そんなことないですよ! 認めて貰えてうれしいなぁ~」

 図星を突かれて焦る。

 ジトっとした眼で睨みつけられたが、なんとか誤魔化した。

「ふん、まぁよい。ヒトであろうがこの島で暮らす以上、儂の臣下と同じじゃ。きちんと働けよ」

「それはもちろん」

 ドラゴンたちにとって私は、勝手に転がり込んで来た居候のようなもの。

 私としても変にお客さん扱いされるより、対価として働かせてもらった方が居心地は良いはずだ。

 ただ、ドラゴンの求める仕事って何なのかによるけど……。

「そこでお主には、儂の付き人──いわば秘書のような役割を与えるとしよう」

「秘書、ですか?」

「うむ。儂の命令や要望に、その都度応えれば良いだけじゃ。お主に竜種と同じような働きが出来るとは思えんからな」

 要するに、人間向けの仕事を振り分けてくれると言うことだろうか。

 それはかなり有難い。力仕事は苦手だし。

「命令や要望って、具体的にはどんなことを?」

「色々じゃ。色々。追って考える」

 そう言うと女王様はベッドから降りて、大きく伸びをする。

「……また、耳かきもやってもらうからの」

 女王様に続いてベッドから降りると、そんなことを呟いているのが聞こえた

 それに対し「お安い御用です」とでも答えようとしたところ、女王様は間髪入れずに言葉を被せてきた。

「では行くぞ、ヒカリ。着いて参れ」

 またもや照れ隠し。

 女王様ってもしかして、ツンデレってやつなのかも?

「……待って下さいよ、女王様!」

 そそくさと部屋を出て行こうとする、黄金の翼が生えた背中を追いかける。

 こうして、私の『竜の島』での異世界生活が始まった。

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