第二章
第一節 王宮勤めのドラゴンたち
王宮で迎えた初めての朝。
私の隣には金色の髪に瞳、そして黄金の翼と尻尾という、とても
そんな彼女と、綺麗に掃除された廊下を歩いていた。
「ここじゃ」
「んー……? これ、何て書いてあるんですか?」
廊下を歩き、辿り着いた扉の前には木製のドアプレートのようなものが貼り付けてあった。
何やら文字が書かれているのは分かるけど……どう見ても日本語ではない。英語っぽく見えるけど、英語でもない。いわゆる異世界語というやつだろうか。
うーん、言葉は日本語で通じているのに文字は通じないのかぁ。ちょっと不便だなぁ。
まぁ、言葉が通じるだけでもマシなんだろうけど。
「『ヴルカーンとプルートの部屋』じゃ。ウチの戦士長とメイド長のことじゃな」
なるほど。これは名前を表していたのか。
この字が『ヴルカーン』で、この字が『プルート』ってことかな? 筆跡が違うから、いかにも二人で書きましたって感じだ。
「あれ、そういえばヴルカーンってもしかして……」
「うむ。お主を連れて来た、あやつのことじゃ」
そう言って女王様がコンコンと扉を叩くと、中からパタパタと足音が聞こえてきた。
「は~い、ってあら? 女王さまと……」
扉を開けて現れたのは、ゆったりとしたネグリジェを着た女の子。
当然ながらこの子もドラゴンのようで、翼と尻尾が生えている。背丈は女王様より少し大きいようだが、私から見れば大した違いではない。
「ヒカリじゃ。こやつの処遇について少し話がしたい」
「ああ、昨日の子ですね~。分かりました、ちょっと待っていてくださいな~」
女王様の言葉で事情を察したその子は、再びパタパタ足音を立てながら部屋の中へ戻っていった。
☆
それから少しして、私たちは部屋の中へ招き入れられた。
先程の女の子は白を基調としたエプロンドレス──いわゆるメイド服らしき恰好に着替えていた。
一方でもう一人、昨日も会った
ヴルカーンはしきりに欠伸をして眠そうに目を擦っているあたり、寝間着のままなんとか起き上がってきました、という感じがする。
「朝早くからすまんな。朝食の前に話をしておきたくてのう」
こちらを見て、私に自己紹介をするように促す女王様。
「初めまして、ヒカリです。今日から女王様に秘書として雇ってもらうことになりました」
そう言ってぺこりと頭を下げる。
「そういうわけじゃ。ヒトではあるが、今後はこやつのことも同胞として扱うように。他の臣下たちにも伝えておいてくれ」
「まぁまぁ、女王さまに『価値』を認めてもらえたのね~。良かったわ~」
メイド服の女の子が間延びした口調でそう言いながら、ゆったりと微笑む。
なんというか『ゆるふわ』って言葉が似合う、おっとりとした雰囲気の子だ。
「わたしは
プルートから差し出された手を取って握手を交わす。
水色のエアリーボブの髪は、内側が何故かピンクや紫にも見えるという不思議な色になっていて、まるでシャボン玉を思わせるかのようだった。
瞳の色は深い青色。翼や尻尾も似たような青系統の色。『バブルドラゴン』って名前でこの色ってことは、水属性って感じなのかな。
「よろしくね~。ヒカリちゃん、って呼んでもいいかしら?」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「そんなに畏まらなくて大丈夫よ~。わたしのことも気軽に呼んでくれると嬉しいわ~」
「ええと、じゃあ、プルちゃん……?」
「うんうん。そんな感じでよろしくね~」
そう言ってプルートはにっこりと微笑む。この様子だと、人間である私に偏見などは無さそうだ。
というか、人間嫌いなのは女王様だけで、他はあんまり気にしていなかったりするのかな?
それにしてもプルートって……冥王星のことだっけ? ヴルカーンといい、女の子の名前にしては変な感じ……。
っていうのはあくまで日本人の感覚。ここでは普通のことかもしれないから、変に突っ込んだりするのはやめておこう。
「ほら、ヴルちゃんも。起きて~」
「うぅん……眠いのだぁ……」
プルートの隣でやけに静かにしていると思ったら、ヴルカーンは座ったまま眠りこけていた。燃えるような赤い瞳も、今は閉じられている。
プルートの手で優しく揺すられているが起きる気配はない。むしろ揺り籠のような感覚になっているのか、心地良さそうですらある。
「こやつには後から説明してやればいいじゃろう」
寝かせたままにしてやれ、という合図でプルートは揺する手を止めた。
「あと、パラヴィーナとニエーバは……」
「二人とも寝ていると思いますよ~」
「まぁ、そうじゃろうな。手間を掛けさせるが、あやつらにも起きて来たときに説明してやっておいてくれ」
「わかりました~」
と、話の中に知らない名前がまた二人。
パラヴィーナ? と、ニエーバ? って……。うーん、また人名っぽくない名前だ。覚えにくいなぁ。こんなときに携帯電話があればメモ機能とかで残しておけたのに。
ヴィーナ……ヴィーナスって、金星? 水星だっけ? 水星はマーキュリーか。
プルートといい、みんな惑星の名前だったりするのかな。でも、ニエーバとヴルカーンって……うーん? そんな星ある?
天体とかそんなに詳しくないからなぁ。それこそ、美少女な戦士が戦うやつくらいの知識しか──
「──ヒカリちゃんのお部屋はどうしましょうか~?」
「お主らの部屋の近くが良かろう。一つ空いておったじゃろうて」
「ありますね~。じゃあ、後で掃除しておきます」
「うむ、頼んだ」
天体のことなんかを考えていたら、二人の会話はいつの間にか私の部屋の話になっていた。
「えっ!? 部屋を貸してもらえるんですか?」
「なんじゃお主、まさか儂の寝室に居座ろうとでも思っておったのか……?」
「いやいや! そういうつもりではなくて!」
「後で案内するから、自由に使ってね~」
急に転がり込んで来た人間だ。てっきり物置や倉庫で寝泊まりするものだと思っていたのに、まさかの個室待遇。
もちろん嬉しいんだけど、そんなにしてもらって良いのかな? 無一文だから何も払えないのに……。
「ヒトと竜では色々と勝手が違うじゃろうし、その辺はお主らが上手く教えてやってくれ」
「もちろんですよ~」
そんな私の心配をよそに、アフターサービスまで考えてくれていた。
人間嫌いを公言していた割に、女王様は意外と面倒見が良い──というか、優しいようにすら思える。
態度はずっと尊大でツンツンしたままなんだけどね。
「……さて、そろそろ朝食の時間じゃな」
窓の外にはすっかり顔を出した太陽の姿。話している間に結構時間が経っていたみたいだ。
そういえば、昨日から何も食べていなかったことを思い出して、お腹がきゅうと鳴ってしまった。
「うふふ。いっぱい用意しているから、たくさん食べてね~」
「あはは……ありがとう」
「ほれ、ヴルカーンもそろそろ起きよ。飯の時間じゃぞ」
「ごはん!?」
と、女王様の一声で寝ぼけ眼だったヴルカーンが覚醒する。元気そうな見た目の通り、食いしん坊キャラだったりするのだろうか。
その様子を見るとなんだか微笑ましくなってきて、自然と笑みがこぼれる。女王様とプルートもつられて笑っていた。
異世界転移なんてしたと分かった時はどうなるかと不安だったけれど、この調子なら楽しくやっていけるかもしれない。
それに今はお腹がすいたし、朝食が楽しみだ。異世界の食事はどんなものか……
……ん?
異世界というか、ドラゴンが食べるご飯ってなんだろう……?
生肉を丸かじりが当たり前、とかだったらヤバいかも……。
……食事の内容次第では、今日で異世界生活が終わるかもしれない。
さっきまでの微笑ましさは何処へやら、悪寒のような緊張が私を襲っていた。
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