第二節 王宮の朝ごはん
場所は変わって、王宮の食堂。
血の滴る生肉が出て来るのを覚悟していた私の前には、意外も意外な光景が映っていた。
皿の上には大きなソーセージが挟まったホットドッグに、付け合わせの瑞々しいサラダ。
スープは野菜たっぷりの──クラムチャウダーのようなものだろうか。
それに、オレンジのような果物までデザートとして付いているのだから驚きだ。
「わぁ……」
想定の数十倍はレベルの高かった食事を前に、空腹も忘れてただただ呆然とする。
「ん~? ヒカリちゃん、食べられないものでもあった?」
「あ、いや。そうじゃないの。ちょっとびっくりしちゃって」
しばらく手を付けずにぼーっと眺めていたら、目の前の席に座ったプルートの声で我に返る。
特にアレルギーや苦手なものがあるわけでもなし。悲鳴をあげている腹の虫を落ち着かせるためにも、そろそろいただくとしよう。
手を合わせて軽く食前の挨拶を済ませたら、まずはスープから口に付けてみる。
「……美味しい」
予想した通りクラムチャウダーだ。細かく刻まれた野菜と、アサリのような貝がごろごろと沢山入っていた。
野菜のダシがしっかり染み出ているからだろうか、深みはあるが決してクドくない、優しい味付けに仕上がっている。
「いやぁ、まさかこんなにレベルの高いご飯が食べられるなんて思いもしませんでした」
「何が出ると思っておったんじゃ……」
隣に座っている女王様が、呆れたように呟く。
小さな口で器用にホットドッグを食べ進めるその姿からは気品が感じられた。
テーブルマナーとかを気にしてはいないのだろうけど、諸々の所作から『女王らしさ』みたいなのが溢れているというか、そんな感じ。
「ドラゴンってもっとこう、生肉とかを食べているイメージがありまして」
「あはは! 肉なら焼いてタレをかけた方が美味しいのだ!」
そう笑っているのは、私の斜め向かい、女王様の前の席に座っているヴルカーン。
さっきまで寝間着姿で寝惚けていたのは何処へやら、今はちゃんと隊服のようなものを着て、前髪を持ち上げておでこを出したポンパドールスタイルになっている。これが『戦士長』である彼女のスタンダードなのだろう。
……それにしても、女王様に反してヴルカーンの食べ方は幼児そのもの。ホットドッグから溢れたソースで口の周りや手がべっちゃべちゃだ。あーあー、せっかく着替えたのに……。
「生肉も食べられるけどね~。王宮ではあんまり食べないかも」
「食べられるには食べられるんだ」
「ヒカリちゃんは生肉の方が良かったかしら~?」
「いやぁ、火を通さないとお腹壊しちゃうなぁ……」
「はっ。ヒトは軟弱な生き物じゃのう」
生肉なんて人生で一度も食べたことが無い気がする。
そんなものを平気で食べられるってことは、ドラゴンは人間に比べて消化機能が強いのは間違いないのだろう。
「そういえば、どうしてヒトはみんな背が高いのだ? ボクらくらいの身長のヒトを見たことがないのだ」
ふと、床に座って食事をする私に対して、そんな質問が飛んできた。
というのも、食堂の椅子がみんなドラゴン娘用──幼稚園児サイズなものだから、どう頑張っても二十歳を過ぎた私には座れるものじゃない。
それにテーブルも低い。これなら床にそのまま座って食べた方が楽というわけだ。
幸い、プルートが座布団代わりの
「ヒトは儂らと違い、成長に伴って背丈が伸びる種族なのじゃ。この島に辿り着けるような海賊や密猟者に、そんな若い者はおらんからの」
「ボクが見たこと無いってだけで、もっと小さいヒトはいるってことなのだ?」
「そういうことじゃな」
絶海の孤島なんて言っていたし、今まで人間の赤ん坊や子どもを見たことが無いっていうのも頷けるかもしれない。
「逆に、私からするとみんなが小さい方が謎なんですけどねぇ……。なんか、男の子もいないみたいですし」
食堂を行き交うドラゴンたちを見ている限りでは、誰も彼も小さな女の子しかいない。それに違和感を覚えていた。
みんな女の子に見えるだけで男の子もいるのかもしれないし、男は男で別なところに集まっているだけなのかもしれないけど。
「んー……儂らは皆、『
「
「いや、竜族みなの母じゃ。儂らすべての根源たる女神のことよ。儂らの中にオスがおらんのも、
蜂みたいにオスは少数だけってわけでもないらしく、本当に一人もいないらしい。
ただ、いないってなると、彼女たちがどうやって増えているのかが謎なんだけど……。
「……話せば長くなる。気が向いたら説明してやろう」
女王様はそこで、面倒くさそうに話を切ってしまった。
ちょっと興味がある話だったけれど……いずれ話してくれるってことならそれで良いか。
「それにしても──」
食堂では戦士やメイドらしきドラゴンたちが各々朝食を取っている。
まるで学生食堂のように、入れ替わりで席については自由に食事をしているのだ。
「女王様もみんなと一緒に食事をするんですね」
私たちが座っているテーブルは周りのものと変わらない、ごく普通の席だった。
戦士長やメイド長という上役であるヴルカーンやプルートもそうだけど、女王様ですら特別な席ではないというのは何だか不思議な感覚だ。
周りも女王様に気付いていないわけではないのに、それが当たり前であるかのように振る舞っている。
「ヒトの女王さまは違うの~?」
「いやぁ、私も人間の女王様って実際に見たことはないんだけど」
そもそも異世界人の持つイメージだからこの世界の人間とは違うかも、と前置きをする。
「王様とか王族の食事って、毒が入っていたりしないか味見したりする人がいるんだよね。だから、王様がみんなと一緒に同じものを食べるのは珍しいんじゃないかなぁって」
「女王様くらい強ければ毒でも簡単に消化できるのだ!」
「そういう問題じゃなくてね?」
確かに毒見とかいらなそうではあるけど。
「面倒くさいな。同じように同じものを食えばよかろう」
当の女王様は、興味無さそうにばっさりと切り捨てた。
「それに、動物でも群れの長が一番良いものを食べるとか、あるじゃないですか?」
「そういうところもあるわね~」
「……そんなことをせんでも、みな儂が王であることはちゃんと理解しておる。やる意味がない」
女王様の口調は何時にも増して刺々しい。もしかして地雷を踏んでしまったのだろうか。
これ以上この話題を続けるのもあまり良くなさそうと考え、その後はヴルカーンやプルートと食事に関する当たり障りのない話をすることにした。
女王様は人間嫌いって言っていたし、王宮のあり方を見るにそういう人間の堅苦しい習慣なども嫌いなのかもしれない。
とても不機嫌そうにサラダを口に運ぶ女王様を眺めながら、これから秘書としてもっと女王様のことを知らないとな、と思った。
女王様はツンデレ──気難しい性格だし、ちゃんと理解するのは時間が掛かりそうだけど。うん、頑張ろう。
……それにしても、そんなに嫌な話題だったのだろうか。サラダを見つめる女王様はどんどん機嫌が悪くなっている。
さっきからトマトをフォークに刺したまま、憎悪の表情を浮かべて……。
……いや、これはあれだ。
「もしかして、女王様ってトマトが嫌いなんですか?」
「ふんっ」
そう言ってぷいっと顔を背ける。フォークにはトマトが刺さったままだ。
この女王様のことを理解するのは、意外と時間が掛からないかもしれない。
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