第三節 女王様のお仕事
「ごちそうさまでした」
デザートの果物も食べ終えて、食後の挨拶を済ませる。
ちなみに、食事の量はある程度自由にしていいようで、ヴルカーンはホットドッグを三つも四つも食べていた。あの小さな身体の何処に入っているのだろうか……。
私もプルートからおかわりを勧められたけれど遠慮しておいた。なんか、あれを見ているだけでお腹いっぱいになってきたし。
「ふぅーっ……」
隣ではなんとかトマトを食べ終えた女王様がとても険しい顔で一息ついている。恐らく、後味と戦っている最中なのだろう。
そんなに苦手なら食べてあげようかとも提案したのだが、断られてしまった。
曰く、『女王に好き嫌いなど無いから』だそうだ。意地っ張りというか、プライドが高いというか……。
「大変です、女王様~!」
ちょうど女王様が全て食べ終わったところに、兵士らしき恰好のドラゴンが駆け寄って来た。
「どうした?」
それに対して女王様は、特に慌てることもなく話を聞く。
私は何か緊急事態でも起こったのかと身構えたが、女王様と同じくヴルカーンやプルートも慌てている様子はない。『大変』って言っていたけど、日常茶飯事なのだろうか?
「……分かった。儂が向かおう」
すぐに話は纏まったようで、兵士の子はまたパタパタと走り去っていく。
「仕事が入った。夕飯までには帰ると思うが、留守は任せたぞ」
「了解なのだ!」
「わかりました~」
女王様は席を立ち、兵士の子を追うように外に向かおうとする。
話にあった『仕事』の内容はよく分からなかったけれど、秘書ならばとりあえず女王様に付いて行った方が良いだろう。
そう思って立ち上がろうとしたところを制止される。
「これは儂の仕事じゃ。お主は付いて来なくてよい」
「でも」
「今日のところはヴルカーンとプルートに王宮の案内でもしてもらえ。では、行ってくる」
それだけ言って、女王様は足早に食堂を後にしてしまった。
☆
「ねぇ、さっき女王様は何の話をしていたの?」
食器を片付けながら、プルートに話を聞いてみる。
……ヴルカーンはまだホットドッグを食べている。もう顔中がソースまみれだ。
「ん~。島で揉め事があったから、女王さまに仲裁してほしい、って感じかしら~」
「揉め事って、ドラゴン同士の?」
「そうね~。王宮の外に住んでいる子も、島には沢山いるから~」
揉め事ってことは、つまりはドラゴン同士の喧嘩ってことで。それなら確かに、私が付いて行っても仕方なかったのかも。
ただなんか、そういうのって女王様の仕事っぽくないような気がするけど……。
「ねぇ、女王様って普段はどんな仕事をしているの?」
ここに来たばかりの私は普段の女王様のことを知らない。
普通──というか人間の王様なら内政とか外交が主な仕事なわけだけど、この島だとどうなっているんだろうか。
「ん~。そうね~……」
それだけ言って、プルートは考える仕草をしたまま固まってしまった。
……え? 女王様ってそんな考えるほど、普段は何もしていなかったりするの?
「そもそも、この島は全て女王様のものなのだ」
呼びかけにも反応しなくなってしまったプルートを前に、さてどうしようか困っていたらヴルカーンが間を繋いだ。ようやくホットドッグを食べ終えたみたいだ。
「島が女王様のものって……島の領土全部が、ってこと?」
「そうなのだ。それに加えて、ボクやプルート、それにヒカリも。島で生きるものはみんな女王様のものなのだ」
単に領土を持っているってわけじゃなく、領民も全部女王様の所有物である、ってことらしい。
「女王様は自分のものをとても大事にしているお方なのだ。だから、海賊や密猟者とか、そうやって島のものに手を出そうとするヒトが大嫌いなのだ」
「ははぁ、人間嫌いってそういうことなのね」
確かに、出会うのがそういう人間ばっかりなら嫌いになってしまうのも仕方ない気がする。
「それで、ボクたちは悩み事があったり、喧嘩や揉め事を起こしたりしたら、すべての所有者たる女王様に判断してもらうのだ。つまり、島でのあらゆる裁きを下すのが女王様のお仕事なのだ」
なるほど。『裁き』とは言っているが、法律だけの話ではない。その話では、全ての決定権が女王様にあるのと同義だ。
要するに、女王様はこの島の立法であり、行政であり、司法であるということになる。
それは、なんというか……。
「……それって大丈夫なの?」
「何がなのだ?」
「もし女王様の裁きが間違っていたりしたら、大変なことになったりしない?」
「そんなことはないのだ。女王様は常に正しいのだ」
ヴルカーンは燃えるような赤い瞳をキラキラと輝かせ、自信満々に胸を張る。それだけ女王様のことを信頼しているのだろう。
うーん、でも、常に正しいなんてことがあるのだろうか。
女王様のことはまだ少ししか知らない。それでも、誰しも間違いは起こすものだと思うんだけど……。
「それに……島全部の揉め事を一人で解決なんて、いくらなんでも疲れちゃうでしょ?」
「ボクたちはそんなに揉め事を起こしたりしないから大丈夫なのだ。さっきみたいに、女王様が呼ばれるのは本当に困ったときだけなのだ」
女王様が仲裁できなかった揉め事は、島が出来てから二千年以上、一度も無いのだという。
そんな絶対王政が長い間成り立っているなんて、人間からしたら信じられないことだけど……。ドラゴンという長寿で強い生き物だからこそ成せるのだろうか。なんだかすごい話だ。
「えっとねぇ……。まず、この島は全部女王さまのもので~」
「え?」
ふと、今まで固まっていたプルートが、急に電池が入ったかのように喋り出した。
「ああ、プルートは考えを纏めるのが遅いのだ。ヒカリの質問に対する答えが、今ようやく纏まったみたいなのだ」
「ええっ?」
いや、いくらなんでも遅すぎるでしょう。
もう大体のことはヴルカーンが説明してしまったというのに。
「女王さまは島のみんなのことがだーい好きで……あら~? どうかした~?」
「プルート。その話はもうボクがしたのだ」
「そーお? ……あら、そういえば何の話だったかしら~?」
『ゆるふわ』というか、『ふわふわ』というか、そんな感じのぽやぽやした表情を浮かべるプルート。
どうやら考えを纏めている最中、私たちの話は全然耳に入っていなかったらしい。驚異的なマイペースさだ。
「ごめんなさいね~。わたし、のんびり屋さんなの~」
「いやぁ、うん、人それぞれだと思うから、問題ないと思うけど……」
ドラゴンって誰も彼もみんなキャラが濃いものなんだろうか。
果たしてこんな中で薄味人間の私がやっていけるのか、ちょっと不安になってきたのであった。
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