第七節 LAST HOPE
気が付いたら私は、だだっ広い草原に座っていた。
雲一つない青空の下、澄んだ空気が漂っている。頬に触れる風が心地良い。
ここはどこだろう?
ふと、視界に小さな女の子たちが立っている姿が映った。数は十人ほど。
その中で見覚えがあったのは二人。長い金髪の少女と、それよりも長い銀髪の少女。確か、名前は──。
……あれ? この子たちの名前が出てこない。
うーん、確かに見覚えがあるはずなんだけど……。
そんな風に悩んでいると、銀髪の子が私の前に出て
「我らが母よ、ワタシの願いを聞いてもらえますか?」
母? えーっと、私が?
一体どういうことなの? と聞こうと思ったが、何故か声が出ない。
「ワタシの願いは、皆が好きな時に好きなだけ、何にも怯えることなく眠ることが出来る世界です」
銀髪の子は両手を合わせ、私に対して祈るようにそう言った。
「……怠惰な願いと軽蔑されますか?」
「いいえ。素敵な願いだと思いますよ」
私の声がした。いや、私は喋っていない。口が勝手に動いたのだ。
「──では、あなたに名前を授けましょう。幻竜の子よ」
またしても口が勝手に動き、言葉が勝手に紡がれていく。
銀髪の子は何かを待っているかのように、目を閉じて頭を垂れていた。
それに対して私の手が動いた。そして、その子の頭を優しく撫でる。
「あなたの名前は『ソーン』。その名が示す通り、皆に夢を与え、皆の夢を守る存在になることを願います」
「……ありがとうございます、我らが母よ。ソーンはとても嬉しく思います」
ソーンと名付けられた女の子が立ち上がり、元いた場所へと戻っていく。
この名前ってなんか、どこかで聞いたことがあるような……?
「最後はあなたです。いらっしゃい、地竜の子よ」
「はっ」
やはり勝手に紡がれる言葉。
なんだか自動で進む映像を見せられているような気分だ。もう、こういうものだと思って受け入れよう。
そんな私の言葉に応じて、金髪の少女が私の前に歩み出て、先程の少女と同じように
「……我らが母よ、私の願いを聞いて下さい」
そうして同じように、神に祈るような仕草で語り出す。
「私の願いは、皆の安寧と平穏。それを──未来永劫、望みます」
その言葉は力強く、決意に満ちていた。
「……永遠を生きるというのですか。それはとてもとても、苦しく辛い旅路になるでしょう」
「覚悟の上です」
「終わりのない命など、果たして耐えられるものでしょうか」
「そのために、皆がいます。私はその先頭に立ちましょう」
金髪の少女の言葉に応じて、周りの少女たちが頷く。
「……わかりました。優しき未来の女王よ。あなたに名前を授けましょう」
少女が目を閉じて頭を垂れる。
そして私は先程と同じように、そっと撫でるように手を伸ばした。
「あなたの名前は──」
「──ヒカリ」
……え?
どういうこと? それって、私の名前だよね? この流れで、どうして……。
「ヒカリ、ヒカリ──」
遠くから私の名前を呼びかける声がする──
☆
「ヒカリ──おい──ヒカリ──」
「んぅ……。あと一時間……」
「──ええい、起きろ! ヒカリ!」
「ふぁいっ!?」
聞き覚えのあるドラゴンシャウトで飛び起きる。
ていうかこんなやり取り、前にもしたような……?
「あ、女王様……。って、なんで私の部屋に?」
前にこうやって叩き起こされたのは、私が女王様の部屋で寝落ちしてしまったからだ。
でも昨日はちゃんと自分の部屋で、自分のベッドで寝たはず。女王様に起こされる理由が分からない。
ん? あれ、そういえば確か、夜中に──
「用があるのは、お主の隣じゃ!」
「ふぎゅっ!」
女王様はそう言って、私の隣に寝ていたソーンの顔面にアイアンクローをかました。
そうだ。昨日の夜中にこの子が、私のところに来ていたのだ。
あの時は寝惚けていたから夢だと思っていたけど、現実だったのかぁ……。
「今朝起きてみれば王宮の内部にこやつの気配を感じたものじゃから、辿ってみれば……。貴様、ここで何をやっておる?」
「はふははふひへほひひふほ」
ほっぺたを握り潰されていてまともな返答になっていない。多分「離してくれ」と言っているのだと思うけど。
とりあえず怒っている女王様をなだめ、まず手を離してあげるよう説得した。
「ふぁあ……。朝から乱暴なんだよ、まったく……」
アイアンクローから解放されたソーンは大きく欠伸をした。
寝ぼけ眼を擦るような素振りもなく、終始ぼやぼやとした様子。放っておけば再び眠りに落ちてしまいそうだ。
「おい、寝るでない。さっさと質問に答えぬか」
「何もしてないんだよ……。ただ、ヒカリ君のことが気に入ったから、会いに来ただけなんだよ……。ふあぁぁ……」
「それだけのために出不精のお主がここまで来るものか。見え透いた嘘を吐くでないわ」
「信用ないなぁ……。それならヒカリ君に聞けばいいんだよ、証言をしてくれるはずなんだよ」
「どうなのじゃ、ヒカリ?」
女王様は苛立った様子で、今度はこちらに詰め寄ってくる。
「うーん、私も寝惚けていたのであんまり覚えてないですけど……。特に何も無かったような……?」
「本当じゃろうな?」
至近距離でじろじろと、怪訝な眼差しで観察される。寝起きでまだ顔も洗っていないから、ちょっと恥ずかしいんだけど……。
「……確かに、こやつの術などには掛かっていないようじゃな」
「だから言ったんだよ。ワタシは何もしていないんだよ」
「では何の用があって来たと言うのじゃ?」
「最初から言っているんだよ。ヒカリ君が気に入ったから会いに来ただけなんだよ」
ソーンは面倒くさそうに返す。
そういえば、この子が夜中に来た時に何か言っていたような気がするけど……。困ったことに全然覚えていない。
ただ会いに来ただけじゃなかった気はするんだけどなぁ。
「……まぁ、本音を言うとヒカリ君を諦められなくてねぇ。ワタシの下に来てもらえないか頼みに来たんだよ」
「ダメじゃと言ったであろうが」
「そう、それをキミが許してくれるわけがない。だから発想を逆転させることにしたんだよ」
ソーンはニヤリと悪戯っぽく笑った。
「ワタシはこの王宮に住むことにしたんだよ。ここならいつでもヒカリ君に耳かきしてもらえるだろう?」
「ええっ?」
もともと彼女は大図書館で暮らしていたはず。つまり、こっちに引っ越すってこと?
「……それもダメじゃ。お主が儂の根城に住むなど許すものか」
「おや、それはルール違反なんだよ。ワタシたちはどこでどう暮らそうが自由なはずなんだよ」
「しかしじゃな」
「まさか皆の先頭に立つ女王様が、自ら定めた秩序に背くわけにはいかないよねぇ?」
「ぐぬぬ……」
何を言い合っているのかは分からないけれど、女王様の方が言い負かされているように見える。
昨日、島には職業選択の自由があるみたいなルールを聞いたけれど、住処についても自由があるみたいなルールがあるようだ。
それなら確かに、王宮の部屋に空きがあるなら拒むのはルール違反ってことになりそうだけど。ただ……。
「でも、図書館の方はほったらかしにしていて大丈夫なの? ソーンちゃんがいないと困るでしょう?」
「いいのいいの。昨日は珍しく頑張ったから、しばらくは休んでいてもいいんだよ」
「良いわけがあるか、たわけが」
「まぁ、そう言うだろうと思って。定期的に大図書館の方には戻ることにするんだよ。それなら問題ないだろう?」
えーと、要するに単身赴任みたいな感じかな?
「もちろん、王宮で暮らす同胞たちの邪魔はしないんだよ。ワタシは普段は大人しく本を読んでいるか寝ているかだからねぇ。働けって言うのなら蔵書の管理やご意見番くらいならしてあげるんだよ」
どうやら思い付きで引っ越しを提案したのかと思いきや、色々考えて来ていたようだ。
ソーンの言い分はちゃんと筋は通っているし、私としては特に問題はないと思う。
「どうするんですか、女王様?」
「ちっ……」
女王様は苦虫を噛み潰したような顔をしている。恐らく、言い返す材料がないのだろう。
ソーンと話している女王様はいつもペースを乱されていたし、やはり苦手な相手なのかもしれない。
「……仕方がない、許可はしてやるがヒカリを奪うつもりなら追い出してやるからの」
その言い方だとなんか、私がヒロインみたいだ。
「もちろんだとも。今日からよろしく頼むんだよ、ヒカリ君」
「う、うん。よろしくね」
こうして、新たに王宮で暮らす仲間が増えることになったのだった。
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