第五章

第一節 『竜の島での暮らし方 一冊目』

 異世界に飛ばされてから早いもので一ヶ月以上が経った。

 私はというと、こちらでの生活にも慣れて余裕が出来てきたので、日々の記録を日記として残しておくことにした。

 日記を書いて特にどうこうするつもりはないけれど……なんとなく、形のあるものとして残しておきたかったのだ。


 さて、書き始めにはこの島のことについて説明しなければならないだろう。

 私がいるのは竜が住む竜の楽園、『竜の島』。小さな女の子の姿をしたドラゴンたちが自由気ままに暮らしている、絶海の孤島だ。人間は私以外には誰もいない。

 ドラゴンたちは人間とは比べ物にならないくらい強い力を持っているけれど、驚くことに皆とても温厚で、この島の毎日は呆れかえるほど平和だった。まさに『楽園』と言えるほど。

 この島の女王様が住まう竜の王宮。ここで暮らす私の毎日も、平和で穏やかなものだった。

「んー……。なんか違うんですよね、パラちゃまの耳かき。四十五点くらい」

「なんなのですか、その微妙な点数は……」

 ただ、平和といっても退屈というわけではない。

 毎日過ごしているだけでも色んな出来事や発見があるので、結構楽しいものだ。

「痛い痛い。そんなに差し込んだら痛いってば。うわー、ぎゃー、ドラゴンごろしー」

「あー、もう! お前はいちいちうるさいのです!」

 私は女王様の秘書という役職を任されているけれど……『普通の秘書』らしいことは特に何もしていない。強いて言えば、女王様の耳かきやらマッサージやら、身体のケアを担当しているくらいかな。

 それ以外の仕事はメイドたちと何ら変わらない。掃除をしたり、料理をしたり、洗濯をしたり。まぁ、家事は好きなので性に合っていると思う。

「むぐぐぐ……! 自分とヒカリとで何が違うというですか!?」

「なんだろうなー、包容力? が無いんですよね、パラちゃまの場合」

 王宮では色んな自由が認められている。就業規則らしきものもかなり緩い。

 休憩も好きな時に好きなだけしていいことになっているので、こうして自室で日記を書くのだって何時やっても構わないってことだ。

「ホウヨウリョク? そ、それはどうやったら手に入るですか?」

「フッ……。パラちゃまが包容力を身に付けるにゃあ、あと千年はかかると思うんだぜ……」

「がーん! そんなに待てないのです!」

「……さっきから君たちは、人の部屋で何をしているのかな?」

 人が日記を書いている横で、ベッドを占領してわちゃわちゃと騒いでいる二人。

 流石に気が散ってきたのでツッコミを入れざるを得なくなってしまった。

「ふふん、自分はヒカリのように耳かきをする練習をしているですよ」

 そう言って耳かき棒を掲げて見せたのは侍従長のパラヴィーナ。王宮に勤めている従者たちみんなのまとめ役で、二千年近く生きているロードという位の重鎮なのだけれど……それにしてはかなり子どもっぽい。

 更には影竜シャドウドラゴンという種族だというのに、二つ結びのおさげはピンクと黄緑のツートンカラー。瞳もピンクと黄緑のオッドアイというカラーリング。

 純粋で真面目な性格も相まって、この子のシャドウ要素って何なんだろう……と毎回疑問に思ってしまう。

「ヒカリばかりが女王様に任されていてずるいのです、自分も女王様に耳かきをしてあげたいのです」

「ずるいって言われても……そんなに大したことはしていないよ?」

「嘘なのです! きっとヒカリにしか出来ない秘技があるに違いないのです!」

 この一ヶ月で、王宮の間では耳かきの文化が広まって、私以外にもやる子たちが増えてきた。

 それでも女王様は、私にしか耳を触らせていないらしい。頼りにされているようで嬉しいけれど、そういう仕事をしていたわけでもないので、他と違って特別技術が優れているようなことはないはずだ。

「いやいや、ヒカちん。お前様は何かしら隠しているに違いありませんよ」

 パラヴィーナの膝枕に横たわった状態で話しているのは、技師長のニエーバ。雷竜サンダードラゴンという種族で、紫色のウェーブがかった髪がチャームポイント。

 さっきから無表情で喋り続けているものの、彼女は表情を変えるのが苦手なだけだという。こんな真面目そうな鉄面皮に見えて、実に不真面目で悪戯好きな子だ。

 そんな彼女だが、技師としての腕前は大したもの。耳かき棒を作ってくれたのも、私のこの仕事着を作ってくれたのも彼女だ。これにはとても助かっている。

「以前ヒカちんにやってもらった耳かきと、今パラちゃまにやってもらった耳かき。ものすごい差がありました。思わず号泣してしまうほど」

「なぜ泣くですかっ」

「パラちゃまの包容力の無さにです……。よよよ……おいたわしや……」

「むぐぐ……。同じ耳かき棒を使っているというのに、何が違うというですか……!」

「私に聞かれてもなぁ……」

 強いて言えば経験値の問題? なんだかんだで、ほぼ毎日やっているから上手くなってきたのかもしれない。

 そういえば、もともと妹に結構やってあげていたから、私って意外と耳かきが上手なのかも? 世間の耳かき事情を知らないけど……。

「では、次は私様が試してみるとしましょう」

 起き上がったニエーバが、今度はパラヴィーナを自身の膝に寝かせる。

「同じ道具でヒカちんに届かないのならば、もっと凄い道具を使えばいいというわけです。流石私様、天才の発想ですね」

「おお、ニエーバ。もしや新機能が付いたスーパー耳かき棒を作ったのですか!?」

「その通り。見て下さい、パラちゃま。アイアン耳かき棒にございます」

「鉄じゃないですか!?」

 ニエーバが取り出したのは磨き上げられた鉄製の耳かき。

 いやいや、攻撃力を上げてどうすんのさ……。

「ヘイヘイ、行きますよー」

「やめるです! そんなのどうなるか分かりきっているです!」

「やってみなきゃ分かんないぜ! おりゃー!」

「ぎゃー! たすけてー!」

 そんなわけで暴走を始めてしまったニエーバを取り押さえる。

 悪戯心にスイッチが入ってしまった彼女を止めるのは大変だったが、なんとかパラヴィーナの耳は守られたのだった。


 そんなこんなで、王宮での生活は毎日が楽しい。

 こうして小さい子の相手をしているのも、なんだか幼稚園の先生になったような気分だ。

 昔そういうのに憧れていた気もする。思わぬところで夢が叶ったのかもしれない。


 ただ、そんな私にも最近、ひとつ困っている事があって──。

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