第二節 これはいわゆる異世界転移?

「海賊や密猟者でないのなら、女王様の許可なくヒトを襲ったりしてはダメなのだ」

 ワイバーンを一声で制止させた女の子は、そう言いながらこちらに近付いて来た。

 見た目は幼稚園児くらいの背丈しかないというのに、一切臆する様子はない。むしろ、怯んでいるのはワイバーンの方のような気が……?

「このヒトはボクが女王様の元へ連れて行くのだ。お前は帰るのだ」

「グルルゥ……」

「わがまま言ってもダメなものはダメなのだ」

 ワイバーンは抗議の意を籠めたような低い唸り声を鳴らすが、女の子の態度は変わらない。

 少しの沈黙の後、ワイバーンの方が諦めたようで、どこか不機嫌な態度を取りながらこの場を離れた。そして、翼を羽ばたかせあっという間に空の彼方へ消えていった。

「うんうん。聞き分けの良い子は好きなのだ」

 それを満足そうに眺める女の子。

 いまいち状況は理解できないけど、助かったってことなのかな……?

「あ、ありがとう……。あなたは一体……?」

 転んだままだったので体勢を直して砂を払い、女の子に向き直る。立ち上がろうかとも思ったけれど、身長差があるので座っていた方が良さそうだ。

「ボクの名前はヴルカーン。王宮の戦士長なのだ」

「ヴル……カーン……?」

 その女の子が日本人では無いのは明らかだったが、その名前が何人なのか何語なのかもよく分からない。

 改めてその姿をよく見てみると、濃い赤色の瞳に、ポンパドール──前髪を持ち上げておでこを出すような髪型──の髪もまた、赤とオレンジが入り混じったような、燃える炎のような色をしていた。こんな色の眼や髪を実際に見るのは初めてだ。

 しかし、それよりも目を引いたのは、背中から生えている翼とお尻の辺りから生えている尻尾だ。

 正直コスプレか何かだと思いたいところだけれど、あんなワイバーンに襲われた以上、やっぱり──

「それより、君こそ一体何者なのだ? 周りには船も無かったのに、どうやってこの島に辿り着いたのだ?」

「あっ、う、うん、えーっと……」

 じろじろと眺めていたら急に話を振られて、少し挙動不審になってしまう。

「というか、その、実は私もよく分からなくて……。目が覚めたらここにいたっていうか……」

「? どういうことなのだ?」

 何も分からないのは事実。説明してほしいのは私の方だ。

 ただ、先程のワイバーンに、ヴルカーンと名乗るこの不思議な女の子。

 現代の日本──いや、地球では考えられないこの状況に、一つ思い当たる節があった。

「これ、もしかしなくても……『異世界転移』ってやつだよね……?」


    ☆


 その後、ヴルカーンと少し問答を続けたが、思った通り彼女は日本どころか地球のことも知らないらしい。

 話を続けるうちに、ここが異世界であるということに現実味が帯びてきた。漫画やアニメではよく見た設定だけれど、まさか自分が当事者になるとは……。

 というか、こういうのって何か説明してくれたりするものじゃないのかなぁ!? この世界の神様とかがさ!

「うーん、にわかには信じがたいけれど……。確かに、君が海を渡って来たとも思えないのだ」

 ヴルカーンは首を捻って難しい顔をしている。

 『異世界転移』だとか『異世界転生』だとか、こちらの世界ではあまり馴染みのない概念のようだ。

「ねぇ、ここってあなたの他に人間はいないの?」

「ボクはヒトじゃあないのだ。火竜ファイアドラゴンなのだ」

「ドラゴンって……。確かに翼と尻尾はあるけど……」

 ヴルカーンはドラゴンというより、ドラゴン娘というか……いわゆるモンスター娘というやつにしか見えない。

 それとも、さっきのワイバーンみたいな姿に変身できたりするんだろうか。

「ボクの他にも竜はたくさんいるけれど、ヒトは一人もいないのだ。ここは女王様が支配する竜の楽園、『竜の島』なのだ」

「はぁ……」

「だから、君には女王様の裁きを受けてもらう必要があるのだ」

「……え、裁き?」

 ヴルカーンの話ではドラゴン娘っぽい彼女たちは人間ではないらしいが、普通に言葉も通じるしコミュニケーションも取れる。さっきのワイバーンよりよっぽど友好的だ。

 これならなんとかやっていけるかも……と思った矢先、物騒な言葉を聞いて目をぱちくりとさせる。

「『竜の島』には本来、ヒトは立ち入ってはいけないのだ。もし入って来たら、取って喰っても構わないという約束をしているのだ」

「ひょえっ」

「でもそれは、海賊や密猟者とか、明らかにボクたちに危害を加えるつもりがあるヒトに限るのだ。君のような漂流者はよく分からないのだ」

 つまり、私のように悪意や敵意が無ければ無罪放免……まではいかなくとも、取って喰われることはなさそうだ。

 ひとまずは助かった……とほっと胸を撫で下ろしたところ、

「ただ……」

「どうしたの?」

 ヴルカーンは何やらばつの悪そうな顔をして、言い辛そうに続けた。

「……女王様は大のヒト嫌いなのだ。裁きの結果君がどうなるか、ボクには分からないのだ……」

「全然助かってないっ!」

 一難去ってまた一難。

 命の危機を運良く乗り越えたと思ったら、また新たな命の危機が迫っていた。

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