第一章

第一節 流されて竜の島

 話は少し遡って、今朝のこと。

 その日、私は砂の上──海に面した砂浜で目を覚ました。

 目の前に広がるのはひろーい海。視線を上に向けたら映るのはあおーい空。

「……なにこれ、夢?」

 周囲を見渡してみても誰もいないし、目ぼしいものは何もない。

 この状況を言い表すならば、無人島に漂流したかのようだった。

 でも、それはおかしい。記憶は曖昧だけれど、船や飛行機に乗った覚えなんて無い。漂流する要素など何処にもないのだ。であれば、これは夢であるはずだ。

「夢にしてはリアルだなぁ」

 砂浜に寝そべって空を見上げると、背中がじんわりと暖かくなってくるのを感じる。

 もしかしたら現実の私はヒーターの付いたシートにもたれ掛かって眠っているのではないだろうか。そんな感じの気分だ。

 しばらくの間そうして寝転んでいたけれど、曖昧な記憶は曖昧なまま。さっきまで何をしていたかなど全く思い出せない。どうにも頭が回らないのは夢の中だからだろうか。

 それにしても、これだけはっきりと意識を保ったまま夢を見ているのは初めての経験だ。もしかしたら、これは夢なんかじゃなくて現実なのかもしれない。そんなことを考えてしまうほど。

 本当に漂流したのなら急いですべきことが色々あるのだろうけど、私はボーっと空を見上げていた。なんだか動く気が起きない。

 見上げた遥か彼方にはギラギラと輝く太陽。そして、その光を浴びるように鳥が舞っている。

 あれは何という鳥だろう。逆光が眩しくてよく見えない。

 ずっと見ていたら、最初は豆粒ほどの大きさだった鳥のシルエットが、段々と大きくなっていた。

 意外と大きな鳥なのだろうか?

 というか──

「なんか、こっちに迫って来てない……!?」

 間違いない、あの鳥はこちらに向かって来ている。

 本能が危機を察知し、頭を叩き起こして身体を動かそうとする。だが、逃げようと思って立ち上がった時には既に遅かった。

 凄まじい速度でこちらに迫ってきた鳥は、隕石が落下してきたかのごとく砂を巻き上げながら着陸していた。

「いや、これ、鳥──じゃないよね……。恐……竜……?」

 砂煙に映ったシルエットは、鳥というより翼を持った恐竜、プテラノドンに似ていた。

 いや、もっと言うとこれは……そう、ドラゴンだ。ゲームや漫画でよく見るような、翼竜。ワイバーンと呼ばれるようなモンスターだ。

 間近で見ると大型車ほどの大きさもあるそれは、まさにモンスターと言って差し支えない。

 少しして砂煙が落ち着いたころ、ワイバーンは首を伸ばして私のことをじろじろと眺めてきた。

 その表情はよく分からないが、すぐに攻撃をしてこないということは、襲うつもりで降りて来たわけではないのかもしれない。

「え、えーっと……。ハロー、ナイスチューミーチュー……? ワタシ、敵ジャ、アリマセン、オーケー?」

 ワイバーンに対し、身振り手振りを交えながらそう伝える。何故カタコトで喋ったのかは自分でもよく分からない。相当テンパっていたのだろう。

 ゲームとかでドラゴンは知能が高いモンスターだし、もしかしたらコミュニケーションが取れるかもしれない。こちらに敵意が無いことを示して見せれば、会話の余地があるのではなかろうか。

 こちらの様子を見たワイバーンは、何かを考えるような仕草を取っていた。

 おおっ、もしや効果アリ? やっぱり心を籠めて接すれば動物とも歩み寄れるんだね。

 そう思った次の瞬間──

「グルルァ!!」

「うっひゃぁ!?」

 ──ワイバーンは大きな口を開いて、私を丸かじりにしようとしてきた。

 くそうっ! 全然コミュニケーションなんか取れないじゃないか!

 寸でのところで噛み付かれるのを避け、そのままの勢いで逃げ出す。

 しかし、『夏の光』なんて大それた名前に反して運動が苦手な私。砂浜で急に走ったところで、

「へぶっ!」

 ……すっ転んでしまうのは分かりきっていた。

 というか、転んで分かったがこれはどうやら夢じゃない。痛みがとてもリアルだ。夢ならこんなことは無いだろう。信じたくはないが現実だ。

 そんなことを考えている一瞬の間にワイバーンは追いついていて、再び私を食べようと大口を開いていた。

 これは不味い。確実に死ぬ。

「あ、あの! 私なんか食べても美味しくないと思いますよ!? お腹壊しちゃうかも!」

 必死の命乞いもやはり通じている様子はなく、コミュニケーションは取れそうにない。

 くぅ、こんなところで訳も分からずに食べられて死ぬなんて嫌だーっ!

 恐怖のあまり目をギュッと瞑って痛みに耐えようと身構えたところ、


「──やめるのだ!」


 突如響いた声により、ワイバーンはぴたりと動きを止めた。

 しばらく経っても動きを再開する様子がないので恐る恐る目を開けると、ワイバーンはこちらではなく、己の背後にいる声の主の方に目を向けている。

 声の主は一体誰なのかと、私もそちらに目をやると、


「……女の子?」

 一人の小さな女の子が立っていた。

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