第二節 大図書館にて
「うひゃあ、これは確かに『大』図書館ですねぇ……」
王宮を出発してしばらく歩き、件の大図書館に辿り着いた。
それは見上げても天辺が見えないくらいに高く、『塔』とでも言った方が適切に思える施設だった。
あまりに高いので遠くからでも見えてはいたけれど、間近で見るととんでもない高さだ。これも全部ドラゴンたちが造ったのだろうか。
「飛んでいけばすぐじゃというのに、面倒なことをしたものじゃのう」
「いやー、せっかくだから島を歩いてみたくって」
王宮からはそう離れていないとのことだったので、移動手段には徒歩を選ばせてもらった。
こちらの世界に来てからずっと王宮にいたし、散歩は嫌いじゃないのでこうして歩けたのは良い気分転換にもなった。
……と言うのは建前で、本音は飛んでいくのが恐ろしかったから。
己の翼で飛べるドラゴンしかいないこの島に、航空機のようなものがあるはずもない。なので、女王様の言っている『飛んでいく』というのは、この子たちに掴まって運んでもらうことを意味するわけだけど……。
そんなの絵面を想像するだけでも怖い。もし掴んでいる手が滑りでもしたら……ああ、恐ろしい。
「何を固まっているですか? 早く中に入るですよ、ついてくるのです!」
「わっ!? ちょ、ちょっと待ってよーっ!」
恐ろしい想像をしてビビりまくっていたところ、そんな私などお構いなしに、うきうきと上機嫌で駆け出すパラヴィーナに手を引かれる。
言われていたように王宮からはそんなに離れていなかったものの、ここまで歩いただけでも結構疲れてしまった。
だというのにパラヴィーナはこの調子だし、女王様も汗一つ流していない。当たり前かもしれないけど、この子たちは体力が有り余っているんだなぁ……。
子どもに振り回されるお母さんってこんな気分だったりするのだろうか。パラヴィーナに引っ張られながら、私はそんなことを考えていた。
☆
「中も……なんか、すごいですねぇ……」
大図書館の中に踏み入れると、高く高く積み上げられた本棚が壁一面に広がっている光景に圧倒された。あまりの現実味の無さに、夢の中にいると錯覚してしまったほどだ。
あんなに高いところの本なんて取れないんじゃないの? などと思ったけれど、そこら中にいる司書らしきドラゴンたちはみんな翼をはためかせて飛び回っている。
なるほど。ドラゴンがドラゴンのために造ったらこういう仕組みになるわけか。
「これって崩れたりはしないんですか?」
「そうならんように魔法をかけるなどの工夫を凝らしておるのじゃ」
「崩れて下敷きになったりしたら死んじゃいますもんね」
「そんなことで死ぬわけがなかろうよ……」
いや、人間には致命傷なんですけど……。
崩れることはないと言われても、頭上を飛んでいるドラゴンの手が滑って本が一冊落ちてきただけで死ぬかもしれない。そう思うと頭上が気になって仕方なくなってきた。
「上が気になるですか? ここは全部で九階まであるですよ」
「うへー。何処からが二階なのかも分からないのに……」
しばらく上を眺めていたが、目を凝らしても天井が見えない。これが九階分となると、雲より高い塔だとしてもおかしくはないのかも。
王宮も広かったけれど、この大図書館は縦に広い。雰囲気も相まってまるでゲームに出てくるダンジョンにいるかのように思えてくる。
ただ、これがダンジョンだとするなら一番偉いボスは普通、一番上にいるもので……。
「これを八階分も登れるかなぁ……」
ビルの九階と考えてもエレベーターを使わずに登るのは大変だ。そして、この塔は一層が普通のビルの三倍以上の高さがある。
それを八階分登るのは正直キツすぎる。元気な時でも厳しいのに、ここまでで歩き疲れている今は尚更だ。
そうなったらいよいよ二人に運んでもらうことになるんだろうけど……怖いなぁ…………。
「いや、あやつは上にはおらん。恐らくこの一階におるはずじゃ」
「へ? そうなんですか?」
「うむ、儂について参れ」
きょろきょろと何かを探すような素振りを見せながら、女王様が本棚の森をかき分けて進む。私たちはそれに続く形で歩いていった。
この塔を登らなくて済むのは有り難いけど、どうして一階なんだろう?
「あやつは極度の面倒くさがりでな。昇り降りは面倒じゃからと、普段から一階に居を構えておるのじゃ」
「ドラゴンなら飛べるから楽なのでは?」
「翼を動かすのも面倒じゃとほざいておる」
「それはなんというか、筋金入りですね……」
そう言いつつ女王様は進んだり立ち止まったりを繰り返している。
一階にいるとは分かっているものの、具体的な場所は知らないらしい。
「あの、女王様? 司書の子とかに聞いた方が良いんじゃないですか?」
「無駄じゃ。あやつはいつも隠れておるから、文官たちに聞いても分からんのじゃ」
なんでも賢者ソーンは隠れる能力が高すぎるため、女王様クラスのドラゴンが魔力を辿らないと見つけられないのだとか。そういうことなら黙ってついて行くとしよう。
それにしても自分の部下とも顔を合わせないとは、かなりの出不精って感じだなぁ。
「ねぇ、パラちゃん。ここって本を保管しているだけなの?」
「それだけではないですよ。『使徒化』したばかりの子どもに勉強を教える役割もある施設なのです」
『使徒化』とは、擬人化──ではなく、竜の女神様を模した姿に変身すること。
ワイバーンのような獣が、この子たちのような女の子になるのをそう言うのだとか。
「使徒化をしたばかりでは身体の使い方にも慣れないといけないですし、言葉や文字を覚えて、島でのルールをしっかり学ぶ必要があるのです」
「ふーん、幼稚園みたいな感じだね」
「ヨウチエン……というのが何なのかは知らないですが、この仕組みを考えたのもソーン様なのですよ」
要するにここは図書館であり、教育機関でもあるというわけだ。
「ここで充分に学び、
「自分で選べるの?」
「もちろん。例えば王宮でメイドをやっている者は、みんな料理や洗濯といった営みに興味があって始めた者なのですよ」
そういえばウチのメイド長のプルートもそんなことを言っていた気がする。
興味関心だけで職業選択の自由があり、それが成り立っているっていうのも凄い話だなぁ。
「……着いたぞ、ここに違いない」
パラヴィーナと話している間に、どうやら目当ての場所に辿り着いたようだ。
ただ、そこはどう見てもただの本棚の一角。他と何の違いも感じられないし、隠し扉とかになっているようにも見えない。
「えーっと、ここに何かスイッチとかが隠されているんですかね?」
「違う。あやつはこの先に、おるの──じゃっ!」
そう言った次の瞬間、女王様は本棚に思いっきり回し蹴りを放った。
「ちょ、なんてことを……!?」
本棚が崩れる……!
そう思って咄嗟に目を閉じて頭を守ったが、しばらくしても何も起こらない。
どうなったのかと思って恐る恐る目を開けると、本棚だと思っていたところは扉に変わっていた。
「えっ、ええっ?」
「入るぞ」
混乱している私をよそに、扉を開けて中に入って行く女王様。
その中は薄明るい、隠れ家的な小部屋になっていた。
「……やれやれ。喧しい侵入者を防ぐために隠していたのに、どこの誰が破ったんだい?」
女王様に続いて部屋に入ると、中からは気だるげな声が聞こえてきた。
声の主は部屋の真ん中に置かれた大きなソファーベッドに寝そべり、開いた本を顔に被せていた。いかにも『だらしない』という言葉が似合う感じの格好だ。
「儂じゃ。相変わらずの自堕落ぶりじゃのう、ソーンよ」
そんな彼女が大図書館の主にして、最初の
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