第四章

第一節 この幸せな日々よ永遠に

 少女の姿をしたドラゴンたちが存在する異世界。そんな場所に飛ばされて、なんだかんだあって……竜の女王様が統治する王宮で暮らし始めてから、あっという間に数週間が過ぎた。

 私は晴れて侍従長のパラヴィーナにも認められたこともあり、ようやく女王様の秘書として、日々の仕事に取り組むことが出来るようになった。

 といっても秘書らしい仕事っていうのは相変わらず何も決まってはいない。強いて言えば女王様の耳かきやマッサージを定期的にやっているくらいだけど……それって秘書の仕事かなぁ?

 そんなわけで、普段はメイドたちに交じって料理を作ったり、洗濯をしたり、掃除をしたりと、主に家事に従事している。もともと家事は好きな方だったし、これで仕事になっているなら願ったり叶ったりだ。

 そもそも、この竜の王宮には業務の決まりや規則などがほとんどない。好きなようにやって好きな時に休めばいいという、とてもゆるゆるな方針。ドラゴンは基本的にマイペースだとは聞いていたけれど、ここまでだとは思っていなかった。

 最初はこれでちゃんと仕事が回るのかなって不安もあったけれど、不思議と上手くいっているので驚きだ。

 ドラゴンという不老長寿なうえに力も強い種族が、女王様といういただきの下に一枚岩を形成しているからこんな感じの社会が成り立っているのだろうか。社会学者とかからしたら、ある種の理想郷だとも言いそうなものだ。

 私としてもこの王宮はとても居心地が良い。マイペースで穏やかな彼女たちの影響か、時間の流れがとても緩やかに感じられて、焦りや不安という感情があまり湧いてこなくなる。

 元の世界に戻りたいって気持ちが強くならないのは、それだけこちらの居心地が良いせいだろうか。

 いや、うーん……。それとは別な理由がありそうな感じはしているんだけど、どうもしっくりこない……。

 望郷の念が湧いてこないのは、記憶が曖昧なせいもあるのかも。まぁ、だからと言ってどうすることもできないし、どうするつもりもないのだけれど。

「……っと、そんなことより、さっさと準備しちゃわないと!」

 今日は女王様に、大事な話があるから玉座の間へ来るように言われていたのだ。

 ここではマイペースに過ごしても許されるとはいえ、それで約束を破るのは人としてよろしくない。ボケっと考え込むのは終わりにしよう。

 頭を切り替えて、技師長のニエーバに仕立ててもらった私用の仕事着に袖を通す。

 秘書らしいピシッとした雰囲気を出しつつ、主な業務が家事全般なので動きやすい恰好の服。これをオーダーメイドで作っちゃえるなんて大した技術だ。

 服の他にも、私に合わせたサイズの家具なんかも作ってくれたので助かっている。特にこの王宮の椅子は女児用サイズばっかりだったから……。

「……よし! 準備オッケー!」

 大きな姿見で最終チェック。うん、バッチリ。

 こんなファンタジーな異世界なのに、毎日お風呂に入ることが出来ているので清潔そのもの。

 それに毎日ぐっすり眠れているお陰もあって、肌の調子が良い気がする。なんなら日本で生活していたころより健康的かも、なんて。

「さ、行きましょっと」

 諸々の確認も済ませて部屋を後にする。

 さてさて、女王様の話って一体何だろう?


    ☆


「こちらの生活にはすっかり慣れたようじゃな、ヒカリよ」

「はい、お陰様で」

 あまり飾り気のない、シンプルな造りの玉座の間。

 そんな無味乾燥な部屋を飾る唯一の華である、金ぴかの玉座。そこには小さなお人形さんのような、愛らしい女の子が座っていた。

 黄金竜ゴールドドラゴンの名に違わない煌びやかな金の長い髪と、同じく黄金色の翼と尻尾を携えた彼女こそが、ドラゴンたちの女王様だ。

 どう見ても幼稚園児くらいにしか見えないけれど、これで齢三千歳を超えているらしいので人は──いや、竜は見かけによらない。

「ふふ、お前も女王様の左腕としての自覚が出てきたようですね。自分も右腕として鼻が高いのです」

「いや、その自覚はあんまり……。私、家事と耳かきくらいしかしてないし……」

「なんですとっ!?」

 女王様の傍に控えていたのは、自称『女王様の右腕』の侍従長パラヴィーナ。

 こちらは影竜シャドウドラゴンという名に反して、二つ結びのおさげはピンクと黄緑のツートンカラー。瞳もピンクと黄緑のオッドアイという、どの辺がシャドウなのかよく分からない色合いだ。

 彼女も長寿なドラゴンで、実に二千歳に近いのだとか。ただ、この子は女王様と違ってあんまり威圧感みたいなものがないというか、ドジっ子オーラが強いというか……そのせいでついつい子ども扱いをしてしまいがちになる。

「さて、お主を呼びつけたのは『大図書館』に連れて行こうと思ったからでな」

「大……図書館、ですか」

「うむ。いずれは連れて行かねばとは思っておったのじゃが……」

 そう言うと、女王様の表情が曇った。

 何か言いにくいことでもあるのだろうか?

「その、大図書館ってどういうところなんですか?」

「大図書館は、島で唯一の図書館なのです。この島の知識が全て集結しているですよ」

 女王様とは対照的に、パラヴィーナが自信たっぷりの明るい表情で語り出す。

 彼女の説明によると、大図書館というのはその名の通り大きな図書館という認識で問題ないらしい。

 ドラゴンたちが書いたり作ったりした本のほか、色々あって島に流れ着いた本──人間が書いた本なども保管しているのだとか。

 二千年という長い歴史の間、知識や知恵をたくさん積み重ねてきたので今の高い文明レベルがあるのだという。王宮の暮らしが快適なのはそのお陰なのだとか。

「大図書館はロードの一人、賢者ソーン様のテリトリーなのですよ」

「ええと、パラちゃんと同じ位の人ってこと?」

「そうなのです。でも、ソーン様は女王様と同じ時を生きた方ですから、自分よりずうっとすごい竜なのです!」

 その『ソーン様』というのは以前話に出てきていた、この島が出来る前に女王様と共に渡って来たっていう最古参ドラゴンというわけだ。

「あやつならば、儂よりもヒトについて詳しいからな。もしかしたら、ヒカリがこの世界に呼ばれた理由などが分かるかもしれんというわけじゃ」

「なるほど……」

 私がこちらに来る直前の記憶は、未だに思い出せていない。こちらに転移した理由っていうのはその辺の思い出せない記憶が関係しているのだとは思うけど……。何かきっかけでもあれば思い出せるのかなぁ。

「まぁ、持ち上げて落とすようで悪いが、あまり期待せん方が良いかもしれん。儂が前例を知らん以上、あやつも知らん可能性の方が高い」

「ああ、大丈夫です。分からなかったら分からなかったで、別に」

 正直、私もそこまで期待はしていない。

 今朝も考えていたように、帰りたいという気持ちがあまり強くないせいだろう。

「そこで、本来は自分が一人でヒカリを連れて行く予定だったですが……」

「やはり儂も行くことにしたのじゃ。少し心配事があってのう」

「パラちゃんだけだと迷子になるから、とかですか?」

「ひ、ひどいのです! 自分は迷子になんてならないのです! ……たまにしか」

 なるんじゃん。

「いや、そうではない。……お主をあやつに会わせたくなくてな」

「ソーン様って方に、ですか?」

「うむ。あやつは色々と危険な奴なのじゃ……」

 大の人間嫌いを自負していた女王様の言う、危険なドラゴンって何……?

 図書館の主って聞いていたから文系っぽい子をイメージしていたけど、そうじゃないの? もしかしてフィジカル系だったりする?

「あはは、危険って……。私、食べられちゃったりするんですか?」

 流石にそれはないだろう、とツッコミ待ちで冗談を言ってみる。

「……………………」

 え? 女王様、何ですかそのマジな顔は? ツッコんでくれないと怖いんですけど?

「……ともかく、儂も行く。三人で行くぞ」

「あの、女王様?」

「女王様とお出かけだなんて、光栄なのです~!」

「うむ。いざゆかん、大図書館!」

「何で露骨に無視するんですか、女王様!?」

 どんな風に危険なの!? せめてそれを教えて!


 ……しかし、女王様はそれっきり『ソーン様』の話題には無視を決め込み、私の心には不安だけが募っていった。

 ドラゴンはもしかしたら、怖い生き物なのかもしれない……。

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