第五節 王宮見学一日目
「まさか異世界でうどんが出てくるとは……」
お昼時。私たちは食堂に戻ってうどんを食べていた。
いくら文明レベルが高いとはいえ和食は流石に出来ないんじゃないかな? なんて思っていた矢先に現れた、純・和風のうどん。出来るんだ……。
この世界に飛ばされてそんなに経っていないというのに、醤油だしがなんだか懐かしくて心に染みてくる。
「ヒカリちゃん、おうどんは苦手かしら?」
「ううん、珍しくてびっくりしただけ。美味しいよ、プルちゃん」
「うふふ、それなら良かったわ~」
ちゅるちゅると麺を啜って、にっこりと微笑んで見せる。
コシが結構強くて硬い気がするのはドラゴンの顎の強さに合わせているのだろうか。まぁ、噛み切れないって程じゃないんだけど。
「午前中でだいぶ回った気がするけど……見て回るところってまだまだ残っているの?」
「んー、あるにはあるけど、主要なところはもう見終わったのだ」
うどんに乗った海老の天ぷらをサクサクと食べながら答えるヴルカーン。
朝食と同じように、昼食も量をある程度自由にできるらしく、この子は海老の天ぷらばかりを五本も六本も乗せていた。
ただ、見た目が幼稚園児なせいで、どうにも絵面の背徳感が凄い。子どもがこんなに揚げ物を食べているとちょっと心配になっちゃう。
実際にはドラゴンなんだから何をどれだけ食べても平気なのかもしれないけれど……。
「女王さまは今ごろ、何を食べているのかしらね~?」
王宮の外、島の中で起こったという揉め事を仲裁するために飛んでいった女王様。
夕飯までには戻ると言っていたけれど、出先で何をやっているのかはちょっと気になる。
「そういえば、王宮の外ってどうなっているの?」
「どう、って言うと……。そうね~……」
「あ、ええと、町とかあったりするのかな~って」
プルートが固まりかけたので、慌てて言葉を付け足す。
この子は返答に困る質問に対して長いロードが挟まってしまうんだった。会話する時には気を付けないと。
「ん~。町っていうのは……多分、無いと思うわ~」
「小規模の集落みたいなところはあったりするけれど、大きな集団になっているのはこの王宮だけなのだ」
「へぇ、それならここが一番発展しているってことなのかな」
「そういうことになるわね~」
それだと少し、気になることがある。
ここが島で一番発展しているのなら、ここは一番魅力的な場所ということだ。
「……それじゃあ、王宮の外で暮らしている子が襲ってきたりしてもおかしくないんじゃない?」
「うーん? 遊びにくることはあっても、襲ってくるような子はいないわね~」
プルートは質問の意図が分からない、という様子。そんな難しい話じゃないと思うのだけれど……。
「多分、ヒカリは思い違いをしているのだ」
「思い違い?」
「多くの竜種にとって、この王宮はそんなに羨ましがられるような場所ではないのだ」
「はぇ?」
これだけ発展しているのに、魅力的じゃないというのはどういうことか。
王宮にいると、何か不都合なことでも起こるとか……?
「ああ、そういうことね~」
プルートがぽん、と手を叩く。
「わたしたちはみんなマイペースでね~。王宮で一緒になって暮らしたりするのが苦手って子の方が多いの~」
「そうなのだ。王宮の暮らしを気に入った者は王宮に、そうでない者は王宮の外で暮らすのだ。そして、王宮の外を選ぶ者の方が多いのだ」
「……つまり、ドラゴンは集団生活が苦手ってこと?」
二人ともうんうんと頷く。
二人は好きで王宮に仕えてメイドなどの仕事をしているが、それはドラゴンという種族全体として見ると『変わり者』だということらしい。
「でも、王宮の外だと暮らし辛いでしょう? ベッドで寝られるわけじゃないし……」
「木の上や地べたで寝る方が好きって子もいるから、そうでもないわ~」
聞いているうちに、見た目は女児だけどつくづく人間と考え方が違うんだなと実感する。
でも、野宿続きは辛いと思うけどなぁ。外で寝るなら警戒し続けないといけないわけだし……。
そうだ、例えば──。
「ほら、ワイバーンとか!」
「?」
「私のことを襲おうとした大きな翼竜がいたじゃない? 外で寝ている間に、あんなのに襲われたりしたら大変だよ」
寝ている間にあれが襲ってきたらひとたまりもない。私は起きていてもダメでしたけど。
ただ、それを聞いても二人はぽかんとした表情のまま。
しばらくの沈黙の後、先に理解したらしいヴルカーンが声をあげて笑い出した。
「あはははは! なるほど、ヒカリはもう一つ大きな思い違いをしているのだ!」
「な、何がそんなに可笑しいのさ?」
「君が『ワイバーン』と呼んでいるあの獣は、ボクたちの子ども──竜の雛のようなものなのだ」
「雛……?」
雛って、ヒヨコみたいなものでしょ?
あのワイバーンは確か、大型車くらいの大きさがあったはずなんだけど……。
「女王様が『
「それは覚えているけど」
「つまり、ボクらはこれで、ヒトでいうところの『大人』なのだ。獣の姿から進化して、こうなったのだ」
「……えぇっ!?」
なんとなく、あのワイバーンと、ヴルカーンたちドラゴン娘は別物だと思っていた。実際はそうではなく、あの獣が成長すると美少女になるってことらしい。
そういうことならワイバーンがヴルカーンに恐れをなして逃げていったのに説明がつく。
……あれがこうなるとは、ちょっと想像が出来ないけれど。
「そうね~。それじゃあ少し、わたしたちについてのお話をしましょうか~」
やっと追いついた、という様子でプルートが会話に戻ってきた。
そしてヴルカーンと二人で何か相談をした後、ドラゴンについての話が始まった。
「まず、獣の状態で数百年経つと、女神を模倣したこの姿を授かるのだ。その状態を『
「ここにいるメイドの子たちとかも、みんな
「それで
「わたしとヴルちゃん、技師長のニエちゃんも
ポーンとかナイトとか、なんだかチェスの駒みたいだ。
それにしても獣から数百年、それからまた数百年って……この二人、実はもの凄い年齢ってことだよね。全然そうは見えないんだけど。
「そして
「……改めて聞くと、女王様って凄いドラゴンなんだね」
「わたしたちは長生きするほど強くなっていくから、三千年以上生きている女王さまは一番強いのよ~」
女王様がそれだけ圧倒的に強いなら、絶対王政が崩れることなく成り立っているのも納得できる気がする。
「ん? そういえば、戦士長のヴルちゃんとメイド長のプルちゃんは
聞いた限り、
でも、女王様がそんな感じで大臣っぽい子を連れていたようには見えない。王宮にはいないのかな?
「うちにも
「──自分なのです」
「ひょえっ?」
プルートの声を遮るようにして、背後から聞き覚えのない声が響く。
振り向くと、そこには見慣れない姿のドラゴン娘が立っていた。
その子は何故か私をじっと見下ろして、すごく……怒っていた。
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