第三節 捕獲作戦!
ヴルカーンとプルートに相談をした次の日のこと。
今日こそはソーンをお風呂に入れるべく、ある作戦を決行することにした。
まずは夕飯前のこの時間に、キーパーソンに話をつけておかないといけない。彼女にはターゲットであるソーンと鉢合わせしないよう、こっそりと私の部屋に来てもらうよう頼んでおいた。
「……そんなことのために、わざわざ儂を呼んだのか?」
ベッドに腰掛けた、煌びやかな長い金髪の少女。その瞳も翼も尻尾も黄金色に輝く、まさに
彼女こそが、この王宮の、ひいてはこの島全体の女王様である。こんな小さな見た目ではあるが、三千年以上を生きている最も強くて偉いドラゴンなのだ。
「そうなんです! 私じゃどうにもならなかったので、女王様に協力してもらおうかと!」
「はぁ……。あれが風呂に入らんことなど、至極どうでもよいわ…………」
女王様はものすごく呆れたような顔で、深くため息を吐く。
相談があるからこっそり部屋に来てほしいって頼んだ時は結構嬉しそうな顔をしてくれて、乗り気だと思っていたのに……。いや、肝心の話の内容がこんなのじゃ仕方ないか。
それでもソーンを捕まえるためには女王様に力を貸してもらう他ない。なんとかしてやる気になってもらわないと。
「前にも聞いたかもしれませんけど、ウチの大浴場って女王様が造るよう命じたんですよね?」
「そうじゃが……」
「設備も整っていて、手入れも行き届いていて、とっても居心地が良くて……私、あの大浴場で入浴するのが毎日の楽しみなんです」
「ん、そうか。それは良いことじゃのう」
「それだけ女王様はお風呂に力を入れているってことですよね? お肌もつるつるで髪もサラサラですし」
「ふふ。そうじゃろう。儂は綺麗好きなのでなぁ」
「でも、ドラゴンがみんなそうではないんでしょう?」
「そうじゃな。好んで風呂に入るのは少数派かもしれん」
「お風呂、気持ち良いんですけどねぇ……」
「うむうむ。まったくじゃ。風呂の良さを分からんなぞ嘆かわしいことよ」
……よしよし、少しずつ女王様の機嫌が良くなっている。これならいけそうだ。
「ですから、ソーンちゃんにもお風呂の良さを分かってもらいたいんですよ」
「む、むむ……。何か上手くハメられたような気がするのう……」
揚げ足を取るかのような私の言葉に、女王様が困ったような表情を見せる。
ただ、これはゴマすりでもおべっかでもなく本当のことを言ったまでだ。嘘は吐いていない。
「……お主の言い分は分かった。それで、ソーンのやつはどうなんじゃ?」
「これまでも説得はしてみたんです。でも面倒くさいから嫌の一点張りで、何度も逃げられちゃって……」
「あやつは猫か……」
神出鬼没で、いつも気まぐれに好きなことを好きなようにやっているし、お風呂嫌いだし……彼女を猫と表すのは言い得て妙かもしれない。まぁ、ドラゴンなんだけど。
「しかし」
少しの沈黙の後、女王様はどこか気難しそうな顔をしながら呟いた。
うーん、なんか断られそうな雰囲気……。
「そのようなことのために女王を呼ぶかのう、普通」
「んー、でも、自分に出来ないことは誰かに頼るしかありませんから」
「なるほどのう……」
実際、人間一人の力なんてたかが知れている。出来ないことの方が多い。
まぁ、頼んでも無理なら潔く諦めるしかないんだけど。
「分かった、協力してやろう」
「……えっ、本当ですか!?」
難色を示していた女王様からのまさかの返答。何か琴線に触れるものでもあったのだろうか。
「女王に二言は無い。夕飯の後にあやつを捕まえれば良いのじゃな?」
「あ、はい! お願いします!」
☆
それから、夕飯を済ませて一時間くらい経った後のこと。
「や、やーぁヒカリ君。よくここが分かったねぇ?」
とある空き部屋に隠れるように座り込んでいたのは、白のような銀色の髪の少女。髪はサイドで括っているというのに、それでもとても長い。
この女の子が
「それで、何の用かな? 読み聞かせかな? キミのお願いならワタシは何でもしてあげるんだよ」
「それじゃあ、お風呂に入ってもらえるかな?」
「……失礼、言い間違えたんだよ。ソレ以外なら何でもしてあげるんだよ」
涼しい顔をしているが、額には大粒の汗が流れている。
いつもは煙に巻かれて逃げられてしまっているけど、今日は違う。なぜなら──
「見苦しいな、ソーンよ。儂がいる時点で何をしようが無駄じゃ」
「ぐぅ……。まさかキミまで出張ってくるとは思いもしなかったんだよ……」
そう、私には女王様がついているのだ。
さしもの賢者ソーンであっても、この状況から逃げることは出来ないらしい。
「ねぇソーンちゃん、どうしてそんなにお風呂が嫌なの?」
ソーンと目線を合わせるため、しゃがみ込んで話をする。
「面倒くさいからだと言っているんだよ。それに、ワタシは魔法で綺麗にしているから必入浴なんて要ないんだよ」
「本当にそれだけ?」
「それ以外なんて何もないんだよっ」
そう言って、へそを曲げるように顔を背けてしまった。
普段の彼女はこういう仕草をあまりしない。いつもと調子が違うということは、やっぱり何かを隠しているに違いない。
「さてはお主、まだ水が怖いのか?」
「へ?」
「……悪いかい?」
ソーンは顔を赤らめて、膨れっ面をしていた。
「二千年前に溺れたことをまだ引き摺っておるのか。そろそろ忘れたもんじゃと思っておったが」
「まだ千八百と五十四年しか経っていないんだよ。そんな昔の話じゃないんだよ」
正直、それは誤差だと思う。
えーっと……。つまり、カナヅチだからお風呂が嫌だってこと?
「はぁ……呆れたのう。
「う、うるさいんだよ。ワタシは二度とあんな思いをしたくないんだよ」
「大丈夫だよ。お風呂で溺れることなんてそうそうないから」
「嘘なんだよ。あんなに広い風呂なら足を入れただけですぐに溺れてしまうんだよ」
「いや、そんなに深いところに行かなければいいだけで……」
「水に浸かった瞬間、悪魔の力によって引き摺り込まれるに違いないんだよ……ぶるぶる」
いくら言ってもソーンの態度は頑なだった。
うーん、どうしようかな。溺れないように浮き輪でもしてみるとか……いや、浮き輪なんかより簡単な方法があったか。
「じゃあ、私と一緒に入るのはどう? ソーンちゃんが溺れないように掴んでいてあげるから」
「う、うぅん……? それなら……いや、しかし、それでも……」
お、ちょっと揺れた。
これならもう一押しすればいけるかもしれない。
「髪とかも私が洗ってあげるからさ、ソーンちゃんはじっとしているだけでいいよ。それなら面倒でもないでしょう?」
「けど……」
「髪を洗ってもらうのって、耳かきみたいに気持ち良いと思うんだけどなぁ?」
「ん、んんん……。ヒカリ君がそこまで言うなら……入ってみても……」
「じゃあ、決まり! 一緒に入りましょ!」
ソーンの気が変わらないうちに、お風呂場へ向かうべく抱き抱える。見た目通りの軽さで、私にも簡単に抱っこすることが出来た。
「で、でも、今回限りなんだよ! それをちゃんと覚えておくんだよ!」
「なんでお主がそんなに偉そうなのじゃ……」
ちょっと強引すぎる気もするけど、このままぱぱっとお風呂に入ってしまおう!
そんなわけで私たち三人は大浴場へと向かった。
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