第六節 仲直りをしましょう
「パラヴィーナ様、話をしに来たのだ。ドアを開けるのだ」
コンコンとヴルカーンが扉をノックするが、返事はない。
ドアプレートに書かれている名前は一人だけ。どうやらここはパラヴィーナの一人部屋らしい。侍従長クラスだと個室になるのだろうか。
「いるのは分かっているのだ。開けてほしいのだ」
再度ノックをして大きな声で呼びかけるが、やはり返事はない。
夕食を終えた後『仲直り』の準備をして、念のためにみんなで王宮を回ってもみたが、パラヴィーナは何処にも見当たらなかった。
であれば、女王様が言っていた通り、彼女が自室に引き籠っているのは間違いないだろう。こうして鍵も掛かっているわけだし。
「うぅむ。やはり、出て来るどころか話に応じる気配もないのだ」
いつも昼過ぎに起きるパラヴィーナは夜型の生活をしているという話だったし、この時間に寝ているというのは考え辛い。
やっぱり、今は誰かと顔を合わせるのが嫌なのだろう。
しかし、それでも私は彼女と話をしたい。いや、しなければならないのだ。
「……ヴルちゃん、いけそう?」
「ドアをぶっ壊すくらいなら簡単だけれど……本当にやるのだ?」
「お願い。後は私が何とかするから」
「……分かったのだ。ヒカリは少し離れているのだ」
言われた通りに扉から距離を取る。
こういった個人の部屋には外側から開け閉めする鍵がない。まぁ、そうじゃないとプライベートが侵害されるから当然だと思うけど。
だからこうしてヴルカーンに扉を壊してもらって、強引に入ってしまおうというわけだ。
引き籠もっている人に対してそんなことをするのは悪手極まりないかもしれないけれど……とにかく、彼女がどう思っているかを彼女自身から聞かないといけない。
扉を壊してしまうことについては、後できちんと謝ろう。
「せいっ!」
ヴルカーンが軽く掌底を決めると、それだけで扉は勢いよく開いた。
流石はドラゴン、私じゃこんなこと出来る気がしない。
「侍従長、入りますよー?」
どうせ来ない返事を待たずに踏み入ると、部屋の中は真っ暗だった。
ヴルカーンが明かりを付けると、ベッドの上に毛布の塊のようなものが球状になって鎮座しているのが見える。もしや、あれは──
「あれがパラヴィーナ様の引き籠もりスタイルなのだ」
「ベタだなぁ……」
毛布に包まってカタツムリのように身を隠すパラヴィーナのもとに近寄ってみる。
時折小さくもぞもぞと動いている様子を見るに、彼女が中にいて、起きているのは間違いない。
「……何をしに来たですか」
と、毛布の塊からくぐもった声がした。
泣き疲れたのか、声は少し枯れているように聞こえる。元々の彼女らしい自信や覇気が感じられない。
「ヒカリです。ちょっとだけ、侍従長とお話したいことがあって」
「……自分には話すことなどないのです。帰るのです」
そう言って拒絶されるが、突き放す声は弱々しい。
……これならなんとか取り付く島がありそうだ。
「まぁまぁそう言わずに。これ、食べてみて下さい。プルちゃんと作ったんです」
仲直りのきっかけのために持ってきたのは、牛乳プリン。昼間に作って冷やしておいたものだ。
冷蔵しておいたので綺麗に固まって食べごろになっている。
「ちょっ、な、なにをするですか!?」
牛乳プリンが入った容器を毛布の隙間から中へとぐいぐい押し込む。こうやってテリトリーの内側に入れてしまえば食べてくれるだろう。
やり方が強引すぎる気もするけど、もう扉もぶち破ったんだし、こうなったら押せ押せでいってしまおう。
「あれから晩御飯も食べてないでしょう? 美味しいですから、食べてみて下さいよ」
「むぅ……」
しばらくの沈黙の後、空腹に負けたのか、容器にスプーンが当たる音がした。
そうして一口目が終わったら、その後は
「美味しかったですか?」
瞬く間に毛布の中から放り出された容器は、残さず綺麗に平らげられていた。
「侍従長は果物が好きだって聞いたので、色んなものを用意したんです。いちごやオレンジのものなんかもありますよ」
リバーシ対決の後、私はプルートに聞いてパラヴィーナの好みについて研究した。
彼女が好きでよく食べているという果物を煮詰めてソース状にし、彼女好みのアレンジを効かせて牛乳プリンにかけてみたのだ。
この反応を見るに、結果は大成功と言えるだろう。
「出て来て私とお話してくれたら、おかわりをあげちゃうんですけど~……?」
囁くように、毛布の中へ言葉を投げかける。
ともかく、この毛布の塊から彼女を出さないことにはちゃんと話が出来ない。
なんだか『北風と太陽』をやっているみたいな──この場合は『天岩戸』かな。そんな気分。
「……お前にだけなら、話をしてやってもいいです」
しばらく経って、静まり返った部屋に消え入りそうな声が聞こえた。
それを後ろで聞いていたヴルカーンは少し驚いたような表情をした後、黙って頷き、静かに部屋を後にした。「後は任せた」ということだろう。
「今、ここにいるのは私だけです。他に誰もいませんよ」
(さっき壊しちゃったけど)扉もちゃんと閉めたので、これで誰にも話を聞かれることはない。
「……ありがとうです」
そう言って、毛布の塊はゆっくりと崩れていき、中から二つ結びのおさげの少女が恐る恐る姿を現した。
あれからずっと泣いていたのか、目が腫れぼったくなっていて、顔は涙の痕でぐしゃぐしゃだ。
確かに、こんな姿をみんなに……部下たちに見られるのは嫌だろう。
「……それで自分と、何の話をするというのですか?」
パラヴィーナは決して私と目を合わせないように俯きながら、震える声でそう言った。
決闘を申し込んで来た時の自信たっぷりな姿は見る影もない。
「ふえっ?」
……そんな彼女の姿がなんだかいたたまれなくて、気が付いたらぎゅっと抱き締めていた。
そして彼女を落ち着かせるように、安心させるように、背中を優しくとんとんと叩く。
「あなたのことを知りたいんです。どうか私に、教えてくれませんか?」
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