第三節 魔法のレシピ

 リバーシを作ると宣言した技師長のニエーバ。それに対して私は、リバーシに使う盤や石の形状なんかを説明した。

 ……話していて思ったけれど、盤と石さえあれば成り立つから地面に線を引くだけでも出来るよね、これ。

 ただ、話をしているうちに技術者魂的なものに火が付いたのか、ニエーバは制作に対してノリノリになっていた。せっかくなので余計なことは言わずにお願いすることに。

「──で、締め出されちゃったわけだけど」

 ドラゴンによる物づくりにはちょっと興味があったものの、作業を行う工作室には入れてもらえなかった。

 その理由は見られていると集中出来なくなるからだとか。そういうところは人間もドラゴンも変わらないんだなぁ。

「お昼まで暇になっちゃったけど、ヒカリちゃんは何かしたいこととかあるかしら~?」

 同じく締め出されたプルートがそう尋ねてくる。

 ちなみにヴルカーンは作業の手伝いとして駆り出されているため、部屋の外にいるのは私とプルートだけだ。

「んー、王宮の見学は昨日で済んじゃったからなぁ」

 まだ見ていないところもあると思うけれど、主要なところは大体見せてもらった。

 あとは暮らしているうちに知っていけば良いって話だったし、急ぐこともないはずだ。

 とはいえ、こうして何もせずにただ待っているのも落ち着かない。何か暇つぶしにでもなることがあればいいんだけど。

「なら、メイドの仕事をやってみるのはどうかしら~?」

「あ、いいねそれ」

「うふふ。じゃあ調理場に行きましょうか~」

 メイドの仕事といっても多岐に渡るだろうけど、炊事や掃除洗濯なら問題なく出来るはずだ。こちらに来る前は一人暮らしをしていたし、大体のことは一人で出来る。

 ……あれ、一人暮らしだったよね、私? 相変わらず飛ばされる前の記憶が曖昧だなぁ。

「ヒカリちゃんってお料理は得意?」

「人並みに、レシピ通りになら出来るってくらいかな」

「ふぅん。ヒトの国のレシピって気になるわね~」

「いやー、ご期待に沿えるようなものは紹介できないと思うよ?」

 昨日今日で分かったことだが、この王宮の食事はレベルが高い。もの凄く豪華ってわけではなくて、いわゆる文明のレベルが高いという意味で。

 パンやうどんや米が普通にあったし、どれも日本で食べていたものと遜色ないくらい美味しかった。こういう異世界は、地球でいうところの中世だとか近世だとかの時代の食事をしているってイメージだったけど、その概念をまるっと覆されてしまった感じ。

 そんな中で、この子たちが知らない画期的なレシピやアイデアを披露~! なんてことは無理だと思う。

「カップラーメンとかなら驚かせられるかもしれないけど」

「かっぷらーめん?」

「お湯をかけるだけですぐ食べられるようになる、麺の……保存食、かな? 私がいた国ではみんな知っている身近な食品だったの」

「へぇ、素敵なお料理ね~」

「残念ながら、それをどうやって作るのかは分からないんだよねぇ……」

 そう。『そういうものがある』という知識はあれど、実際に私が作れるわけではない。

 即席麺が出来上がるまでには様々な試行錯誤があった──と、朝ドラで観たのは覚えている。覚えているけど、実際にどうやって完成させたのかは知らない。

 真面目に一言一句内容を覚えていたら、こちらの世界にカップラーメンを広めたり出来たのかなぁ。いや、それでも厳しいだろう。

「さて、着いたわ~」

 そうこうしているうちに、私たち二人は調理場に辿り着いていた。

 昨日も見学したけれど、広くて設備や器具も整っている立派な調理場だ。

 ただ、全体的にドラゴン娘のサイズに合わせて作られているので、自分が大きくなったように感じるのが不思議な感じ。子どもの職場体験用の施設がこんなだったりするのかな。

「何か作ってみたいものはあるかしら?」

「うーん、そうだなぁ……」

 食堂がいつでも利用できるという関係上、調理場にはいつも誰かしらメイドがいるようだ。

 今は朝食のピークが過ぎたのか、調理に携わっているメイドは少なく、閑散としている。これなら私が何か作っても迷惑を掛けることはなさそうだ。

 何か作るもの、作るもの……。と、色々考えながら見て回っていたら、馴染みの深いものを見つけた。

「これって牛乳──ミルクだよね?」

「ええ。冷蔵室にはもっといっぱいあるわよ~」

 見つけたビンに入った液体は、やはり牛乳だった。昨日の朝食べたクラムチャウダーなんかはこの牛乳をベースに作ったものらしい。

 その後の説明によると、王宮の外には牛を飼っている牧場のような集落があるようで、牛乳はそこから貰っているんだとか。

 畜産業もそんな風に発展しているとは……。本当、この島には驚かされる。

「あ、そうだ。牛乳プリンなんてどうかな?」

「何かしら、それ?」

「その名の通り、牛乳で作るプリンなんだけど」

「ん~……。『プリン』ってものを聞いたことがないのよね~」

「おや、まさかの?」

 こちらの世界では名前が違うのかと思ったが、どうやらプリンに近いものは存在しないらしい。

 というか、そもそもスイーツやらデザートというものに馴染みがないそうだ。これだけ食文化が発展しているのに、逆に珍しいような感じがする。

 ただ、これはチャンスかもしれない。

「……それなら喜んでもらえるかも。牛乳プリン作り、手伝ってくれる?」

「もちろんよ~」

 プリンを知らないならオーソドックスなカスタードプリンを作るべきかとも考えたけれど、ここはやっぱり初志貫徹。牛乳プリンでいこう。

 幸い、牛乳プリンはよく作っていたから手順とかはなんとなく覚えている。

「砂糖と、これは片栗粉……だよね。うん、作れそう」

 やると決めた後はプルートに手伝ってもらって材料を集めた。相変わらず文字が読めないので白い粉の判別には苦労したけれど、中身自体は日本でも使っていたものと同じものが多くて助かった。

 小麦粉らしき白い粉と片栗粉らしき白い粉は、水で纏まるのが小麦粉で、纏まらないのが片栗粉……のはず。今回使うのは片栗粉の方。

 寒天やゼラチンもあれば良かったんだけど、それは流石になかった。ああいうのはやっぱり甘味の発展と共に開発されたのかなぁ。そう考えるならこの島に無いのも頷ける。

 材料を集め終わったらいよいよ調理に入る。えーっと、確かゼラチンが無くても作れるレシピは──。


    ☆


 数十分後。

「……よし。あとはこれを冷やして固めれば、完成!」

「あらあら、なんだか可愛い形なのね~」

 手順を一つ一つ思い出して行い、調理は無事に終わった。

 このカップに入れた液体が冷えて固まれば、牛乳プリンになるはず。

 ……なっていると良いんだけどなぁ。何か間違っていたりしないかと考えると、ちょっとだけ不安。

「冷蔵室に入れておけばいいのかしら~?」

「うん。固まる前に動かしたりしないように、注意書きとかしておいてもらえるかな」

「任せて~」

 プリンを知らないって言っていたし、初めて食べたらみんな驚くんじゃないだろうか。ちゃんと上手く出来ていたら食べてもらいたいなぁ。

 それに女王様も……きっと、喜んでくれる気がする。

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