第四節 白黒狂騒曲

 リバーシとは、一分で遊び方が分かると言われているほど簡単なボードゲームである。

 八掛ける八マスの盤面に白と黒の石を交互に置いていって、自分の色で挟み込んだ相手の色をひっくり返す。

 これを盤面が埋まるまで繰り返し、最終的に自分の色が多い方が勝ち。

 ただ、それだけのシンプルなゲームだ──。


「──なるほど、とても簡単なルールですね」

 昼食を済ませ、私たちがやって来たのは部屋の中に点々とテーブルが置かれている談話室。文字通り談話のため、憩いの場として使われるフリースペースだ。

 そこに宣言通りに現れたのは侍従長のパラヴィーナ。ヴルカーンたち『騎士ナイト』の上、『女王様クイーン』の下に位置する、『ロード』という位の影竜シャドウドラゴンだ。

 シャドウといういかにも闇属性のような名に反して、二つ結びにしているおさげは片方がピンク色でもう片方が黄緑色。同じように瞳の色もピンクと黄緑のオッドアイという、名は体を表していない奇抜なカラーリングだ。

「これならドラゴンと人間でも、対等に勝負が出来るんじゃないかなって思いまして」

 パラヴィーナもリバーシというものを知らなかったが、ルールを説明するとすぐに理解を示した。

 ルール説明のために触ってみたが、ニエーバが作り上げたリバーシ盤はとても出来が良い。このまま売り物にしても良いんじゃないかってくらい精巧に作られている。

 それに盤だけでなく、ちゃんと白黒にひっくり返せる石を六十四個も作りあげるとは……。これだけのものをこの短時間で完成させるなんて、とんでもない職人技だ。

 ふと目が合ったニエーバは相変わらずの無表情だったが、心なしかドヤ顔をしているようにも見えた。この子はポーカーフェイスに見えて、実はそうでもないのかもしれない。

「……ふん。腕力では敵わないから、頭脳戦で勝負するというわけですか。実に浅はかな考えなのです」

 石をくるくる回して白黒を反転させながら、パラヴィーナは鼻で笑う。その瞳には一切の陰りが見られず、よほど自信があるというのが分かる。

 うーん……。言われてみると確かに、侍従長を勤めているような相手に頭脳戦を仕掛けるのはマズかったかも。いや、だからといって肉弾戦はもっと無理だけどさ。

 私は何度かリバーシをやった経験はあるものの、それこそ人並みにしかやっていない。何度も練習をしたわけでも、定石とか必勝法とかを知っているわけでもない。

 そう考えると、経験者と初心者で生まれる差があまり顕著に表れないリバーシを選択したのは失敗だったのかも。

 ……まぁ、負けた時は負けた時だ。それで追い出されることはないって女王様も言っていたし、気楽にやろう。

「では、勝負を始めましょうか」

「ふふん。けちょんけちょんにしてやるですよ!」



    ☆



 それから、おそらく数時間くらい経ったと思う。

「えーと……。黒が十六、白が……四十八。白の圧勝ですなー。どんどんぱふぱふ」

 石を数え終えた審判のニエーバが、実にやる気のない賛辞の言葉を述べる。

「あ、あはは……」

「ぐぬぬ……!」

 目の前には下唇を強く噛んで悔しがる、パラヴィーナの姿。

 そう、白が私。圧勝したのは私なのだ。でも、素直に喜べる気分ではない。

 この今にも泣き出しそうな女の子にどう声をかけるか……。そこが問題だ。

「もう一戦! もう一戦なのです! 次こそ自分が勝つのです!!」

 何を話すべきか悩んでいたら、パラヴィーナの方から食って掛かって来た。

 しかし、この反応にももう慣れてしまった。

 慣れたというのは……これが一戦目ではないということ。

「……十六戦十六敗って。パラちゃま、逆にすごいっすねー」

 そう、これは十六戦目なのだ。

 そして私は一回も負けていない。

 ルールを知っていて経験もあるから少しだけ有利だとは思っていたけれど、まさかこうも勝ち続けるとは思いもしなかった。

 でも、最初に宣言した通り、私はリバーシのプロでも何でもない。ただ、その──。

「パラヴィーナ様、弱すぎるのだ…………!」

 私の隣でヴルカーンがもの凄く気まずそうに、とても小さな声で呟いた。

 そう、この子があまりにも弱すぎるんだ……! 始める前のあの自信は何だったんだっ。

「ニエーバちゃん的には、流石にもう負けを認めた方がいいと思うのですが? プルちんなんか飽きて私様の隣で寝ちゃったじゃんね」

「うるさいですよ! ここから挽回するです! 決着はまだ付いていないのです!」

 これだけ負けて、未だに闘志が折れてないのはある意味凄いことかもしれない。その熱意に押され、十七戦目を開始した。

 これだけやっていると、最初に置く場所はパターン化され始めてきた。序盤はスイスイと淀みなく進んでいく。

「これを……ここに置いたら……これとこれがひっくり返るので……」

 そして、中盤からはいつものようにパラヴィーナの長考が始まる。

 ただ、この長考は数手先を計算しているわけではない。彼女はただただ、今自分が石を最も多く取ることができる場所を探しているだけなのだ。

「見つけました、ここです!」

 彼女が自身満々に置いた一手で、私の石が六つ、七つと大量にひっくり返される。

 その様子を見て勝ち誇った顔をしているけど……あなた、十六連敗中なんだよ……?

「駄目なのだ……。パラヴィーナ様、そこに置いたら……」

「……角、もらっちゃいますね」

「あーっ!?」

 これもまた、何度も繰り返したやり取り。

 この子はどうも、大局というか全体を見るのが苦手らしい。

 リバーシは最終的な枚数が多い方が勝つので、途中でいくら大量に石を取ろうがあまり関係ない。最後にひっくり返した方が勝ちなのだ。彼女はそれを理解していない。

「ふぐぅううう……」

 終盤になるとパラヴィーナの石を置ける場所はどんどん無くなっていき、私の一方的な攻撃が続いた。

 その結果、パラヴィーナはあれだけ増やした黒い石がどんどん白に寝返っていく様を、泣きそうになりながら見つめている。

 うぅ、そんな目で見ないでほしい……。

「ヒューッ。えげつないですな、ヒカちん」

 別に叩き潰そうと思ってやっているわけではない。普通にやっているだけなのに、こうなっているんだ……。

 いっそ思いっきり手を抜いて接待した方が良いのかもしれないけど、それはここまで真剣にやっている彼女に失礼な気がする。

「これで十七敗目なのだ……」

「ふぐぅうううううう~……!」

 怒りと悲しみと悔しさが全部混ざったような、複雑な泣き声。

 なんだかもう、私の方が泣きたくなってきた。いたたまれなくなって視線を落とす。

「……まだなのです。もう一度──」

「いいや、もう仕舞いじゃ」

 ほぼ白一色に染まってしまった盤上から目を離すと、いつの間にか私の隣に女王様が立っていた。

 昼過ぎに始めたはずが、気が付けばもう女王様が帰って来るような時間になっていたわけだ。

「話は大体聞いた。負けを認めよ、パラヴィーナ」

「じょ、女王様……! ですが、自分はまだ……!」

「いい加減にせい。誰が見ても決着は明らかじゃろうが」

 女王様に促され、パラヴィーナが周囲を見る。

 気まずそうに頷くヴルカーン、「やれやれ」とでも言いたげな様子で肩をすくめるニエーバ、勝負が長引きすぎて眠ってしまったプルート。

 そうして女王様の言葉を受け止めた彼女は、遂にはボロボロと大粒の涙を溢してしまった。

「……うぅぅぅぅ~~!!」

「あっ、侍従長!?」

 そして彼女は、涙で顔をくしゃくしゃにしたまま、逃げるように部屋を去ってしまった。

 後には何とも言えない気まずさだけが残ったのだった……。

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