第三章

第一節 どうして朝は眠いのか

 少女の姿をしたドラゴンたちが暮らす『竜の島』。その島を統べる竜の女王様が住まう王宮。

 私、夏野陽光なつのひかりはこの王宮で二度目の朝を迎えた。時計が無いから分からないけど、感覚としては六時を過ぎたくらいだと思う。

 軽くストレッチをして身体を解した後、身支度を済ませて食堂へと向かう。

 ドラゴンが闊歩する異世界に飛ばされたなんて分かったときはどうしたものかと頭を抱えたけれど、美味しい食事にふかふかのベッドまで用意してもらえるなんて、日本にいたころより快適かもしれない。ここに飛ばされた私はつくづく幸運だ。

 そんな風に幸せを噛み締めながら歩き、食堂に辿り着く。そこでは今日もまたがやがやと、たくさんのドラゴン娘たちが各々席に着いて朝食を食べている光景が目に映った。

 こうして小さな子たちが集まって食事をしているのを見ていると、幼稚園の先生にでもなったような気分になり、なんだか微笑ましくなってくる。

 ……まぁ、この子たちはみんな軽く数百年以上生きているらしいから、私なんかよりずーっと年上なんだけど。

「──では、儂は出かけてくる。留守は任せたぞ」

「は~い。いってらっしゃいませ~」

 食事を済ませて食堂を離れようとするドラゴン娘の中に、よく見知った姿があった。

 煌びやかな長い金髪に、同じく輝くような金の瞳。更には背中の翼と尻尾も黄金色という、どこまでも黄金ゴールデンな色合いで格の高さを醸し出している女の子。竜の女王様だ。

「おはようございます。お仕事ですか、女王様?」

「そうじゃ。お主は──お主の仕事があったな。励めよ」

「あはは、頑張ります」

 軽い挨拶を交わして女王様を見送り、朝食を受け取って席に着く。

 相変わらずここには子どもサイズの椅子しか無いので、私が座るのは床なわけだけど。

「おはよう、ヒカリちゃん。よく眠れたかしら~?」

「おはよう、プルちゃん。お陰様でぐっすりだよ」

 相席するのはメイド長のプルート。

 水色のふわふわな髪と深い青の瞳が特徴の泡竜バブルドラゴンで、纏っている雰囲気もゆるふわなおっとり屋さんだ。

「あれ、ヴルちゃんは? 今日はいないの?」

 プルートと相部屋の、戦士長ヴルカーンの姿が見えないことに気付く。

 昨日はそこで山盛りのホットドッグをパクパクと食べていたはずだけど……。

「ヴルちゃんならまだ寝ているわ~。昨日、寝るのが遅かったのかしらね~?」

「へぇ、起きる時間はいつも同じってわけじゃないんだね」

 この食堂は誰でも好きな時に利用して良いということになっている。

 思えば、侍従長のパラヴィーナは「朝は起きられない」なんて言っていたし、生活リズムはみんなバラバラなのかもしれない。

 各々のリズムに合わせて食事を摂れるように、こういう仕組みになっているのだろう。

「でもね、王宮の子はこれでも規則正しい方なのよ~?」

「そうなの?」

「王宮の外には、一度眠ったらうっかり三年寝ちゃっていた、なんていう子もいるんだから」

「それはそれは、種族の壁を感じますなぁ……」

 人間では考えられないけど、ドラゴンにとっては「三十分だけ仮眠するつもりが、三時間寝ちゃった」レベルの話なのだろう。

 やっぱり不老長寿だとそういう時間感覚になるものなのだろうか。

「王宮でもそういう不規則な生活リズムの子も居るんだけど──あ、ほら」

「ん?」

 プルートが何かに気付いて手を振ると、それに応じて一人のドラゴン娘が近付いて来るのが見えた。

 紫色のウェーブがかった髪に、緑色の瞳。翼と尻尾はどちらも黒っぽい紫色だ。

 全体的に見てこの子のイメージカラーは紫。そこから考えられるのは……闇属性? まぁ、色で種族が決まるわけじゃないっていうのは昨日学んだけど。

「どうも。ちなみに私様は雷属性です」

「どぅえっ!?」

 いつの間にか目の前まで近付いていたその子は、私を真っすぐに見つめてそう言った。

 属性がどうとか、声に出していなかったと思うんだけど……。

「お前様はドゥエさんというのですか。言いにくい名前ですな」

「いや、あの」

「ここは呼びやすく『ドゥエぴっぴ』と略させていただいてもよろしいか?」

「それ略してなくない?」

 怒涛の勢いで畳み掛けられ、一瞬でペースを持っていかれる。

 ギャグのつもりで言っているのかと思ったが、表情は一切変わっておらず、ふざけてやっているようには見えない。なんなの、この子……?

「ごめんね、ヒカリちゃん。この子ちょっと変わってて~」

「失礼ですなプルちん。ちょっとだなんて心外ですよ」

「この子は技師長のニエーバちゃん。色んなものを作っているのよ~」

「はぁ……」

 名前は覚えていなかったけど、技師長というのは昨日も何度か話に出ていた気がする。

 それがこんな子だとは思わなかったけど……。

「どもども。私様が技師長のニエーバちゃんです。花も恥じらう雷竜サンダードラゴンでございます」

「あ、えーっと、私はヒカリって言うの。よろしくね」

「お前様は私様を見て毒竜ポイズンドラゴンだと思ったかもしれない。だが紫は雷のカラーでもあるのです。どうかそれを忘れずに生きてほしい」

「う、うん……?」

「でも、黄色や青の雷竜サンダードラゴンもいるのです。『蒼き雷竜』ってなんかカッコイイね。分かるよ、その気持ちも」

 ニエーバはその後も、何だかよく分からないことを淡々と喋り続けていた。

 口調のテンションはやたらと高いのに、表情はずっと真顔のままなのが正直不気味だ。

「あ、ニエちゃんは表情を変えるのが苦手なだけなの~。悪い子じゃないから、誤解しないであげてね~?」

「そうなのです。こう見えてニエーバちゃんはめっちゃ喜んでいます。ヒトと話せるなんて珍しいことですので。いぇい」

「そ、そうなんだ……」

 このニエーバといい、ここに来て知り合ったドラゴン娘はみんなキャラが濃い。

 こんな中でモブ人間の私がやっていけるんだろうか……。


    ☆


 その後、三人で朝食を食べながら、昨日の出来事について話したりした。

 なんでもニエーバは三日くらい前からずっと眠っていて、私が島に来たということは今朝知ったらしい。

 彼女は好きな時に好きなだけ寝て、好きな時に好きなだけ起きるというハチャメチャなサイクルで生活しているらしい。確かにマイペースというか、不健康というか……。

「──ほほう、パラちゃまがそんな面白そうなことを。寝ている場合じゃなかったですね」

「私にとっては笑いごとじゃないんだけどね……」

 昨日の昼過ぎのことを思い出す。この王宮の侍従長を務める影竜シャドウドラゴンのパラヴィーナに、決闘を申し込まれてしまったのだ。

 曰く、私のような弱っちい人間は、女王様の秘書という立場に相応しくないからだという。決闘に負けたらその座を降りろ、というのがパラヴィーナの主張。

 ただ、ドラゴンと人間とでは当然ながら力の差が激しすぎるので、単純な力比べでは勝負にもならない。そこで、ハンデとして試合の内容は私が決めていいと言われたのだ。

「何をやるかは決めたの~?」

「それが、なーんにも思い浮かばなくって……」

 もともと争い事なんて苦手な性格で、そういうことからはなるべく避けて生きてきた人生だ。勝負の内容を考えろって言われても、何もピンと来るものが無い。

 あまりの浮かばなさにため息まで出てきてしまったくらいだ。

「大丈夫よ~。みんなで考えましょう? そうね、例えば~……」

「あ、プルちゃんは固まっちゃうんじゃ──」

 言うや否や、案の定、考える仕草をしたまま停止してしまったプルート。

 この子はおっとり屋さん過ぎて、考え事をするとこうして固まってしまう癖がある。

「そうですね、私様も遊──手伝いますので。頑張ろうぜ、玩具ヒカリ!」

「君は面白がっているよね?」

 私の手を握って熱弁(?)するニエーバは、相変わらず無表情なのに、何故かとても良い顔で笑っているように見えた。

 のんびり屋のプルートに、協力する気が感じられないニエーバ……くそう! 味方が悪すぎる!

 そんなわけで私は、ヴルカーンが早く起きて来てくれることを今か今かと待ちわびていたのだった。

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