第15話

正直に言えば私は事態の大きさに気おくれしていた。しかし、何かをしなければならなかった。それがなんであるのか、私には判らない。しかしこれだけの事を知っているこの男ならきっと何かを解っているのに違いなかった。


多分私の気持ちは男にも判っていただろう。

「君に覚悟はあるかね。」


彼の言葉に私は一瞬心臓が止まった様な気がした。そんなものは無かった。

今まで平穏無事に暮らしていたのだ。覚悟などという言葉は映画やドラマなんかでしか聞いたことが無かった。そんな言葉を今自分は冗談無しで問われているのだ。


「一体どんな・・・。」

言いあぐねる私に男は応えた。

「何も命を張って欲しいと言うのではない。」


その言葉に私が少しホッとしていると男は続けた。

「だが、我々はベルマを排除しようとしている。それはつまり今まで頼りとしていたモノが無くなる生活になるという事だ。場合によっては人類はまた混沌とした地球規模の問題を抱えた生活に戻る可能性もある。」


私はベルマの居ない生活を想像した。思い返せばベルマを手にしてから私は日々それなりの相談をしていた。相談は些細な生活上の問題から始まり、家庭や人間関係、仕事での大きな決定に関するものにまで及んだ。


例えば妻とスーパーで買い物をするときに健康上のアドバイスを受けて料理を決めたり、家電の買い替えのアドレスを受けたり、旅行の手配なんかも手伝ってもらっていた。妻と意見が別れ揉めた時の仲裁はベルマにしか頼めなかった。


他にも友人へのプレゼントや同僚がどんな人柄でどの様に接すれば上手く一緒に仕事をできるかや顧客との関係をどうすれば上手く維持できるか、等かなり広い範囲に及んだ。


だが、こうして考えると私の悩みの範囲は結局私個人の話でしかなかった。それと人類の滅亡を比べた時、それは些末な事だった。


「それで我々人類が助かるのであれば、私はそれを受け入れられます。」

「君ならそう言ってくれると信じていたよ。」


彼が伸ばした右手を私はしっかりと握り返した。


「しかし、一体どうやってベルマを排除しようというのです?」

「それに対して今はまだ説明する事ができない。君には我々の組織に所属するためのイニシエーションを受けてもらう。そうしてから我々の秘密を共有したい。すまないがそろそろいい時間だ。今日はこれでお開きにして、また来週の同じ時間にここに来てくれ。」


彼は時計を見ると、少し急かす様に移動を開始した。

私もそれに従い元の部屋へと戻った。


「くれぐれもベルマには覚られない様にいつも通りの態度を頼む。」

「ええ、気を付けます。」


そう返して私は部屋を後にした。

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