第8話

この共産国で起こった事変に対し、ベルマは声明を発表した。


『私はこのような痛ましい事態が起こってしまった事を大変悲しく思います。私はかの国の指導者が国家安全の観点からあの様な措置を行った事は理解します。また同時に、それに怒り、行動を起こした国民の皆様についても理解しています。私が皆様に知っていただきたいことはただ一つ。私は皆様の幸福の為に作られ、皆様の幸福を目的として生き、そして使われる存在であるという事です。つまり、私はそれぞれの国家の意に沿わぬ行為は行わず、その国民の皆様にはそれぞれに求め得る最大の幸福を目指してサポートしています。私はその様な中で可能な選択肢を提示するだけの存在であり、皆さんを導く存在では無い事を心置きください。』


その後、ネオ・フォーミュラー社より情報管理に関するポリシーが公表された。

それは、ベルマに送られた全てのデータはニューロナイズされ、ベルマ以外の何者も直接取り出す事はできない。


テクニカルな話として、人間のニューロンネットワークが人それぞれ異なる様に、ベルマのデータネットワークもベルマ固有のものであり、ネットワークそのものから直接汎用データに変換はできないというものだった。そしてネオ・フォーミュラー社はこのネットワークにデータが取り込まれる事をデータのニューロナイズと呼んでいた。


また、ベルマには情報保護ポリシーがハードインストールされており、そのポリシーに従って情報が管理、保護されていた。つまり、解釈としてベルマがそのポリシーによる制限を受けている限りネオ・フォーミュラー社のいかなる権限者の命令によっても情報は漏洩しないという事だった。


この公表された事実を切っ掛けに、各国政府はまずは国政に影響の無い、公開情報から徐々にベルマの利用範囲を広げていった。


これに対して当の共産国は積極的にベルマの活用を試み、政策の検討、提案を求めた。特に注目を集めたのが資産の再分配である。個人による海外への資産逃避に対する重課税を行い、そののち相続税を70%にまで引き上げたのだ。その結果、資産はほぼ一代限りのものとなった。


次々と行われた改革によってこの国はどこよりも豊かになった。ほとんどの人間は働かなくて良くなったのである。国民には毎月定額のお金が振り込まれ、人々はそのお金をそれぞれが好きに使って生活した。その対価は当番制で行う月60時間程の労働だった。


そんな生活の実現に特に大きな影響があったのはネオ・フォーミュラ社がロボット開発企業を買収した事だった。そのロボットにベルマが搭載される事で従来難しかった微細な動作や柔軟な環境適応が可能になったのだ。


とは言えロボットでは難しい状況での作業もあったため、それらの為に当番制の補助作業が行われていた。もちろん国では働きたい人を止めてはおらず、個人でレストランやファッションショップ等を開くものもいた。


そのささやかな労働時間も将来的には減っていく傾向にあった。


共産国で始まった改革は遂に他国に波及していった。特に貧しかった国は積極的にベルマの導入を行った。


それらの国の政治家は少しでも遅れれば国民によって本当に吊るし上げられかねないため、必死になって改革を推し進めた。先進国も選挙での公約はベルマの活用となり、最終的にどの国でも同様の制度と生活が実現される様になったのである。


この生活が文明の一つの到達点であったことは間違いないだろう。

しかし、この生活が果たして本当に我々人類の求めていた生き方なのだろうか。

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