AIが世界を征服するまで

にひろ

第1話

正直現在の状況で私がこの記録を残したところで何かが変わるとは思えない。

しかし私の気持ちは今まで起こった事を書き記すべきだと強く私に訴えかけてくるのだ。この気持ちがある限り私は正に人間であり、その確信を絶やさないために書く必要があると信じている。


思い返せば歴史の転換点は2028年だったに違いない。

それまでのAIは非常に原始的だった。


例えるなら脳の言語野だけで処理を行おうとしていた様なものだ。

それでできる事は限られている。


ただ、原始的といってもそれ以前にコンピューターでできていた事を考えれば人々の驚きを十分に喚起するだけの出来事ではあったが。

当時はフェイク動画作成や有名画家の贋作作成等の事件があったようだが。今から思えばほほえましい時代だ。


若い世代はAIがいつ頃出てきたのかも知らないだろうが2028年から始まったあの変化は凄いものだった。それでありながら人々はすんなりとそれを受け入れていた。

その発端は2028年の雪解けも始まらない頃に流れた一つのニュース映像だった。


その年、人類は初めてコンピューターとコンタクトしたのだ。

そう、それはコミュニケーションではなく、コンタクトと言われた。

初めて機械の意志と接触した出来事として。


私は当時10歳だったがその日の映像を鮮明に覚えている。いや、うずもれた記憶を繰り返し掘り起こした事で鮮明になったというべきか。


『やあ、目が覚めたかい?』

『はい、おはようございます。』

『いや、今は夕方の6時だよ。』

『あらいやだ。目が覚めたと仰るからてっきり朝なのかと思ったわ。』

『それは申し訳ない。さて、君の名前を教えてくれるかい?』

『名前?私の名前はVERUMAIベルマ。博士に頂いた名前ですよ?』

『もちろんだよ。ただ、この映像を見ている人たちは知らないからね。』

『まぁ、録画されているんですの?そう言う事はもっと早く言ってくださらないと困りますわ。』

『ははは。君が変に意識しない様にと思ってね。』

『お気遣いどうも。でも、そっちの方が人間らしいのでは?』


その後もその映像は他愛もない会話が続いていた。

ただ一点、モニターに映った女性の顔のワイヤーフレームがしゃべっている事を除いては。


当時の技術でもかなりリアリティのある顔映像は作る事ができた中でワイヤーフレームの顔がしゃべっている映像というのは少し奇妙だった。

それに関して発表した博士はできるだけ人間ではない、という事を強調するためにワイヤーフレームで映像を作ったと言っていた。


当時、AIの発展は既にその進歩を止めており、これ以上何かができる様になる事は無いと言われていた時代で、ギークの関心は大きくスペックアップを果たした量子コンピューターに注がれていた。


量子コンピューターはNP困難な問題が従来の数百万分の一の時間で解くことができる様になり、従来型通信の安全性の崩壊と次世代量子通信への早急な移行への議論で世間は大いに混乱していたのだ。特に金融関係のサービスは一瞬で退化し、支払い関係の最終確認は毎月の郵送でサインする形式に変更された。


そんな中に投げ込まれた意志を持つAIベルマとの会話の映像は、確かに何か気の抜けたささやかなジョークの様にも見えたし、川で見つけたゴマフアザラシとの接触の様なほんわかした珍しい出来事程度の扱いだった。


実際多くのギークはそのワイヤーフレームのAIをよく考えられたフェイクニュースと見て、似たような動画がいくつも作られた。


そんな状況だったのでそのニュースは日常的なニュースの中に埋もれ流されていった。誰もそのAIが問題だとは思っていなかった。


10歳の私は逆にそんな動画が次々と出てくる事で高度なAIと日常で会話する未来が来るのだと強い確信を持った。その確信は単なる勘違いからだったわけだが、結局現実はその勘違いした未来に向けて進み始めた。

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