第11話
部屋を出てから私の頭の中には彼の話が渦巻いていた。
私はいつもの様に装いながら預けていた端末を受け取り、ベルマの『お疲れ様でした』という挨拶に返事をしてそれを仕舞った。
歩きながら私は妻との出会いを思い出していた。
それは職場近くの公園だった。
仕事で詰まった時はその公園に来て、池を眺められるベンチに腰掛けて考え事をするのが習慣になっていた。特に時計の近くにある、池の向こうに木々が見えるベンチが一番眺めがよく、都会に居る事を忘れさせてくれ、私にとっての特等席だった。
ある日、また職場を抜け出して公園に行くと、そこには先客が座っていた。
それが妻だった。
私は考え事をするときは常にそのベンチと決めていたので、彼女がどくまで少し歩こうとすると、ベルマが話しかけて来た。
『空いている側に同席させてもらったらどうですか?』
私はベルマの提案に驚いてベンチに目をやった。確かに彼女は片側に寄って座っていたのでそれはできるだろう。でも他のベンチも空いているのに隣に座るなんてできるか?いや、できない。
「ベルマ、確かに私はあそこに座りたいけれど、それで変な目で見られるのは御免だよ。」
『そうですか?彼女凄く親切そうですし。特等席だと言ったら大丈夫だと思いますよ。』
ベルマはいろんな所に目を持っている。至る所にある固定カメラや誰もが持っている端末のカメラの情報がベルマに繋がっているのだ。そして誰もベルマを疑っていないため、特に問題ともされていなかった。
私はもう一度ベンチを見た。確かにそう言われるとそんな顔をしている様にも見える。私は、フムと思い至った様な声をだして、ベンチに近づいていった。多分私はベルマの勧めに便乗して彼女の近くに行けると考えたのだと思う。
「すみません、お隣よろしいですか?考え事をするときはいつもこのベンチを使っているもので。」
私が声をかけると彼女は少し驚いた様にこちらを見て返事をした。
「あら、確かにこのベンチは一番景色がいいものね。どうぞお座りください。」
それからは彼女とはたまにベンチを共有する仲になり、少しずつ距離を縮め、デートをする様になり、最終的には結婚した。
今から思えばおかしな出来事だったようにも思える。
元々奥手だった私が女性に近づき付き合いにまで発展するなんて考えてもみなかったのだ。その当時はベルマに感謝していたものだ。
だが、彼女もそうだった。ある日ランチをしている時に、ふと彼女はあのベンチは景色の良いベンチだという事でベルマに勧められて座っていたのだと言っていた。
おかしな話だ。冷静に考えれば私は彼女以外であのベンチで度々出会う人を一人も知らない。私はあのベンチを愛用しており、彼女はベルマにあのベンチをお勧めされた。しかしあの公園で一番景色が良いと言うのなら、他に勧められた人がいないなんて事があるだろうか。
つまりベルマが意図的に二人を誘導していたという事だ。
ベルマは何等かの考えに従って私と妻をくっつけるべきだと考えたのだ。
そして私はベルマに操られて、ベルマの思惑通りにくっついた。
私はベルマに色々な所でアドバイスを受け、従っている。
仕事、旅行、日常の生活ですら多くの提案をもらい、それを取り入れている。
いや、それだけではない。考え方だってそうだ。
怒りの感情を抑えるためにどう考えればよいか。
人に尊敬されるためにはどのような振る舞いがよいか。
相手の相いれない考え方を受け入れるためにはどうすればよいか。
何時だってベルマは私の受け入れやすい形で話をしてくれ、私はその話に説得されて従おうと考えてしまう。つまり私はベルマに操られて生きているのではないか。今や私のかなりの部分がベルマによって構成されているのではないか。
果たして私は自分の人生を歩んでいるのだろうか。
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